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僕が君を求めても  作者: 麻柚
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愛しい人の特別な日

 クリスマスが終わって父さんたちはまた日本を出ていった。それから冬休みは怒濤のごとく過ぎ去り、三学期が始まっていた。


「ちょっと藤村くん。今日藤村さんの誕生日って本当?」


 放課後、悠太と俊也と帰ろうとした時、田嶋が声をかけてきた。田嶋は焦ったような、興奮したような様子だった。


「お前知らなかったのか?」

「知らないよ、知るわけないでしょ」

「ぷっ、お前ダッセェな。美香ちゃんとっくに帰っちまったんじゃねぇの」


 田嶋を煽るのは悠太だ。口に手を当ていやらしい笑みを浮かべる悠太を、田嶋は鋭く睨んだ。


「うるさいな。広井くんは黙ってて」

「黙らねーよバーカ。ざまあみろっつーの」

「……藤村くん、今広井くんを思いきり殴りたい気分なんだけど」

「勝手にすれば」


 俺たち三人のやりとりに俊也は心底興味がないようで、大きな欠伸を一つ漏らしていた。できれば俺も俊也側に寄りたいんだけど、悠太と田嶋がそれを許さない。


「あっ」


 廊下に何か見つけたのだろうか、そちらを見やった田嶋が不意にそう声をあげて、向かっていった。帰ってきた田嶋は夏見を引き連れていた。田嶋に手首を掴まれた夏見は、困惑したような表情を浮かべていた。


「夏見! なんだよお前ら、知り合いだったのかよ?」

「知り合いじゃないよ広井くん。だって僕は夏見が大嫌いだもん」

「ええっ⁉︎ 田嶋くん、そんなあ」

「気安く呼ばないでくれる?」


 これは一体、どういう状況なのだろうか。俺と俊也は顔を見合わせて首を傾げた。田嶋の奴、いつ夏見と親しくなったのやら。


「ねえ、今日藤村さんの誕生日なんでしょ? 何するつもり?」

「な、何するって。あの、一緒に帰ろうっていう話はしていますけど」

「なにそれ! まさか変なことでもするつもり?」

「へ、変なことってなんですかあ!」


 田嶋にがくがくと肩を揺さぶられる夏見は、それこそ半泣きみたいな状態だった。


「田嶋あ、見苦しいぞ。そりゃ夏見は殴りまくりたいくらいムカつくけど、フラれたからって八つ当たりすんなよ」

「見苦しい? 広井くんのそのもじゃ毛の方が何倍も見苦しいけどね」

「てめえ!」


 俊也は呆れた顔をして、帰りたい、という視線を俺に向けてきた。俺は肩をすくめてみせる。


「おい田嶋、部活はいいのか?」


 俺がそう言ってやると、田嶋は悔しそうに俺を見て、夏見を解放した。


「藤村くん。藤村さんに僕がおめでとうって言ってたって伝えてくれる? 後でプレゼントを渡すからって」

「あーはいはい。分かったよ」

「じゃあね。また明日」


 エナメルバッグを背負って、足早に田嶋は去っていった。

 いつかも思ったけど、田嶋はやっぱり黙って澄ましているべきだ。あいつの性格というか本性は、少々めんどくさすぎる。まあ、一年の頃の何を考えているか分からない田嶋よりはいいけど。


「あの、僕も帰っていいですか」


 夏見がおどおどとして発言した。


「ああ。じゃあな」

「はい、また」

「――あ、待て」


 夏見を引き止める。俺に振り返った夏見は、不思議そうな顔をしていた。


「美香のこと、よろしく」


 夏見は何故か嬉しそうにして、頷いた。

 美香の誕生日を、祝いたいのは夏見だけじゃない。俺も海斗も準備してるんだから、無事に帰してもらわなきゃ困る。


「あーあ。ほんとなんであんな奴選んだんだろうなあ美香ちゃん。今世紀最大の謎だよな」

「魅力があったんだろう。悠太より、田嶋より」

「はああ⁉︎ 陸、俊也がこんなこと言ってんだけど!」

「まあ悪い奴じゃねーよ」


 たぶん、と小声で付け加えた。

 三人で帰り道を歩く。あっという間に、陽が傾きかけていた。


「つうか、それにしたってあいつに彼女がいて俺にいないのっておかしいよな!?」

「加藤とはどうなってんだよ?」


 地雷を踏むとは分かっていながらも、聞いてやる。


「それがよ、悪くはねえと思うんだけど……なんかなー。くそっ」

「冷静に分析しろ悠太。加藤はお前に戸惑ってるだけで、惚れてはいないぞ」

「そういう俊也こそ服部とどうなってんだよ⁉︎」

「どうって、どうなるんだ? どうもなりようがないだろう」


 動揺なく、真顔で俊也は言った。俺と悠太は顔を見合わせた。

 どうやら俊也は、服部に対する恋心がないらしい。他の女子より特別な存在であることは確かだと思ったのだが、それはあくまで食欲仲間ということなのだろう。食欲仲間とはなんだと問われても、俺には分からないけど。


