(9)
「か……勝手にしやがれ! ボクは……ッ! お前なんかに屈しないんだからなッ!」
そして、悩んだ末に雄太が下した答えは彩花と戦うことだった。
「あっそ。あんたがそれを望むならそうしなさい。私は私で勝手にやらしてもらうから」
だからこそ、彩花も雄太と戦うことを決める。
いや、結果はすでに見えているようなものだった。なぜなら、雄太のそれは意地から来るものであり、あまり意思として固いものではないと感じたからだ。そのため、何かのきっかけで簡単に揺らぎ、こちらが丸め込むことが出来る。そういう確信があったからこその言葉だった。
「分かってるよ、バカッ!」
そんな負けに近い捨て言葉を吐いて、雄太は自分の部屋へと駆け込んで行った。
彩花はそれを横目で見続けながら、胸の中に溜まった重い空気を大きなため息と共に吐き出す。
「まったく、素直に負けを認めればいいものを……。まぁ、それが学生の男の子のプライドなのかもしれないけどさ」
そんな面倒なプライドを理解しながらも、こちらも面倒なことを隠さない様に頬をポリポリと掻き、居間へと戻る。
そして、雄太が止めた食事がのったトレイを持ち、台所へ移動。そして、迷うことなくそれを捨てる。
捨てた後、その行為に対してのやるせなさを感じながらも、使った食器を洗う。洗い終わった後は、自分のために用意してもらった(使用許可を得た)部屋へ行き、自分が持ってきた鞄の中からメモ帳とボールペンを取り出す。
「あんなことは言ったものの、私の行動パターンを示しておかないといけないのも事実なんだよねー……」
そうぼやきながらも、明日の朝から自分の行動パターンもとい食事を食べる一般的な時間を紙に書き始める。
もちろん、朝食は朝の七時頃、昼間は十二時頃、夕食は七時頃という基本的なことである。
そして、その書いた部分だけを引き破ると、再び雄太の部屋へと向かい、部屋の前まで来ると、そのメモをドアの隙間から入れて、何事もなかったかのように一階へと下りた。
――よし、これでやることは終了っと……。
この日やるべきことは全部終わったとばかりに彩花は、最近耳に残っている歌のリズムを鼻歌で歌いながら、再び自室へ。そして、後から持って来てもらった大きめの旅行バックに入った自分の着替えを出していると――。
『早すぎるだろうがよッ!』
と、真上から雄太の声が響いてきた。
その声から先ほどドアの下から入れたメモに気が付いたことに彩花も気付く。が、それを無視して着替えを持ち、風呂場へ向かおうとしていると、ドタバタと雄太が彩花の元へやってくる。
まさか、こんなにも早く自分の前に姿を現すとは想像もしてなかった彩花は一瞬驚いた顔もするも、
「何か用?」
すぐに不機嫌そうな態度でそう尋ねた。
「早過ぎだろ! なんで、こんな朝早いんだよッ!」
そう言って、雄太は先ほど彩花が部屋の中へと入れたメモを突き出す。
「普通じゃん。どこが早いの?」
それが当たり前であるかのように、彩花は即答した。
「……寝て起きたばっかりだから、こんなに早く起きれるわけないだろッ!」
「そんなのあんたの勝手じゃん。私は私で勝手にするって言いました。だから、勝手にしてるだけです。文句あんの?」
「……ッ!」
「でしょ? いちいち口を出さないでくれる? というわけでお風呂入りたいんだけど、いいかな?」
彩花はそう言って、自分が持っているタオルを雄太に見えるようにわざと見せつける。
「な……ッ!」
その瞬間、雄太の顔は赤面。
どうやら、お風呂に入る場面を瞬時に妄想してしまったらしい。
「何? 顔赤いけど、変な想像でもした?」
そんな雄太をからかうように、彩花はフッと軽く鼻で笑う。
「し、してねーよッ! お前こそ、変な想像をしてんじゃねーよッ!」
「ほうほう。そんな雄太くんの視線が、私の胸に注がれているような気がするのは気のせい?」
「……み、見てねーしッ!」
「……へー」
「なんだよ、その雑な答え方はッ!」
「だって見てるじゃん。意識してるじゃん。そんな雄太くんに言われても、何の信憑性もないんだよねー……」
それが真実であり、それに気が付いている彩花は完全で棒読みで答えた。
すると、雄太はそのことをこれ以上追究されたくなかったらしく、何も答えず、全力でその場から逃げ出した。向かうはもちろん自分の部屋である。
「……あの子は嵐の化身か何かかな?」
いきなり下りてきて、文句を言っては部屋へと逃げる。その行動が完全に台風のようにしか思えない彩花は、今度は疲れたため息を一つ溢した。
「っていうか、胸を見られたぐらいで何も減らないから、正直に白状したらいいのに……」
そう言いながら、自分が着てきた服装の効果が早速雄太に現れたことに、少しだけ満足していた。そうでなければ、雄太が好む服装をしてきた意味がないからである。
――あとは雄太くんが好む性格の女子かぁ……。
そんなことを考えながら、彩花は風呂場へと向かうことにした。
出会いからここまで流れはこんな風になることはあらかじめ想像は出来ていたのだが、これから先はどうなるか分からない。そんな先のことを考える場合、必然的にくつろげる場所で考えるのがいいと思ったからだった。




