(2)
電話の相手と話すこと三十分ほど。
要件を話し終えた室長は、ゆっくりと受話器を電話へ戻す。そして、椅子の背もたれにもたれかかる。
「んーッ! さぁ、私の出番が来たってわけですねッ!」
ソファーから立ち上がった彩花は背筋を伸ばすために手を上にあげて、両手を掴む。そして、左右に揺らし始める。
「内容を聞いてたんだから分かるだろう。あくまで相談を受けただけだ」
なぜかやる気満々で、今すぐにでも依頼者の家に飛んででも行きそうな雰囲気な彩花を室長がそう窘めると、
「分かってますって。ただ、これからやるべきことを指示してもらえます? てか、どれぐらいのことを聞き出すことが出来たのか、私には分かりかねますので」
彩花はちょっとふくれっ面になりながら、室長の元へと近寄る。そして、電話中に書いていた何かメモしていたことが分かっていたため、それを覗き見る。
「げッ……」
覗き見した途端、絶句した表情になる。
「これが現実ってものだろうよ」
それを突きつけるように、メモした紙を彩花へと差し出す。
その突き出されたメモを右手で受け取り、それをマジマジと見る。
「住所と電話番号。息子の年齢しか書かれてないんですけど? ううん! 趣味もゲームって書かれてあるけど、そのゲームの種類は!? 第一に好みの女の子のタイプは!? ぶっちゃけた話、その他諸々!」
「ない」
「三十分も話してたじゃん!」
「愚痴な」
「いや、分かってたけど……。それは分かってたけどさ! ここからどうするの!?」
「同じやりとりを何回させるつもりだ?」
イラつきと呆れた雰囲気をその身から噴き出す室長。
その雰囲気から彩花は、
「はいはい。いつも通りですね、分かりました」
そのメモを左手に持ち替えると、自分もイラつきと呆れを隠しきれないらしく、左に流して肩辺りから縛っているこげ茶色の髪を何度か撫で始める。そして、ソファーに戻りながら、
「まったく。自分の子供なんだから趣味とか把握しとけっての。こちとら個人情報を色々と検索しないといけないから、罪悪感に駆られるってのに。それに――」
文句を漏らしつつ、室長を一瞥し、ソファーにドカッ! と勢いよく座り込む。
室長はそんな彩花の文句を注意することはなかった。
それは彩花同様に同じような不満を持ちつつ、自分に気を使ってくれていることが分かっていたからだった。
「しょうがないだろ。引きこもりってのは親にも分からない状態になってこそ、本当の引きこもりなんだから」
だからこそ注意ではなく、同じ不満を持つ仲間として、室長は彩花を宥めることしか出来なかった。
彩花も彩花で、室長に気を使わせてしまったことに気が付き、
「そうなんですかねー。私には分かりませんけど……。とにかく、その書類の山が少しでも減るように努力します」
室長の言い分はあまり納得がいかないような口ぶりでそう言いつつも、自分が作り出してしまう始末書が一枚でも減らせること努力をすることを誓う。
そして、二人はお互いがお互いのことを気遣う様が少しおかしかったらしく、笑い出す。笑いは笑いでも苦笑いの方だったが。
「せっかく舞い込んできた仕事だ。ちゃんとこなせよ」
一通り笑った後、室長はいつもの口調に戻り、彩花を激励。
「はーい。とりあえず、対象者の趣味とか検索しますね。邪魔はしないと思いますけど、検索の邪魔しないでくださいよ?」
彩花はその激励を面倒くさいという雰囲気と共にそう返答した。
まさかの返答に一瞬目を丸くするも、
「すると思うのか、本当に……」
すぐに不機嫌そうな目で彩花を睨み付ける室長。
「じょ、冗談ですって。やだなー、本気にしないでくださいよー」
と、手をパタパタと振って、それが冗談であることを彩花は強調した。
それは、室長の身体から出る怒りのオーラが本物に近いと判断したからだった。
「そう思うなら、さっさと検索して来い」
「はーい」
彩花はこれ以上地雷を踏まないように、急いで隣の部屋に向かう。そして、隣の部屋を開けるためにドアノブを掴み、捻った所で何かを思い出したらしく、「あっ」と声を漏らす。
「次はどうした?」
その声から何か質問されることが十分に推測するこが出来た室長は、彩花に呼ばれる前にそう声をかけた。もちろん、先ほどのやり取り上、ロクでもない質問だと思っていたため、呆れ感が強めで。
「室長が学生の時って、どんな子がタイプでした?」
しかし、そんなこと関係なしで尋ねる彩花。
室長はその質問に対し、自然とため息を溢してしまう。
「それ、前にも答えなかったか?」
「そうでした?」
「てか、対象者が男の場合にいつも聞かれてるような気がするんだが……」
それが、自然にため息が出てしまった理由だった。
そのことを聞いた彩花は、「あー……」とか細く声を漏らした後、
「私が聞きたいのとちょっとズレてたのは、そのせいかー……」
と、今さらながらに会話のズレがあったことに気が付いたような反応をとった。
「ズレ?」
そのズレの件が全く分からない室長がそう聞き返すと、
「はい。私が聞いてたのは室長の好みじゃなくて、『対象者の立場になった時に』が前提ですよ? 室長のタイプ聞いて、誰得なんですか。まぁ、ちゃんと答えられた覚えもありませんけど」
彩花は室長とのズレの件をあっさりと返答。同時に何気にバカにした。
「そんなこと初めて聞いたし、対象者の検索も終わってないのに分かるはずがないよな。おう、ケンカ売ってるのか?」
室長はここでユラリと立ち上がる。そして、急ぎ足で彩花の元へと近寄る。
「え……ッ! あ、ごめんなさい! 言い過ぎました! 反省はしてません!」
が、迷った様子も見せずに反省してないことをあっさりと認める彩花。この状況を楽しんでいるように笑っていた。
「あーやーかー……」
「ま、まぁまぁ、落ち着いて! ともかく、真面目な質問として聞きますけど、この格好おかしいです?」
「あん? この格好?」
彩花の格好は自慢とも言える胸の大きさを強調するように、肩部分から胸元が大きく抉られた感じの服を着用し、軽くブラが見えていた。そして、ミニスカで黒タイツ。学生からすれば、大半が好みになりそうな隣家に住む年上のお姉さんという感じの雰囲気を身に纏った状態。おかしいと言えば、おかしいと思うものの、職業的な立場としては何もおかしくないため、
「おかしくはないと思うがな」
と、答えることしか出来なかった。