「ふん。どうせ俊也は黙っててもそのうちできんだろ。陸は論外だし。くそ野郎どもめ」

「仕方ねえな。お前に一言アドバイスしてやるよ」


 このまま悠太に嘆かれていても気分が悪い。俺が言うと、悠太は珍しく目を輝かせて俺を見た。


「諦めろ」


 肩を小突いてやると、悠太はその背中を後ろの電柱にぶつけた。があああっ! と変な雄叫びをあげる悠太を無視して、俊也の肩を叩いて歩き出す。


「見てろよ、ぜってーお前らより先に彼女作ってみせるからな!」

「陸に先に出来る、に一票」

「おい俊也っ」


 それから、悠太によるよく分からない演説が始まった。俺も俊也もそんなものに耳を貸す気なんて毛頭なく、勝手に話し続ける悠太を聞き流して歩き進んでいた。


「なあ陸、よかったのか」


 不意に、俊也が呟いた。


「何がだよ」

「藤村のこと。……夏見に託して、お前はそれでよかったのか」


 俺はじっと俊也を見つめた。俊也は俺を見ず、ただ前を向いて無表情だった。その間にも、悠太は何かごちゃごちゃと喋っている。内容なんて、勿論頭に入ってこない。


「お前、いつから知って――」

「さあ。でも安心していい。悠太は全く気付いてねえから」


 俊也が、にやと笑う。滅多にないその笑い方に、俺の頰まで緩んでしまった。


「だよな。鈍感の極みだもんな」

「ああ。鈍感の極みだ」

「おいこら! 聞いてんのかてめーらっ」


 俺と俊也が無視していたことを察したらしく、悠太が突っかかってくる。その怒り顔にまた俊也と吹き出して腹を抱えてしまった。悠太は訳が分からないと言った表情で俺たちを見ていた。


「ぶはっ。悠太、お前が悪い奴じゃねえことは分かるんだよ。でもなんか駄目なんだよお前は」

「全体的に、なんか駄目だ」

「それ致命的じゃねえか……」


 肩を落とした悠太をあえて励ますこともなく、俺たちはそれぞれの家へと向かっていった。


 *


 帰宅した俺は、すぐに家を出た。海斗と、美香の誕生日用のケーキを買う約束をしていたからだった。美香はまだ帰っていなかったから、誤魔化して出てくるということをせずに済んでよかった。

 海斗の部活が終わるまで適当に時間を潰し、落ち合った。二人でケーキ屋に入り、選ぶ。


「美香が好きなのは――」

「モンブランだな。っし、兄貴はどうする?」

「俺は別に、なんでも。美香と同じやつでいい」

「じゃ、俺もそれでいいや」


 オーソドックスなモンブランを三つ注文して、ケーキ屋を出た。海斗は部活の荷物で手がいっぱいなので、俺が持ち帰る。


「兄貴、落とすなよ?」

「落とすかバカ」


 浮かれた小学生じゃあるまいし、落とすわけない。でも海斗は終始にやにやとして俺を観察していた。悪趣味にも程がある。


「見てんじゃねーよ」

「いてっ」


 海斗の頭の上を、軽く握った拳で叩いた。痛いと叫んで頭を押さえた割にその顔は笑っていて、まあつまり全然痛くなかったんだろう。

 家に着くと、美香は当たり前のように食事を作って俺たちを待っていた。


「おい姉貴!」


 雪崩れ込むようにリビングに入ってきた俺たちを見て、美香は少し驚いているようだった。そんな美香に、俺はケーキの箱を差し出した。


「姉貴っ、誕生日おめでとう!」

「……おめでとう」

「ありがとう海斗、陸。わあ、わざわざこんな良いケーキを買ってきてくれたの?」

「待ってろ姉貴、俺プレゼントあるから取ってくる!」


 海斗は重い荷物を抱えたまますばしっこく二階へ移動していった。微笑んでケーキを取り出している美香に、俺はポケットに入れていた小袋を差し出す。美香はきょとんとして俺を見返した。


