入学、出会い③
京は今歩いているという実感が湧かなかった。正確には、美少女と、が付け加えられる。
バッグを持ち主に返し、男を引き渡した後、京はアリアと共に学校へと向かっていた。時間はまだ十分にある。とりあえず、お互いは自己紹介をした。向こうはとても友好的で眩しい笑顔でこちらに接してくれた。
「メルガルトさんは何故留学を?」
「私はそれなりに名のある家の生まれなの。八貴族という言葉は知っているかしら? 」
「八貴族……ああ!」
京はその言葉に聞き覚えがあった。
八貴族ーーイギリスで力を持った8つの貴族の事を指している。
「メルガルト……って! 第三位の貴族じゃないか! 確かメルガルト侯爵は『戦艦』のコードを持ってたような」
「よく知ってるわね。それは私の父よ」
「そんなに凄い貴族なのに何故留学を?」
「凄い貴族だからよ」
こう言うとアリアは一つ溜め息を吐いた。
「ウチに限らず貴族は何処でもそうなのだけれど、とても家訓やらしきたりやらが厳しくて」
「ああ、それで嫌になって飛び出してきたと」
「まあ、概ねそんな感じね」
アリアは言葉を濁すように答えた。どうやらこの話を終わらせたがっているらしい。京は別の話題を振ることにした。
「ところで、メルガルトさんは何処で日本語を?」
「私、日本が好きで小さい頃から日本のテレビを見ていたから」
「へー、貴族もテレビをみるんだな」
「たまにしか見れないけどね」
「それでそんなにペラペラなんてメルガルトさん相当頭良いだろ」
「そんな事ないわよ」
謙遜するアリアだが、京に同じ事をやらせても到底出来るとは考えられない。精々、い○とも!、と叫べる位だろう。
「秋白君のコードは何なの?」
アリアの不意の質問に京は少しばかり、ではなく大いに戸惑った。今でなくても高校に入ればいつか訪れるであろうこの問いは京にとって都合の良いものではなかった。
何故なら
「それが……分からないんだ」
聖痕保持者は聖痕が現れたと同時にそのコードが一体どういうものなのか本能的に理解するものなのだ。たとえ記憶を失ったとしても、コードだけは何があっても忘れることは無いという。それなのに京は記憶を無くしたとはいえ、自分にはどんな力が宿っているのかを把握出来ていないのだ。そしてその事を知られると周りから色眼鏡で見られるに違いない。そんな不安が京にはあった。
「ふーん、そうなの。大変なのね」
しかし返って来たのは余りにもシンプルなもの。京は思わず聞き返してしまった。
「それだけ?」
「それだけ、とは?」
「いや……ほら! 有り得ない事だろ? 分からないなんて。 変だと思ったり、怖がったり、嘘をついてると思わないのか!?」
「なんで?」
「なんでって……」
アリアのあっけらかんとした表情を見て、自分が少し恥ずかしくなった。本当に、心の底から京が何を言っているのか分からないようだ。
「変わっているなとは思うわよ。でもそれで怖がったり、嘘をついているなんて思わないわよ」
それに、とアリア。
「貴方はそんな人じゃないわ。それくらい目を見れば分かるわよ」
澄んでいながらも何処までも深さを感じさせる瞳に見つめられ、どこか心地よい感覚に包まれる京。しばらく動きを止めていると、アリアが突然申し訳なさそうに視線を逸らした。
「ご、ごめんなさい。 人に見つめられるっていい気分じゃないでしょう?」
「いや、そうとは限らないみたいだ」
「そう、良かった……」
そう、優しく微笑むアリア。しばらく何気ない会話をしていると、目の前に黒く光る門がそびえ立っていた。どうやらここが高校らしい。
「でかい……」
京が最初に抱いた感想。とにかく大きい。この敷地を囲む5m柵はここからは端が見えないほど長く、門の内側は大平原と例えることができそうな程広く、中世のヨーロッパのような外観している建物は全て見回るのに何時間もかかりそうなくらい大きかった。
そして何より京を驚かせたのが
「みんな普通の人っぽい!」
そう、京とアリアの周りにいる制服を着た新入生と思しき人達はみな普通に見える人物達だったのだ。外見だけかもしれないが。外見だけで言うと、むしろ、アリアが一番目立っているかもしれなかった。
「何故みんなこちらを見てくるのかしら?」
「メルガルトさんは自分の魅力をもう少し自覚するべきだな」
「あら、心外ね。秋白君にそんな事言われると思わなかった」
「ん? どういう事だ?」
「そういう事よ」
いまいち要領を得ないアリアの話も程々に入学式が行われるという大講堂に向かった。
明日は午前午後と二回投稿するかもしれません。(出来たらいいなぁ……)