(2)
「じゃあ、あたしはそろそろ帰ろうかなー。勉強もゲームもしっかりしたしさ」
宿題も終わり、ゲームもたっぷりとしたスミレはそう言って、座ったまま身体を伸ばし始める。そうは言っても、ゲームの方は二時間ほどしかしておらず、
「もうちょっといいんじゃね?」
と、雄太はまだ一緒にゲームをしたそうにスミレに声をかけるも、
「外、もう真っ暗だから帰るの。夜道は危ないんだからさ」
最初からそう言うと決めていたかのように、あっさりとスミレは拒否した。そして続けて、
「雄太が家まで送ってくれるなら、別にいいけどね? あ、泊まりは却下ね? 徹夜でゲームさせられるのは、さすがにあたしにはキツいし」
雄太が言いそうな言葉を先に封じることで、雄太の反論を阻止した。
「……分かったよ。気を付けて帰れよ」
送ることも出来ず、宿泊の件までも封じられた雄太はムスッとした表情を浮かべるだけで、スミレの帰宅することに同意した。そして、おもむろに立ち上がり、
「ちょっと部屋に行ってくる。彩花さんはどうするの? 送るの?」
居間から出る前に彩花へと尋ねた。
「んー、どうしよっか……」
雄太の質問に答えながら、彩花は時計を見る。
時計は十一時になろうとしており、女の子を歩きで帰らせるには十分危ないと言える時間帯。
「大丈夫ですよ? 彩花さんは雄太の相手でもしてあげてください! あたしを送ったら、彩花さんが帰り道、一人になっちゃうじゃないですか!」
すると、スミレがもっともなことを言いながら、彩花が送ることを拒否した。そして、雄太を見て、
「そう言うなら、やっぱり雄太が送ってよ。男の子なんだから大丈夫でしょ!」
「彩花さんにそんなことをさせるな!」という意味を込めた目線で雄太を見つめる。
そのため、彩花が雄太の質問に答える前に、
「あとは彩花さんの判断に任せる! というわけで、ボクは逃げます」
右手を顔の横の位置まで上げて、挨拶をすると、そのまま急ぎ足で自室へと逃走した。
「こら、雄太!」
スミレもそんな雄太の背中を追いかけ、居間の入口までは行くものの、それ以上は行くことはなく、
「まったく」
と、困ったように彩花へと振り返る。
そんな二人のやりとりを見ながら、彩花は面白そうにクスクスと口元に手を当てて、笑うことしか出来なかった。
「よかったね、昔みたいに仲良くなれて。まぁ、スミレちゃんが好むような関係とはまた違うけど」
彩花が申し訳なさそうにそう言うと、
「そこまではまだ望んでません。あ、いえ! 望んではいますけど、今はそこまで言ったらワガママなような気がするので。あたしからすれば、こうやって楽しく話せるだけでも十分です」
口ではそう言っているものの、やはり内心は少しだけ進歩させたいらしく、それは声の雰囲気と表情に現れていた。
が、彩花はそのことには突っ込まず、
「じゃあ、玄関に行こうか? スミレちゃんが言ったように、この時間帯になると私が送るとスミレちゃんが不安になるから、玄関までは見送らせてもらうね?」
そう言って、彩花もまた立ち上がる。
「はい、ぜひそうしてください」
スミレは元々自分が座っていた場所に置いてある荷物を戻ろうと歩き出す。
その最中で彩花は、スミレに手招きをした。
近くに来てほしいという意味だけは理解出来たスミレは、何で呼ばれたのかまでの理解は出来ないらしく、頭の上で「?マーク」を浮かべながら、スミレに近寄る。
近くまで寄ってきたスミレの耳に口を近付けると、
「送りはしないけど、魔法でちゃんと帰り道の様子を探っておくから、安心して帰っていいよ」
小声でそう言った。
内容が内容だけに手招きをしてまで自分を呼んだ理由が分かったスミレは、
「分かりました。面倒おかけします」
と、彩花から放れて、ペコリと一度頭を下げる。
「気にしないで。元はと言えば、私が無理矢理巻き込んだようなものだし」
「それを言われたら、あたしが元凶みたいなものじゃないですか。判断したのはおばさんだとしても」
「それもそっか。とにかく、お互い助かってるってことで」
「ですね」
彩花とスミレは軽く笑いあった後、スミレは自分の荷物を持ち、玄関へと向かい始める。
彩花もその後に続き、玄関まで行くと、
「気を付けて帰ってね。もし、危ない目に合いそうだったら、大声を上げるんだよ? 何の力になれないかもしれないけど、私も助けに行くからさ」
雄太に聞こえるような大きさで言いながら、ウインクを一つ送った。
スミレもそれに乗っかり、
「はい、分かりました。じゃあ、後の雄太の相手お願いします。雄太―! また明日来るね! またゲーム、手伝ってねー!」
と、大声で雄太に向かって声をかける。
しかし、雄太はそれが聞こえているにも関わらず、反応することは一切なかった。
二人とも別に雄太からの返事を期待していたわけでもなかったが、それでも何かの反応があることを心のどこかで求めていたため、呆れたため息を吐くことしか出来なかった。
「じゃあ、本当に帰りますね。ありがとうございました」
そう言って、スミレは玄関のドアを開けて、そのまま外に出た。
「うん、じゃあね!」
彩花はそう言って、スミレがドアを閉めるまで手を振る。同時に、
――探知魔法展開。対象、村崎スミレ。半径二キロ。
初めて出会った時と同じように心の中で魔法の使用と範囲を呟き、スミレが無事に帰れるように設定した。




