(4)
「それよりもさ、なんでスミレが毎週土曜日、ボクの家に来るのさ」
雄太はその話題から話を逸らし、スミレがここに来ている理由を尋ねた。
そこでスミレはハッとしたように我に返り、その質問に、
「幼馴染だから心配で見に来てあげるの! おばさんに心配ばかりかけて、おばさんが倒れてないのか、心配になるでしょ!」
顔を逸らしながら答える。が、その顔は少し朱に染まっており、その回答が他にも隠している理由がある。それを彩花が察するには十分な情報だった。
――まぁ、当たり前のことであるけどね……。
定番と言えば定番であるものの、それが現実になることは滅多に目にかかれない幼馴染同士の恋愛。だからこそ、こんな風に毎週土曜日に来ていることを知っていた彩花は、なるべく感情に出さないようにして聞いていた。
しかし、スミレは彩花が自分の雄太への好意が気付いたことを女の勘で気付いたらしく、キッ! と再び彩花を睨み付ける。それは、「誰にもバラすな」という無言の訴えと「雄太を取るな」という警戒のもの。
そんなつもりがない彩花はプルプルと首を小さく横に振り、そんなつもりが一切ないことを伝えるも、信じるつもりがないのか、ずっと睨みつけたままだった。
そんなやりとりを雄太は気付いていないらしく、
「へー、そうだったのかー。とりあえずありがとう。でも、もう大丈夫だから無理して来なくていいぞ? ボクは大丈夫だし、お母さんも田舎に帰ってるんだから無理して来る必要ないしな。うん、もうちょっと自分の時間を大事にしよう」
何を思ったのか、そんなことを言い始めてしまう。
それを聞いた彩花は目の前が真っ暗になるような気がした。それは彩花の口からではなく、雄太の口からスミレへ宣戦布告を申し渡したようなものだったからだ。案の定、スミレの目付きはさっき以上に鋭くなっていた。
――あ、あっさりと地雷を踏み抜かないでよーッ!
絶叫にも近い声を心の中で叫ぶ彩花だったが、二人にそれは届くはずもなく、少しの間無言の時間が出来てしまう。
その無言を破ったのはスミレだった。
スミレは持って来ていたカバンの中から、数枚の紙を取り出し、テーブルの上に叩きつけるようにしておくと、
「もう帰る。なんか心配するのがバカらしくなっちゃったから」
と言って、半開きのままカバンを持ち、そのまま玄関へと早歩きで移動して行く。
「ちょ、ちょっと! スミレちゃん!?」
噛み付いて来るかとちょっとだけ身構えていた彩花にとって、その行動は予想外であり、慌てて呼び止めるもスミレはそれを聞いてはいなかった。
雄太はテーブルに叩きつけられた紙を手に取り、
「これ、学校の……」
学校から配られたプリントであることを確認した。
その最中に玄関の扉がバタン! と八つ当たりでもされたかのような音を立てて、閉められる。
「私、ちょっと追いかけてくるね。だから……絶対にここから動くな……」
本来ならば雄太が追いかけた方がいいことも彩花は分かっていた。が、雄太が動くとは思えなかった彩花にとって、自分が追いかけることがベストの選択だと信じ、雄太へそう命令した。本当だったら命令するつもりはなかったのだが、雄太の発言と行動の怒りを誤魔化すことが出来なかった結果だった。
今までの演技と違い、彩花の素の怒りを身を持って感じることとなってしまった裕也は、
「……は、はい」
と、怯えた声でそう返事し、手に取ったプリントに視線を向けることで、彩花から視線を外していた。
それを確認した彩花は全速力で玄関へと向かう。そして、素早く靴を履き、外に出て、左右を確認するも、そこにはスミレの姿はどこにもなかった。
「外に出た瞬間、全力で走っちゃったかー……」
彩花は困ったように髪をガシガシと掻く。けれど、今さら『諦める』という選択肢がなかったため、
「しょうがないよね。うん、しょうがないってことにしとこう。最終的にはスミレちゃんの力も借りないといけないだろうし……」
そう自分の中で割り切り、目を閉じる。
目を閉じた後、ゆっくり息を吸い、ゆっくりと吐く。それを二度ほど繰り返した後、
「探知魔法展開。対象人物、村崎スミレ。範囲一キロ」
と小声で呟く。
そして、先ほど一緒に居た時に覚えたスミレのオーラを捜し始める。が、すぐに見つけ、
「よし、こっち!」
目を開き、スミレが居る方向に向かって、全力で走り出す。
この時、彩花はまだ探知魔法を展開したままだった。それは、スミレが真っ直ぐに自分の家に帰らず、どこかに寄り道すると踏んだからだ。
「えっと、こっち!」
その読みは当たり、ここら辺の地理を頭に叩き込み、彩花が知っているスミレの家のルートからは外れ、少しずれた位置を歩いていた。
そして、彩花は息を切らしながらも無事にスミレに追い付き、
「す、スミレちゃん……、ちょ、ちょっと待って……ッ!」
と、肩で息をしながら、しょんぼりと歩いているスミレの肩を掴む。
彩花が追いかけてくるとは思ってもいなかったスミレは、彩花の声と肩を掴まれたことに驚き、身体をビクッと跳ねさせて、彩花を見る。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
どうやら自分が振られたと思い込んでいるらしく、彩花が掴む手を振り張ろうとするも、彩花はそれをさせないほど強めに掴む。
「い、痛いですッ!」
そう言って嫌がるスミレに、
「じゃあ、逃げない……のッ! 話を聞いてよ。そしたら、手放してあげるからさッ!」
彩花はそう言って、すぐに手を放した。そうしたのは、スミレがその意思を出す前に相手を信じるという気持ちを伝えるためだった。
だからこそ、スミレもなぜか逃げることが出来ず、
「今さら何を話すって言うんですか?」
と、悲しみに濡れた声で彩花へ尋ねる。
「私と雄太くんがそんな感じじゃないってこと。っていうか、そんなことを言っても絶対に信じないだろうから……」
真実を話そうにも現在のスミレには簡単には通じないことが分かっていた彩花は、
「……しょうがないかぁー。うん、しょうがないよね。私の正体を教えるかー」
意外と軽くそう言って歩き始める。
彩花の言葉を聞いていたスミレは「え?」と不思議そうな表情を浮かべ、彩花にそのことを尋ねようと口を開きかけた途中で、
「ちゃんと教えるから、公園行こ? こっちに雄太くんと子供の時に遊んだ公園あるでしょ?」
彩花がそれを封じて歩き始める。
「な、なんで……?」
それが不思議でしょうがないスミレはそのことだけでも尋ねるも、
「いいからいいから。ちゃんと教えるからさ。今は移動しよう。じゃないと、みんなに聞かれちゃう」
と、彩花は一切答えるつもりがない様子で公園に向かって、歩を進める。
さすがのスミレもここで断りきれなかったため、素直に彩花の後を追う羽目となった。