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(8)

 二人は公園の入り口を何事もなかったかのように通り抜ける。すると、二人の耳にはドッとした音が入り、それに慣れないスミレは両手で耳を押さえてしまう。


「大丈夫?」


 この感覚にすでに慣れている彩花はスミレのような反応は取っておらず、心配そうにスミレを見ていた。


「だ、大丈夫です。今まで静かすぎる場所にいたせいで、ここまで音が来るなんて思ってなくて……」


 そう言いながら、スミレはおそるおそる耳から手を放す。が、すぐになんともないいつもの日常音だと認識出来たのか、耳を押さえることはなかった。


「どれだけ私たちの世界が音に溢れてるか、よく分かるよねー。まぁ、あっちはあっちで私たちが立てた物音は鳴るんだけど、必要最低限だからね」


 なんて、彩花は「うんうん」と一人納得し、頷いていた。

 スミレもまたそれに納得しながら、周囲をキョロキョロと確認し始める。それは、今まで自分たちが違う空間に居たのに、急に現れたことにより、周囲がどんな反応を取っているのか、気になったからだった。

 しかし、周囲はそんな二人の様子は気にしていないらしく、先ほどまでと何も変わらない歩みを続けていた。


「ま、そこらへんは色々と怪しまれないようにしてるから安心して。どっちかって言うと、こういう会話をしてる方が怪しまれるぐらいだからさ」


 スミレの行動を見ていた彩花は、ちょっとだけ困ったように笑いながら、そう軽く注意した。

 そう言われたことにより、自分の行動の方が怪しくなっていると気付いたスミレは、


「す、すみません。気を付けます!」


 少しだけ慌てた様子でペコリと頭を下げた。

 その時、『プルルル……』という着信音が鳴り始める。


「あ……」


 着信音に反応したのは彩花だった。

 そもそもスミレは、この着信音ではないため、スマホを取り出そうとする様子すら見せず、


「電話……ですね……」


 と、他人事のように答える。

 彩花は小さいため息をつきながら、


「そうだねー。電話だねー」


 ゴソゴソとポケットに入れているスマホを取り出す。そして、着信相手を見てから、今度は盛大なため息を溢す。

 自分といい、雄太といい、さっきまで多少焦ることはあったものの、それでも優位に立っていた彩花からすれば珍しい態度に、


「どうしたんですか?」


 スミレはそう聞くことしか出来なかった。


「別に隠すことじゃないからいいんだけど、上司からの電話だよー。要件なんて一つしかないから、覚悟は出来てるんだけどねー……」


 そういう彩花の口調は全然覚悟が出来ていない状態であり、なかなか電話に出ようとする様子はなかった。

 そして、その着信は時間を過ぎて切れる。


「切れちゃ――」


 スミレが「よかったですね」という意思を込めて、そう言おうとした矢先にまた着信音が鳴り始める。


「この電話はね……、たぶん私が出るまで、ずっと鳴るタイプだと思うよ。ううん、確信を持って言える。絶対に鳴り続ける」


 自分の口でそう言いながらもげっそりとする彩花。

 スミレはそんな彩花にどんな言葉をかけたらいいのか分からず、彩花を見守ることしか出来なかった。


 ――んー、スミレちゃんにこんな風に心配をかけちゃってるなー……。


 そのことは見ていて分かるのだが、また怒鳴られることが分かっている彩花にとって、それはなかなか踏ん切りがつくことが出来ないことなのだが、


「しょうがないかー。うん、しょうがないよねー。このことが分かってて教えちゃったんだもんねー」


 そう愚痴った後、スマホの受話ボタンをタップ。そして、利き耳とは別の耳で受話口を耳に当てる。


「も、もしもーし」

『……』

「電話通じてますよー」

『……ヤロー……』

「え?」

『こんのバカヤロー!!』

「うひゃ!?」


 彩花は室長の怒鳴り声を中途半端に聞いた状態で慌てて耳を離す。離した時には、すでに受話口置いていた耳は軽くキーンと耳鳴りをしていた。


「だ、大丈夫ですかッ!?」


 その行動から彩花の身に何が大変なことが起こっていると把握したスミレがそう尋ねるも、


「だ、大丈夫大丈夫。大丈夫じゃないけど、大丈夫」


 それだけ言い残し、今度は利き耳の方を受話口に当てる。


「いきなり怒鳴らないでくださいよ! 耳鳴りしちゃったじゃないですかッ!」


 そして、今度は彩花が室長に向かって、文句をぶちまけた。


『うるせーよ! 魔法使ってんじゃねーよッ! 別空間まで作りやがってよ! 上の人から文句の電話来たじゃねーかッ! また始末書だよ、こんちくしょう!』


 先ほどとは音量が確実に減った様子で、室長は不満のような泣き言を彩花へとぶちまける。


「それが仕事でしょ? 私が現場、室長はデスクワーク。そう決めたのは室長じゃないですか!」

『大事にも程があるって話だッ! ったく、始末書を完全にオレに投げっぱなしにしてる奴が言うセリフか!』

「いつも私のために代理の始末書書き、お疲れ様です」


 彩花は目の前に居ない室長に向かって、簡単にだが頭を下げる。

 その様子が目に取るように室長は分かったのか、しばらく無言になった後、『はぁー』と先ほど彩花がはいたため息以上のため息を溢す。


『まあいい。それはそれでいい。どうせ、いつもの事だからな』

「てへ……」

『ペロを言わなかっただけ、マシと思ってやるよ』

「どうもどうも!」

『そんなことよりも順調なのか?』

「んー、順調ではあるかなー……。まだ外だから対象の名前は言えないけどさ、自分の部屋から居間に下ろす段階までは成功したよ」

『意外とペース早いな。そこからは?』

「分かんない。一応、趣味もとい今ハマってるゲームを一緒にするためにいるような感じだからさ。とりあえず、様子見はしてみるつもり」


 そして、スミレをチラッと見て、


「さっきの件に関してはスミレちゃんに手伝ってもらうためにやっただけだからね? ほら、男女の幼馴染で()()持ってると勘違いしちゃうでしょ? だから、逃げられちゃってさ、落ち着く場所が欲しくて……そういうわけで思わず使っちゃっただけなの」


 本当のことではあるが、言い訳にも聞こえる内容を述べる。


『はいはい。それがウソでも本当でも、オレが始末書を書かなければならないという事実は変わらん』


 と、あっさりとぶった切った。


「だよねー。ごめんね、室長」


 だからこそ、彩花はまたぺこりと頭を下げて謝罪した。


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