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僕が君を求めても  作者: 麻柚
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デートと噂

 あっという間に日曜となった。普段なら昼まで寝ているところだけど、今日はそういうわけにもいかない。仕方なく九時頃に起きて支度を整えた。洒落た服など持っていないため、いつものジーンズである。リビングに下りると、美香はキッチンにいた。


「あ、陸。おはよう。今日は早いね」

「ああ、ちょっと出かけてくる。って、なんだそれ」


 キッチンカウンターの向こうに怪しい物を見つけ、尋ねた。ボウルの中で、スライスされたレモンが何枚も、透き通った液体に浸かっている。明らかに普通の朝食とは違うものだ。


「これ? レモンの蜂蜜漬けだよ」

「なんでそんなもん作ってんだよ」

「今日バスケ部の試合があってそれを見に行くんだけど、田嶋くんが作ってきてほしいって」

「……は?」


 美香の言っていることがよく分からない。試合を見に行く、まではまあ良いとして、何故差入れを作っているのか。そんなことは、一介の女友達がするには大がかりすぎるように思う。


「お前、田嶋の彼女なわけ?」

「ち、違うよっ。これは頼まれたから」

「普通そんなことするか?」

「……た、確かに。マネジャーさんの仕事、盗っちゃったことになるのかな。どうしよう」


 美香が頓珍漢な心配をするので、俺ももう追及する気が失せた。しかしこれは、悠太にとって本格的にまずい。田嶋は本気で美香を狙っているようだ。しかも、中々策士的に。まあ、美香が単純すぎるだけかもしれんけど。


「一枚もらうぞ」

「あっ」

「ん、まあまあ美味いじゃん」

「もう。人にあげるものなのに」

「じゃあ行ってくる」


 朝食を摂ることもせず、家を出た。マンションから最寄り駅までは十分ほど、人通りの少ない道を歩いて歩く。それから電車に数十分揺られ、待ち合わせの駅前に到着した。約束の場所であるモニュメント前には、既に新井の姿があった。新井は此方に大きく手を振っていた。相当に短い真っ赤なワンピースに、ヒールの高いブーツ。もこもことしたコートを羽織っているが、それでも寒そうだ。


「陸、おはよ」

「よう。他の奴らは?」


 腕時計を確認すると、集合の三分前だった。まだ到着していないのだろうか。新井は何故か気まずそうに顔をそらして、そわそわとした。普段のハキハキした新井と全然違うもんだから、俺は首をかしげる。


「どしたんだよ」

「いやあ、あのさ。――ごめん!」


 ぱん、と顔の前で手を合わせた新井の告白によれば、ダブルデートというのは嘘で、俺を誘い出す口実にしただけだ、と。俺は思わず溜息を吐いた。別に断りゃしねえんだから、はじめからそう誘ってくれりゃよかったのに。


「で、でもね。すっごくお洒落したんだよお。ほら!」


 新井が、ワンピースを広げてみせる。ふわ、と香水の香りが飛んできた。バニラみたいな匂い。


「あーそうだな」

「ツレないなあ、陸のために頑張ったのに。ねえ、ほら行こ!」

「はいはい」


 腕を絡められ、歩き出す。街中はそれなりに賑わっていた。


「んー、やっぱりまずは映画で、それからショッピングだよねえ」


 デートというものはどうもワンパターンだな、と思いつつも、口には出さない。

 それから映画を観て、店を回った。飽きないのかと思うくらい同じような系統の服屋を何軒も巡った後、アクセサリーショップに連行される。言うまでもなく女ばかりで、場違いな感覚が拭えない。美香と出かける時には絶対に訪れないような場所だった。照明に反射したネックレスやピアスたちが、目に眩しい。


「うわ、見てこのネックレス。超可愛くない?」

「そうか?」

「そうだよう! あっ、見てこっちも!」


 新井は移り気が激しいようで、店内を行ったり来たりしていた。俺はその場に居残って、先程新井が手に取ったネックレスを見た。

 やっぱり女子って、こういうものが好きなんだろうか。実感がないのは、美香がこういうアクセサリーを着けないからかもしれない。あいつは興味ないんだろうか、と考えて、ハッとした。別に今、美香なんて関係ないだろう。あいつがどう思っていようが、今俺は新井を相手にしてるんだから。


「あっ、陸。やっぱりそれがいいと思う?」


 戻ってきた新井がそう言って、俺を見上げた。何か頼みごとをする時の目をしていた。


「な、なんだよ」

「ねえ、買って。それ」

「はあ?」

「いいでしょ。ねえ、お願い!」


 お願い、って。

 値段を確認すると、四千円強だった。財布には痛いが、バイト代から出せないこともない。俺はもう一度新井を見た。新井は満面の笑みで、完全に俺に買わせる気でいる。俺は頭を抱えたくなったが、断る気も起こらなかった。断ると、新井がすねてこれからの時間が面倒なことになりそうだ。


