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僕が君を求めても  作者: 麻柚
おまけ
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初対面(悠太)

ここからは、おまけのおまけです。

 今日、俺は高校に入学した。

 長く辛かった受験生活も何とか桜を咲かせて終え、この学校に入ることが出来た。中三になりたての頃と比較して偏差値も二十は上がった。受かったことを知らせた時、当時の担任は文字通り椅子から転げ落ちて驚いていた。まったく、失礼な奴だと思ったぜ。


「悠太」

「おお、俊也!」


 俺に声を掛けてきた俊也は、中学からの友達だ。こいつがここに進学すると知って、俺もここの受験を決めたのだ。


「同じクラスで良かったな、俊也!」

「ああ。主に悠太がな」


 うっ、と言い淀む。俺は友達を作るのが下手なのだ。恥ずかしいことに、中学の友達は俊也を含めて数人しかいない。

 と、その時、教室の女子がにわかに騒がしくなった。何事かと皆の視線の先を辿る。そこには、一人の男子がいた。


「何だあいつ……!」


 教室前方のドアから入ってきたそいつは、信じられないほどのイケメンだった。

 何か特別なことをしているわけではない。髪はこげ茶だがほとんど黒に等しく、地毛なのか染めているのか際どいところだ。ピアスとか、お洒落を気取ったムカつく男がしていそうなアクセサリーも一切着けていない。本当に、天然の顔だけだ。でもそいつは、そこにいるだけで目立った。アイドルですら顔負けしそうなオーラだった。とにかくもう、ひたすらイケメンとしか言いようがない。

 そいつを見た瞬間、俺は決めたのだった。こいつとだけは絶対に関わらない、と。

 あんなイケメンに関わったら最後、俺は女子からあいつの付属品扱いされるだろう。高校でこそは彼女を作ると意気込んでいる俺にとってそれはただの害悪だ。

 まあ、ああいうタイプはどうせすぐ男子にも女子にも人気が出て、俺みたいな奴のことなんか気にもしないだろうけど。


「凄ぇなあいつ。あんな奴がこんな田舎にもいんのか」


 珍しく、俊也が人間に対しての感想を述べた。いつもは食べ物にしか興味がないくせに。


「はっ、どうでもいいし! どうせ俺たちと関わることなんてねぇよ」


 それより今日の日程確認しようぜ、と言って俊也と一緒にプリントに目を落とす。

 今日はホームルーム後、入学式だ。そんな緊張する舞台でもないが、気合は入る。

 そう。俺はこの瞬間にはもう例のイケメンのことなんか忘れていた。イケメンとは別の世界に入ったのだ。それなのに。

 イケメンは俺たちの方へ歩いてきたかと思うと、何と俺のすぐ後ろの席に座ったのだ。

 最悪だ、と内心毒づく。これじゃ女の子の視線は皆俺を素通りして、イケメンに注がれちまうじゃねぇか。


「くっそ……!」

「悠太、どうした?」

「何でもねぇよ!」


 下手のこと言って後ろのイケメンに聞かれたら大変だ。後々面倒事になるのは間違いない。

 ああ本当、ツイてねぇ。


「なあそれ、今日の日程?」


 突然の声が俺に向けられたものだと気付くのに、一瞬間時間を要した。

 俺のすぐ後ろから聞こえてきたその声。主が誰であるかは、明白だ。


「そうだけど」


 答えたのは俊也だった。何の気にもなしにイケメンと顔を合わせている。

 くそ、俊也の野郎。イケメンと関わると碌なことがないと、こいつは知らないのか。


「見せてくれねぇ?」

「ほら」


 俊也がプリントを勝手にイケメンに手渡した。俺はまだ、イケメンに振り返れないでいる。

 チッ、何で俺たちに話しかけるんだよ。後ろにも隣にも人間はいるじゃねぇか。どうしてわざわざ、俺たちみてぇな地味グループに首を突っ込もうとするんだよ。

 俺より前に座っている女子がチラチラとこっちを見てるのは、やっぱりイケメンのせいなんだろうな。本当死ねよ、イケメン死ねよ。


「サンキュー」

「別に構わない」


 おい俊也。それは俺のプリントだぞ。なにお前のものみたいに言ってんだ。

 俊也の手に戻ったプリントは、再び俺の机に置かれた。


「なあお前、名前は?」

「小峰俊也」

「小峰か。……そっちは?」


 イケメンが俺の背中に話しかける。

 振り返れっていうのかよ。イケメンの顔なんか、イケメンの顔なんか見たくねぇっつうのに。

 俺は、ゆっくりと後ろに向いた。イケメンは真っ直ぐに俺を見ていた。

 本当にもう、女子じゃねぇのに気が引き締まるくらいのイケメンだ。こんな奴、初めて見た。


「……広井、悠太」

「広井、な。俺は藤村陸」


 ひ、と、ふ。それでは確かに、席が前後してしまうのも仕方ない。……ムカつくけど。全然納得いかねぇけど。


「小峰と広井は中学同じなのか?」

「ああそうだ。藤村はいねぇのか、知り合い?」

「たぶんいねぇんだよな。まあよろしく、二人とも」

「よろしく」


 おいおい。なに普通に会話してんだ。つうか何がよろしくだ! 俺は、俺はイケメンと関わりたくねぇんだよ!

