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僕が君を求めても  作者: 麻柚
23/44

明暗

 美香と夏見のデートがあった日から、俺と美香は会話を交わさなかった。その距離感のまま修学旅行はやってきて、一日、二日と無事に過ぎた。

 今日は三日目、班行動の日だ。俺たちの班――俺と俊也、田嶋、女子の大山と岡崎は、始めに金閣寺へと向かった。大山は赤縁の眼鏡が、岡崎は三つ編みが象徴的な人物だ。


「すっげえ、光ってる」

「小学生の感想だね小峰くん」


 俊也と田嶋が先導し、その後ろを俺が歩く。さらにその後ろを、大山と岡崎が歩いていた。

 ここへは一度、来たことがある。確か、美香と兄妹となった直後の家族旅行だ。まだよそよそしかった俺たちが、お互い心を開くきっかけになった旅行だった。


「大山さん、岡崎さん。このペースで大丈夫?」


 振り返った田嶋が、二人に声をかける。二人は不自然な慌て方をして頷くと、黙ってしまった。

 大山と岡崎は、流れで俺たちの班に振り分けられたようだ。なんでも、俺たちの組とどの女子の組が班になるかで揉めに揉め、結局唯一俺たちの組と一緒になりたいと立候補しなかった大山と岡崎が組むことになったのだそうだ。二人は旅行前の班会議の時間からずっと俺たちから距離を置き、敬語を使って会話していた。せっかく班になったのだから、もう少し馴染めないものだろうか。


「ねえ、みんなで写真撮ろうよ」


 田嶋の提案により、シャッターを頼めるような人物を探すと、タイミングよく林先生が通りかかった。田嶋が林先生に駆け寄ると、林先生は満面の笑みで頷いて此方へやってきた。


「なんだなんだ、お前ら仲良いな!」


 俺がカメラを渡すと、俺たちは舎利殿を背景に並んだ。


「おーい。大山、岡崎、お前たち写ってないぞ。もっと寄れー」


 先生に言われても、二人は慌てふためいているだけで動く気配がなかった。俺と田嶋が声をかけると、女子二人は互いに顔を見合わせて、しどろもどろになった。


「わ、わた、私たちなんかが近寄っちゃ駄目ですっ」

「そうですよっ。そんな、恐れ多い!」

「なに言ってんだよ。いいから来いって」

「ひゃああ⁉︎」


 俺が近くにいた大山の腕を引くと、大山は悲鳴のような声を上げた。驚いて、思わず腕を放す。


「ご、ごめん。痛かったか?」

「いやいやっ、違うんです! 違うんですけどっ」

「ぶっ、あははは! お前ら面白いなあ!」


 戸惑う俺を、林先生が大笑った。

 それから大山と岡崎が僅かに俺たちに寄って、どうにか写真を撮ることが出来た。林先生に礼を言い別れ、昼食へ移ることにした。


「この辺りの飯屋は片っ端から調べて目星は付けてある。ついてこい」


 途端に勇ましくなった俊也に呆れつつ、だらだらとついていった。


「緊張してるのかな、二人とも」


 女子の方をちらりと見ながら、田嶋が俺の耳元で囁いた。


「なんで緊張すんだよ」

「藤村くんてつくづく鈍いよね。君みたいな人気者と一緒に行動してるんだよ? 緊張もするって」

「……別に、クラスメイトだろ。緊張なんかする必要ねえよ」


 そう言った時、前を歩く岡崎の体勢が不意に崩れた。前のめりになった岡崎へ咄嗟に岡崎へ手を伸ばし、二の腕を掴み肩を押さえ、向き合うような形で体を支える。ゆっくりと顔を上げた岡崎と、目が合った。


「だ、大丈夫か?」

「ふあ、は、はいいいっ!」


 岡崎は顔を真っ赤にして、俺の手をすぐに放した。それから大山に寄り添って、二人で何やら話し始めた。


「……藤村くんさ、今の天然?」

「はあ?」

「いや、いいよ別に。なんかさすがだなあ」


 田嶋が笑う。岡崎のことも田嶋のこともよく分からなくて、俺は頭を掻いた。


 俊也おすすめの店でカツ丼を食べると、京都を一気に南下した。伏見稲荷大社へと到着する。有名な千本鳥居をくぐるがすれ違う人も少なく、先程の金閣寺とは打って変わった静謐な空気が流れていた。


「やっぱカツ丼だけじゃ足りん」

「……小峰くん、カツ丼以外にも色々食べてなかったっけ?」

「それでも足りない」


 俊也の底なしな食欲に、田嶋と二人で溜息を吐いた。散々見せつけられてきたものだが、改めて恐ろしい。

 女子の方を振り向いた田嶋が、何かを見つけたように言った。


「あ、大山さん。それもしかして、今やってるアニメのやつ?」

「えっ。田嶋くん、知ってるんですか?」

「知ってるよ。僕も見てる」


 どうやら、大山の携帯に付いているキーホルダーに反応したようだった。大山は驚愕したようだったが、まとう雰囲気が少し、和らいだ。


「もう一つの方はなんのキャラクター?」


 田嶋の視線の先には、素朴な顔をしたキーホルダーがあった。熊のような、猫のような、よく分からない生き物だ。ストレートな可愛さはないが、可愛くないこともない、んだろうか。


