(10)
その日の夜中。
彩花は何かの気配にピクッと反応し、目を覚まし、身体を起こした。そして、近くで充電していたスマホを手に取り、電源ボタンを押し、
「うッ……!」
時間を確認する前に画面から出た光に目をやられてしまい、呻く。そのあと、改めて時間を確認すると、
「三時かー……」
と、寝癖で乱れた髪を軽く撫でた後、一度欠伸を溢す。
その間にも彩花が感じていた気配は動き続けていた。
「うー、しょうがないなー……」
まだ眠たいものの、自分が感じた気配を確認するべく、お腹に乗せていた掛け布団をずらして立ち上がる。そして、部屋から出る。
すると、その気配がした原因は台所にいることを示しているように、台所の明かりが点いていた。
彩花はその場所に何も怖がる様子もなく歩いて行き、一度台所に入る前に顔だけをひょっこりと出してみる。
そこには巨大なゴキブリもとい雄太が食器棚の下などをゴソゴソと物色している最中だった。
それを確認した彩花は顔を引っ込めて、
――そりゃ、あんな中途半端な食べ方したらお腹も空くよねー……。
情けないため息を雄太に聞こえないぐらいの小ささで吐き、台所に入った。
「カップ麺とかないって言ったでしょ。つまり、お菓子の方も夜中は食べないように隠しました」
その一言をかけると雄太はびっくりしたらしく身体を跳ねさせて、首を油が足りなくなったロボットのような動きで彩花を見た。
「~~ッ!」
「はいはい。バレて恥ずかしいのは分かるけど、大人しく白状しなさい」
しかし、雄太は白状するつもりは一切ないらしく、顔を逸らす。そして、何を思ったのか、食器棚の扉を閉めずに立ち上がり、そのまま自分の部屋に逃げようと動き始める。
が、彩花はその行動を腕を掴むことで阻止。
「白状しなくていいから、ちょっと待ってよ」
「……なんで?」
「いいから。てか、そこで大人しく座ってなさい」
「……説教なら聞きたくない」
「説教したところで言うこと聞くなら反抗しないでしょ。説教しないから、とりあえず座りなさい」
雄太が彩花の言葉に何も答えることはなかった。が、答えることなく、その言葉の指示通り、台所に設置してある椅子に座る。
だからこそ、彩花も何も答えることなく、棚に置いてあるフライパンを手に取り、調理に取りかかり始める。
「え?」
何のために呼び止められ、何をされるのか分からなかった雄太は不貞腐れたように頬杖を付いて、視線を逸らしていたのだが、彩花のその行動に驚いた声を漏らした。
しかし、彩花はそれに答えることなく、素早く手を動かし、出来上がったものを雄太の前に置く。
それは簡単に作られたチャーハンだった。
「っと、これ忘れちゃ駄目だよね」
大事な物を思い出したかのように、彩花は食器棚の引き出しからスプーンを取り出し、それを水で洗い、水を切った後、それをチャーハンの適当な場所に差し込む。
「召し上がれ」
眠たさを隠すつもりがない彩花はそう言った後、一度だけ欠伸を溢す。
「なんで作ってくれたのさ?」
雄太はさっき言い争った時のこと、あのメモ帳に書かれてあった内容から、こんな風に作ってくれることはないと考えていたらしく、彩花へと尋ねた。
「気まぐれ。この気まぐれに感謝して、大人しく食べなよ」
彩花はフフンと鼻で笑いながら、雄太の真似をして頬杖を付きながら、雄太に笑顔を見せる。
その笑顔に照れてしまったのか、雄太は顔をちょっとだけ赤くしながらも言われた通り、チャーハンの入った器を手元に引き寄せ、食べ始める。
――ま、これも作戦通りなんだけどねー。
がむしゃらに食べる雄太を見ながら、彩花はそう心の中で呟く。
雄太がこんな風にお腹が空きすぎて、夜中に動き始めることは分かっていた。だからこそ、こうやって簡単にチャーハンを作れるように準備をして、寝ていた。雄太からすれば、発言とメモ帳から『時間にしかご飯を作らない』と思わせておき、このタイミングでご飯を提供するという優しさを見せることで、少しでも心の距離を近付けようと考えていたのだ。
その作戦に見事に引っ掛かった雄太は、そのことに気が付いた様子もなくチャーハンを食べ終わってしまう。
「我慢してよね、続きは七時で」
まだ物足りないという表情をしている雄太に対し、彩花はそう注意した。
表情から読まれると考えていなかった雄太は、
「表情から察するなよ! てか、分かってるっての!」
慌てたようにまた不貞腐れた表情へ変わる。
が、心の中までは完全にそれに徹し切れていないようで、心では満足していることを雰囲気が彩花へと伝えた。
「お粗末様でした。さぁ、片付けでもするかな」
彩花が食べ終わったお皿を持ち、洗面台で運ぼうとしていると、
「あ……」
雄太は戸惑ったような声を漏らす。
「え? 何?」
この漏らした声に対して、彩花は雄太が何を伝えたいのか全く分からなかったため、きょとんとした顔で振り返る。
すると雄太は少しだけ気まずそうな表情をしていた。
「やっぱり何でもない」
が、何かに羞恥心を感じているらしく、雄太はその言葉を誤魔化した。
――どうしよっかな……。
瞬間、彩花の思考の中に『このまま流す』と『少しだけ食いついてみる』の当たり前の選択肢が思い浮かぶ。
ここで選択肢を少しでも間違えようものなら、距離感は現状維持のままが続くのだが、ここで正解を引けば、雄太との距離感を一気に縮めることの出来る確信があった。だからこそ、彩花はここで絶対に引き当てておきたかった。が、そんな深く悩む時間もなく、瞬時に読んだ空気から、
「何かあるんだったら、早く言ってよ。『やっぱり』ってことは何かあるんでしょ」
と、少しだけ追究することにした。いや、そうして欲しそうなオーラが身体から溢れていたため、それ以外の選択肢が取れなかったのだ。
「だから、何でもないって」
「『だから』ってついてる時点であるって言ってるようなものだって。早く言ってよ」
「……ッ!」
「ま、言いたくないならいいけどね」
彩花はそう言って雄太に背中を向け、洗面台へ移動し、お皿を洗い始める。
それはこれ以上追究しても感情を逆なでするだけであり、隠している内容を言うとしても、自分の方を見て欲しくなさそう感じがしたための行動である。
「ごちそうさまでした。ありがとう」
雄太もまたそのタイミングを見計らっていたかのように、彩花の耳にギリギリ入るほどか細い声でそう言ってきた。
その言い方が真面目だったからこそ、彩花は聞き直すことはせず、
「どういたしまして」
と、素直に返答しておくことにした。