 しかも藤村はただのイケメンじゃない。何と言うか、超絶イケメンだ。最早避けるべき人種だ。

 それから俊也と藤村が話しているのを、俺はただ黙って聞いていた。そのうちホームルームが始まって終わって、入学式のために体育館へ移動する時にも藤村は俺たちに付いてきた。いや、側から見たら俊也と藤村に俺が付いていってるような形だったろう。藤村はすぐに俊也と打ち解けていた。


「本当、あり得ねぇ……」


 体育館へと向かうその最中、俺は俊也と藤村の後ろで小さくそう呟いた。

 それから入学式は滞りなく終わった。入退場の時も、藤村は明らかに先輩女子の視線を一人占めしていた。俺はそれに歯ぎしりして、そして項垂れた。


「あ、美香」


 教室へと戻る時、不意に藤村は言った。俊也と二人で奴の目線を追いかける。


「陸!」

「お前何組だったんだよ」

「五組だよ。陸は?」

「二組」


 なっ……何だよ、あれ!

 藤村と話すその女の子は、可愛かった。超可愛かった。死ぬほど可愛かった。藤村と負けず劣らずの美形だった。

 化粧は、たぶんしてない。肩くらいの長さの黒髪と膝より少し上のスカート丈が清楚さを演出していた。大人しそうで、優しそうな、女の子。

 俺の好み、どストライクだった。


「しゅしゅしゅ俊也……!」

「何だ悠太。壊れたロボットごっこか?」

「ちっげぇよ! あの子! 藤村と話してる子!」

「それが?」

「超可愛い! え、待ってヤベェよ。タイプすぎてヤベェって!」


 あんな子が同じ学年にいるのか!? やっぱり俺、死ぬ気でここ受けて良かった。あんな子に出会えるなんて奇跡だ! そこらで出張ってるアイドルより断然可愛い。もう、漫画みたいに可愛い。

 俺の高校生活、薔薇色だ!

 だが俊也は、冷静な声で俺に現実を突きつけた。


「……あれ、藤村の彼女とかじゃねぇの?」

「……は?」

「だって、やけに親しそうだし。名前で呼び合ってるし」


 言われてみれば、そうだ。陸、美香、とお互いを呼んでいた気がする。

 もう一度二人に目を移せば、笑い合っていた。それはもう楽しげに。嬉しそうに。

 二人は付き合ってる。そう、納得せざるを得なかった。


「……イケメン死ねっ!」

「ちょ、悠太?」


 そりゃ二人はお似合いだ。悔しくてムカつくけどお似合いだ。絵に描いたような美男美女、誰も文句なんて言えねぇよ。

 でもさ、一瞬くらい夢見させてくれたっていいじゃねぇか。どうせモテない俺のために。神様は、そう思わねぇのかよ。

 俺は入学早々、夢破れたってことかよ!

 もう藤村と口なんか聞かねぇ。踵を返そうとすると、藤村が戻ってきた。俺は無視して教室へ戻ろうとする。


「悪い、待たせた」

「いいや。あの女子、誰だ?」


 俊也が藤村に問いかけている。

 どうせ彼女だと答えるに決まってる。そんなもん、聞きたくねぇよ。


「ああ、あいつは妹だけど」

「い、妹!?」


 予想外するその言葉に俺は急ぎ二人に駆け寄った。藤村がギョッとした目で俺を見る。


「ひ、広井。どうしたんだよ」

「妹って本当か!? なあ本当か!?」

「……嘘吐いてどうすんだよ」


 彼女じゃなかった。それどころかあの子は、藤村の妹。それはつまり、藤村の友達になればあの子にも近付けるかもしれない、ということだ。

 ああ、俺は運が良い。最っ高に運が良い!


「藤村! これからよろしくなっ!」


 俺は藤村の手を取り、そう叫んだ。


「あ、ああ……」


 藤村は何だかよく分からなそうに首を傾げながら、俺の言葉に頷いていた。


 ***


「……って、そういやそんな感じだったな、最初は」

「おい何だそれ。それじゃお前は、美香が俺の妹じゃなかったら俺のことなんてどうでもよかったってことじゃねぇか!」

「そ、そんなことねぇっつうの! 陸は陸で友達になりてぇと思ってたし。なあ俊也?」

「……悠太は、陸に向かってイケメン死ねって言ってた」

「しゅ、俊也!」

「悠太、てめぇ……」

「地獄に落ちろ、とも言ってた」

「それは言ってねぇ!」

「悠太のくせに生意気なんだよ。俺を利用しようなんざ十年早いっつうの!」

「ま、まあお前のおかげで美香ちゃんと話せたし。感謝してるぜ本当」

「やっぱり美香じゃねぇか!」

「ま、まあ、陸落ち着けって」

「うっせぇ! 悠太、てめぇのせいだろうが!」

このお話を持って完結ボタンを押させて頂きますが、また小話が思いつき次第追加させて頂こうと思います。

最後までお読み下さった皆様、本当にありがとうございました!

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