(1)
あれから一ヶ月が経った。
雄太の変化はあまり見ることが出来ず、未だに引きこもり生活を送っていた。
しかし、それでも少しばかりの変化があった。
それは、スミレが雄太の家に一緒に食事を取ったりしても、一ヶ月ほど前の嫌悪感を見せることもなく、素直に受け入れることが出来るようになったことだった。一ヶ月前まで雄太が嫌がっていた発言『学校に行こう』を容易に言っていたせいであり、それを言わなくなった現在、雄太にとってスミレは自分を理解してくれる人物の一人であると認識したらしい。
だからこそ、現在雄太の家で勉強を彩花に教えてもらっているスミレに対して、何も嫌がる素振り見せることなく、一緒の部屋――居間で大人しく寝転がってスマホを弄っていた。
「えっとー、ここも教えてもらってもいいですか?」
スミレもまたそんな雄太を気にすることなく、彩花に次の問題の分からないところを聞くような状態になり、分からない個所は迷わずに聞いていた。
そんな二人の状態を彩花もまた気にすることなく、
「いいよ。うん、そこはねー……」
聞かれたことを素直に教えることにしていた。
というより、彩花からすれば、こうやって雄太が少しでも信用・信頼出来る人物を一人でも多く作らせ、自分が本来このような状況にならないといけないことを遠回しに教えようとしていた。
「ありがとうございます。彩花さんの教え方、先生より的確なので助かります」
スミレは彩花に教えてもらったことのお礼と、自分にとって分かりやすい教え方だったため、そのことを素直に伝える。
「どういたしまして。人によって理解の仕方が違うからねー。本来はこうやって一人一人分かりやすく教えるのがいいんだけど、学校は多対一になるから、こうもいかないの。だから、こればっかりはしょうがないよね。うん、しょうがない」
彩花は自分で納得するように「うんうん」と頷く。
それを見ていたスミレもまたその言葉に納得するように頷き、同意を示す。
「何を言ってるんだか……」
が、学校に通っていない雄太だけがその反応に付いていけないらしく、怠そうな返事を返す。
「雄太は黙ってて。まぁ、あたしが言えるのは勉強に関しては、彩花さんに教えてもらったら良いってことだよ」
そんな怠そうな返事を返す雄太に、スミレは少しだけムスッとした反応を返しながらも、彩花が頼りになることだけを伝える。
しかし、そんな雄太はスミレに負けないように、
「心配するなって。すでにそれは実感してるから」
と、そのことはスミレ以上に知っていることを伝えるかのように、身体を起こす。
「え? 実感してるの?」
まさか自分の知らないところで勉強を教えてもらっていると想像したらしく、スミレはちょっとだけ期待した目で見るものの、
「ゲームで新敵とかステージ出来たとかにボク以上に良い立ち回りを教えてくれる」
真逆の方向で雄太はそのことを伝えた。
だからこそ、スミレはガクッと少しだけ身体のバランスを崩しそうになりながら、
「そっち!? いや、見てたら分かるけどね!」
ちょっとだけ声を張り上げて突っ込んだ。
そんな二人のやりとりを見ながら、彩花は困ったように笑い、
「はいはい。スミレちゃんの勉強の邪魔をしないように。じゃないと一緒にゲーム出来ないよー」
と、手を二回パンパンと叩き、雄太にそう注意した。
すると、雄太はその件に対し、不満を露わにした表情になり、
「さっきからずっと待ってるんだけどさ。まだ終わらないの?」
スミレがしている数学の宿題を覗き込む。が、自分の見るべきものではなかったと現実を突き付けられたらしく、すぐに顔を引き戻す。
「今回のはちょっと難しいんだから仕方ないでしょ。だから、さっさと終わらせるために彩花さんに教えてもらってるの。もう少しで終わるんだから、大人しく待っててよ」
さすがにそんな風に顔を引き戻した様子に呆れたらしく、情けないため息を一つ溢すスミレ。
「よくそんなのやってられるな。ボクには無理。絶対に無理」
逆に雄太は今やっている数学の宿題が信じられないような声で、泣き言を漏らす。
――あ、これはちょっと学校ネタを深く話しそうかも……。
こういう流れは過去に何回も来て、思わずスミレが雄太を刺激しそうな発言をしそうな気がしてきたため、彩花の膝を指先でトントンと叩く。
すると、スミレは慌てた様子で彩花の方へ顔を向けて、コクンと小さく頷いて見せる。
「はいはい。雄太のために早く終わらせようと頑張ってるんだから、邪魔しないでよー。この後のゲームで頼りにしてるんだからさ」
そして、彩花が伝えたいことを理解したらしく、学校ネタのことを言わないようにして、勉強の邪魔をするなということを伝えるだけに留まる。
「というわけで、雄太くんも邪魔しないようにねー。あ、ちゃんと出来てるから安心していいよ」
彩花はスミレの宿題を見るフリをしながら、さっきの流し方が良かったことをスミレへと伝える。
これが二人の秘密の合図もとい注意となっていた。
人間だからこそ失敗を起こすことはある。が、それをなるべく気を付けることが出来るなら、それに越したことはない。だからこそ、こうやって地雷は踏みそうな時は注意をするようにしていたのだ。
もちろん、それに対してスミレは一切異論がないらしく、
「はい、ありがとうございます」
と、従順なくらいに素直にお礼を述べるスミレ。
それでも最初の頃は違和感あったらしいのだが、自分一人で雄太と接する時よりも雄太の機嫌がいいため、彩花の言うことを聞くことにしたらしい。
雄太もその合図に気付いているのか気付いていないのか、彩花には判断は出来なかったが、地雷を踏まないためか、
「はいはい、大人しく待ってますよーだ……」
『早く一緒にゲームをしたい』という気持ちを我慢して、納得してくれる。