「あ、あの、図書委員の皆でゲームセンターに行ったことがあるんですけど、その時に取ってもらったんです」

「私も持ってるんですよ」


 岡崎が、大山とは色違いのキーホルダーを取り出した。


「そっか、二人とも図書委員なんだっけ。誰が取ってくれたの?」

「あの。藤村さん、です」


 そう言った時、大山はちらりと俺を見た。


「藤村さん、凄くゲームが上手なんです。欲しい物、なんでも取ってくれて」

「へえ、そうなんだ。意外だな」


 田嶋が俺を見た。どうして美香がゲームを得意としているのか教えろ、ということだろう。


「……あいつ、色々器用だからゲームとかそういうの上手いんだよ。俺よりもずっとな」

「え、逆に藤村くんどんだけゲーム下手くそなの。ちょっとドン引き」

「うるせえなっ」

「ちょっととドン引きって矛盾してないか?」


 俺と田嶋と俊也、いつものような言い合いが始まったところで、大山と岡崎が笑い声を上げた。予想外の出来事に田嶋も俊也も俺も、お互い顔を見合わせる。それから、どうにか打ち解けた様子の二人に視線を戻し、ほっと息を吐いた。


「馴染んでくれたみたいでよかった。僕たちいつもこんな感じだから、緊張なんかしないで。ね?」


 田嶋に対して二人の返事が重なり合うと、俺と田嶋と俊也はその可笑しさに噴き出した。そして、再び歩き出した。


 *


 伏見稲荷大社を後にすると、俺たちの班は清水寺へと向かった。チェックポイント通過時間にはまだ余裕があるため、寺へと続く土産街道を散策することにした。

 この辺りの食べ物屋は一通り調査済みだと豪語する俊也を先頭に、人でごった返す中を進んでいく。俊也の後ろに大山と岡崎を挟み、続いて俺と田嶋が歩いている形だ。

 そのうちに差し掛かった交差点では、車が人の隙間を縫うように走っていた。俺は田嶋と示し合わせ、女子をそれぞれ車道とは反対側に押し込んだ。


「へ……?」

「危ねえから、そっちで」


 大山は俺を見上げ、それから勢いよく頷いた。

 そのうち、俺たちは一軒の土産物屋に入った。俊也が向かいの煎餅屋で持ち帰り用の食べ物を調達している間に、雑貨や他の物を見ておこうという話になったためだった。


「見て、この起き上がり小法師。すっとぼけた顔が広井くんにそっくり」

「お前なあ」

「買っていってあげようっと」


 田嶋は笑って起き上がり小法師を握った。悠太のことが好きなのか嫌いなのか、よく分かんねえ奴だ。


「あ、見て」

「今度はなんだよ」

「この鏡」


 田嶋が指差したのは、ハンドミラーだった。ちりめん手鏡と名札が付いている。ピンク地に様々な色形の桜が散りばめられていた。

 美香が好きそうだ。そう、思ってしまった。


「藤村さんに似合いそうだよね」


 田嶋も同じ考えだったらしく、ハンドミラーを手に取っていた。


「買おうっと」


 にこやかに、何の迷いもなく田嶋はそれを手にした。

 一体、何を考えているのだろう。美香の話題が出ると大人しくなったり、かと思ったら自分から美香の話をしたり。田嶋は相変わらず、真意を見せてくれない。


「……可愛いよね、大山さんと岡崎さん」


 田嶋が、少し離れたところで土産を選んでいる二人に目を向けながら、言った。


「反応が初々しいっていうのかな。僕の周りってグイグイくる子が多いから、なんか新鮮だよ」


 起き上がり小法師をころころと転がしながら、田嶋は続けた。


「藤村くんはどっちがタイプ? 大人しい子と、積極的な子」


 そんなこと、気にしたこともなかった。俺はいつも告白してくれた女子を受け入れるだけで、自分の好みなんて全く考えてこなかったのだ。

 彼女の個性になど目を向けてこなかった。俺は、最低だ。


「……好きになれるなら、どっちでも」


 俺が小さく答えると、田嶋は口の端を緩ませた。その後、本当に起き上がり小法師とハンドミラーを購入していた。

 俊也と合流すると、ソフトクリームを売る店に入り、店内の休憩スペースで貪った。俊也は抹茶ソフトを手にしながら、じっと岡崎の手許の、抹茶とバニラのミックスソフトを見ていた。


「それ、美味いか?」


 俊也が問いかけると、岡崎は嬉しそうに頷いた。


「とっても美味しいですよ」


 それを聞いて唸る俊也に、田嶋は言った。


「小峰くん、そんなに食べたいならもう一つ買え――」


 ば、と田嶋が言い終える前に、俊也は腰を屈ませて、そのまま岡崎のソフトクリームに齧りついた。状況が把握しきれなかったのか、岡崎は一拍置いてから赤面して、俊也から身を引いた。