「……分かったよ」

「やったあっ。さすが陸!」


 さすが陸。つい最近もどこかで聞いた覚えがある言葉だ。自分が妙に都合の良い男に思えてくる。

 会計を済ませて店を出ると、新井に袖を引っ張られた。振り返ると、新井は先程と同じ上目遣いで、俺を見つめていた。溜息を飲み込んで、問う。


「ったく。今度はなんだ」

「ねえ、ネックレス着けてよ。今ここで」

「はあ? そんな恥ずかしいこと誰が」

「お願いっ。これが最後のお願いだから!」


 店先で勢いよく頭を下げる新井を、通行人がちらちらと見送っていった。退路を断たれた気がした俺は、仕方なくネックレスを小袋から取り出して新井に着けてやる。新井の鎖骨辺りで、ハート形のシルバーネックレスが光った。


「へへへ、ありがと!」

「もう行くぞ」


 歩き始めれば、またぎゅっと腕を絡められた。密着感はさっきまでよりもかなり強い。


「ね、気付いてる? 服見てる時もさっきのお店でも、女の人みんな陸のこと見てるんだよ」

「まあ、視線は感じてた」

「ふふ。ほんと陸ってモテるんだから」


 その後、休憩してから帰ろうという新井の提案に乗り、俺たちはファミレスに入った。新井は注文したパフェを食べながら、ひたすらに喋り倒していた。話題といえば、よくある噂話の類だ。これにも慣れているから、俺は下手な返答をせず、適当に相槌を打っていた。コーヒーは美味くもなく、不味くもなかった。


「ねえ陸、ちゃんと聞いてる?」

「ああ。聞いてる聞いてる」

「あ、そういえばさっ。藤村さんって田嶋くんと付き合ってるのお?」


 降って湧いた美香の話題に動揺しつつ、返答した。


「さあ、本人は否定してっけど」

「えー。でもお、二人と同じクラスの友達が言ってたよ。休み時間とかもずっと二人でいるんだって」


 初耳だ。美香は何度も田嶋との関係を否定していたけど、ほんとはやっぱり田嶋のこと、好きなんじゃねえの。

 これまでの美香が恋に無縁すぎて、田嶋と微笑み合う美香を頭に描いてみても、違和感はある。だが、告白は嫌と言うほどされているはずだ。それが美香自身の恋に結びつかなかっただけなんだろう。


「後期の委員会が同じらしくて、仕事の話をするために一緒にいるって田嶋くんは言ってるらしいけどさあ、ぶっちゃけそんなの口実だよねえ」

「……委員会、同じなのか」

「え、知らないの? 駄目じゃん、お兄さんなのにい」


 そう言って新井は、俺の額を軽く小突いた。兄妹だってなんでも知ってるわけではないだろう、と思いつつ、その部分を撫でる。

 それにしても、まさか新井からこんな風に情報がもたらされるとは予想外だった。ここまで付き合った甲斐があったというものだ。後で悠太に流しておこう。


「色んな女子が残念がってるけど、あたしはいいかなあって。だって陸がいるしね」

「へえ」

「えー、それだけえ?」


 それだけ、と言われても。


「……ね、陸さ。彼女いないんでしょ」

「だからなんだよ」

「あたしと付き合ってよ。ね?」


 唐突に告白をされ、思わず目を見開いた。新井は緊張した様子もなく、ニコニコと俺を見ている。冗談かと思ったが、そういうわけでもないらしい。割と真剣に懇願され驚いたものの、新井はある程度見知った仲であるし、断る理由も見つからなかった。


「……分かったよ」

「やったあっ。陸大好き!」


 テーブルの向こう側の新井が、ぐっと手を伸ばして俺の首に腕を回した。それからスプーンを取る。


「はい、あーんして」

「は、」

「ほら。あーんってしてよ」


 新井にパフェの乗ったスプーンを差し出され、小さく口を開けると、中に押し込まれた。生クリームとプリンの混ざった甘ったるい味が口に広がる。甘いものは得意じゃないせど、彼女がいれば付き合いで食べざるを得ないこともある。美香が作る菓子は甘さを控えてくれるから、自然に食べられるんだけど。

 パフェを飲み下しながらそんなことを考えていると、何故か美香の初恋の話を思い出した。現時点における美香の唯一の恋だ。この県に越してくる前、つまり俺と家族になる前のことで、当時近くに住んでいた同級生らしい。幼馴染だったらしいが、結局何もなく離ればなれになって終わったそうだ。美香にとっては苦くとも大切な思い出であるようだが、では俺はどうだろう。初恋なんて、何も記憶に残ってない。

 ファミレスを出てからは、駅へと向かった。路線が違うため、新井と一緒なのはここまでだ。


「じゃあな」

「え、待ってよ」

「……まだなんかあんのか」

「キスして?」


 つい、耳を疑ってしまった。


「新井、場所分かって言ってんのか?」

「いいじゃん。どうせ誰も見てないし」


 確かに、田舎の駅は閑散としていて俺たち以外に人影はない。既に新井は目を瞑って待ってしまっている。やけくそになって、俺は新井の肩を掴むと軽いキスをした。新井の体はわずかだが太めで、美香より柔らかかった。新井は満足気に俺に別れを告げた。

 誰もいない車両に乗り腰掛けると、どっと疲れが湧いてくる。本当に、女子の扱いには気を使う。睡魔に襲われた俺は、抗うことなくそれに身を委ねて目を閉じた。悠太に田嶋と美香の噂を報告したら泣くだろうな、と思いながら。

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