「鈍いな。プレゼントだよ」

「え、ありがとう! 開けていいの?」

「勝手にしろ」


 瞳に期待の色を宿らせながら袋を開ける美香を見守っているのは気恥ずかしくて、俺は食卓についた。腕を組んでちらと美香の手元を確認すると、そこにはすでに袋の中身のものが握られている。


「うわあ、凄い! ネックレス?」


 胸の位置に小さめの鳥のモチーフが来る、銀のネックレスだ。恥ずかしい思いをしながらアクセサリーショップで購入してきたもの。


「別に凄くねーし。お前色気ねえから、たまにはそういうのもいいんじゃねえの」

「ふふっ。ありがとう、陸」


 美香は早速ネックレスを着けていた。わくわくと舞い上がったような表情で、どうかな、と首を傾げてみせる。そんな美香の笑顔が俺にはちょっと眩しすぎて、あからさまに目をそらしてしまった。頰が熱を帯びていくのが、強烈に感じられる。

 やっぱり美香には、無駄な装飾品なんて必要なかったかもしれない。


「ま、まあまあなんじゃねえの」

「あはは。でもほんとに嬉しいよ。ありがとう、陸」


 照れ隠しでぶっきらぼうに答えたのに、それにさえ美香は笑いかけてきた。なんというか完全に、俺の負けだった。


「あ、それ兄貴のプレゼント?」


 リビングに戻ってきた海斗は、美香の胸元で光るものを目ざとく見つけたようだった。包装されたプレゼントをしっかりと持って、俺たちの方に駆け寄ってくる。


「姉貴、それ凄え似合ってるよ」

「本当に? ありがとう海斗」

「姉貴はそういうのなくても可愛いけどさ、着けるともっと可愛いな!」


 俺が言いたくて言えないことを、海斗はあっさり口にした。顔を真っ赤に染める美香の反応を見てしまうと、そんな姿を向けられている海斗のことを羨ましく思ってしまう。


「でも兄貴のプレゼント、アクセサリーなんだな。へーえ、ふーん」

「……んだよ。なんか文句でもあんのか」


 意味深な笑みを見せた海斗に、俺は唇を尖らせて返答した。待ってましたと言わんばかりに、海斗が口を開く。


「いやあ、よく言うじゃん。アクセサリーをプレゼントするってのはさ、独占欲の表れだって」

「はあ⁉︎」


 そんな言い伝えは初耳だ。


「どうする姉貴ぃ。兄貴、姉貴を独占したいって」

「そ、そんな。違うよね、陸?」

「あ、たり前だろうが。海斗は少し俺たちをからかいすぎだっつの」

「冗談だって。じゃあ姉貴、これが俺からのプレゼントな」


 海斗のプレゼントはブックカバーだった。ベージュの生地に所々花の刺繍が施されている。美香の趣味を手助けするような、良いものだと思った。俺は普段読書をしないせいか、ブックカバーなんて発想はこれっぽっちも浮かんでこなかった。


「ありがとう海斗! 大事に使うね」

「喜んでもらえてよかったよ。……よし、夕飯にしようぜ! 俺腹減ったよ」

「そうだね。でもまず二人は、手を洗ってからね」


 美香に言われて、初めて気が付いた。帰ってきてそのままプレゼントを渡してしまったから、肝心なことがすっかり頭から抜けていたのだ。


「あっ、待って二人とも」


 連れ立って洗面所へ向かおうとした俺と海斗を、美香は引き止めた。疑問に思って振り返ると、美香はさっきよりも大きな笑顔を俺たちに向けていた。


「どした姉貴?」

「まだ、大切なことを言ってなかったなって」

「なんだよそれ」

 俺が促す。美香は更に笑みを深くした。

「おかえりなさい。海斗、陸」


 一瞬、海斗と視線を交える。それから俺たちはほとんど同時に、それに答えた。


「ただいま」


 確かめるように、その言葉を届ける。

 俺と美香、海斗。三人の笑顔を、心を、繋がりを、もう途切れさせたくはない、と思う。

僕が君を求めてもの本編はこれにて完結致しました。ここまでお読み下さった皆様、本当にありがとうございました!

番外編やらが少し続きます。よろしければお付き合い下さい。

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