「ん、美味い」


 大胆すぎるその行動には、田嶋も俺も肩をすくめるほかなかった。俊也は自分がどれほどのことをしたか分かっていないらしく、ポカンとして、また自らの抹茶ソフトを口に運んでいた。

 ソフトクリームを消化し終えると、俺たちはようやく、清水寺へと足を向けた。


 *


 清水寺にあるチェックポイントを通過してから、俺たちは清水の舞台へと歩いた。平日だというのに人は嫌になるほど多い。

 舞台になんとか辿り着くと、田嶋が感嘆したように溜息を吐き出した。大山と岡崎の方も楽しげだ。俊也は腕を組み、ぼんやりと景色を眺めていた。

 今日は快晴だということもあり、遠くまではっきりと京都の風景を味わうことが出来た。隣の田嶋は、あれは京都タワーだ、あれはなんだろう、とはしゃいでいた。ここまで無邪気な田嶋は初めてだ。旅行は、普段見えない姿を引き出す。

 人混みの方へ目を移動させると、うちの学校の制服を着た奴らを見つけた。そこには、美香もいた。隣にいるのは加藤だ。美香は加藤とともに景色のあれやこれやに指を差して、笑い合っていた。


「藤村さん、楽しそうだね」


 田嶋が言う。人に紛れているのかその場にいないのか、夏見の姿は見えなかった。

 しばらくして、俺たちの班は再び歩き出した。音羽の滝などの有名スポットを、ふらふらと彷徨い巡った。


「……花火大会の時も思ったんだけど、さ」


 田嶋が俺だけに語りかけるように、小さく口を開いた。


「やっぱり藤村くんといるといつもより女の子の視線を感じるね」

「……そうかよ」

「藤村くん、なんでそんな顔してるの。目元がキリッとしててさ、鼻筋もスッと通っててさ、整いすぎだよ」

「知るか。生まれつきの顔だっつの」


 元々の顔に、なんでもくそもない。


「あーあ。そりゃモテるはずだよね」

「は?」

「藤村くんは凄く素敵だよってこと。行動も、発言も、勿論顔も」


 思いがけず田嶋に褒められて、俺は居心地の悪さを感じた。近しい人間に改まって賛辞されることほど、照れくさいものはない。


「……お前を大したことねえって言った俺が、か」

「はは。もう気にしてないから」


 田嶋は、あっけらかんと笑った。


「今日の藤村くん見て思った。藤村くんは優しいし、魅力的だよ。僕なんかよりずっと」


 俺が目をそらして髪を掻き毟ると、田嶋は俺を覗き込んできた。それからも逃げるように首を動かし、そっぽを向く。


「あれ。もしかして藤村くん、照れてる?」

「うるせえ。別に照れてねえよっ」

「あはは、可愛いなあ。ついからかいたくなるよね」

「……キモい」


 その後、田嶋の号令で地主神社へ歩を進めた。そこでの田嶋は、女子二人に混じって楽しんでいた。対照的に、俊也は心の底から興味がないようで、大きな欠伸を一つした。かくいう俺も、神頼みをする気にはなれない。

 俊也と並び、三人が戻るのを待っていた。美香が視界に映ったのは、その時だった。加藤と二人、お守りを選んでいる。随分楽しそうに、熱心に。

 そんな美香の肩を背後から叩いたのは、夏見だった。俺の目は、美香と夏見が共通のお守りを握っていたのを見逃さなかった。他の班員には隠しているのか、二人ともそのお守りについて触れないまま、別々に会計を済ませていた。

 美香は班員に何かを告げると、一人で此方の方へ歩いてきた。美香の瞳が俺を捉えると、一瞬美香は立ち止まったが、何事もなかったかのように階段を下りていった。下りた先で見知らぬ若い男二人に声をかけられている様子を見て、俺は溜息を吐く。

 階段を駆け下り、美香の腕を取っていた男の手を離すと、男たちはさっさと引き退っていった。俺と目が合い、慌ててそらした美香は、ありがとう、と他人行儀に俺に礼を言った。


「楽しそうじゃん」


 美香の手元の土産品に目をやりながら、俺は言った。美香は恐る恐るといった風に、首を縦に動かした。


「うん。……陸は?」


 すぐそばにある喧騒が、どこか遠くに聞こえる。俺たちに不躾な視線を投げてくる人間も、人混みの中で器用に走り回る子どもも全てが消え、俺と美香の二人だけがこの場に立っているような、そんな感覚だった。水と線香の混じった独特の匂いだけは、残り続けている。


「お前の顔さえ見なければ、な」


 美香と夏見のあのような光景さえ見なくて済んだならば、こんな風に気が沈むこともなかった。美香は、とかく自然にその想いの向く先を俺に見せつける。


「ごめん、なさい……」


 美香は、下を向いてそう言った。俺はもう美香を笑顔にすることなどできなくなっていて、ただ俯かせ、謝らせるばかりだった。


「その、私、先生に用があって」


 遠慮がちに告げた美香は、身を翻して走っていった。消滅していたはずの人の波が目の前に復活して、美香を呑み込んだ。

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