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僕が君を求めても  作者: 麻柚
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合格発表

「俺はやっぱり藤村(ふじむら)に一票!」


 放課後、暇な男子が教室に集まって女子の品評会をするなんて、よくあることかもしれない。別に俺だって、不健全極まりないこういった会が嫌いなわけじゃないんだ。しかしそれにはただ一つ、条件がある。あいつの名前が出てこないこと、だ。


「おっ、きました!」

「それではここでお兄さんに話を伺いますか」


 そうして、この場にいる全員の視線が一斉に俺に注がれた。その瞳は一様にぎらぎらと輝いていて、寒気がする。


「だとよ(りく)。どうなのよ」

「……あいつの何がいいんだよ。つうか一々俺に振ってくるな!」

「おい、あいつの何がいいんだよ、だとよ」

「それはお前が兄貴だからだろ!」

「羨ましいから俺と代われっ」


 そうして、ぎゃんぎゃんと喧しい顰蹙の嵐が飛び交い出した。俺はわざとらしく耳を塞いで、わざとらしく顔をしかめる。うんざりだ。


「――帰る」

「おい逃げんなよ!」

「逃げるわけじゃねえよっ。今日は用事があるんだ。じゃあな!」


 吐き捨てるようにそう言って、俺は鞄を掴み乱暴にドアを開け教室を出た。そのまま足早に廊下の真ん中を歩いていく。放課からだいぶ経った廊下には人影もなく、俺の足音だけが高らかに響いていた。それすら苛立たしくて、俺は頭を掻いて舌打ちをする。

 俺がああいった品評会を苦手としている理由、それは自分の妹に関わることだった。会では必ず俺の妹の名前が登場して、俺はその度に兄であることをからかわれるのだ。初めは受け流していたが、毎度毎度ネタにされ続けてきて、流石に今はげんなりする。俺は思いっきり溜息を吐いた。二階の廊下の窓からは夕日が容赦なく射し込んでいて、眩しさに目を細める。


「待てよ陸!」


 不意に名を呼ばれ、足を止め振り返った。駆け寄ってくる見慣れた二人の姿に、ふっと息を吐く。


「なんだお前らか」

「なんだってなんだよ寂しいな。一緒に帰ろうぜ」


 そう言って、悠太(ゆうた)は俺の肩をどかんと叩いた。加減を知らない悠太のそれはかなり痛い。俺がいくらやめろと言ったって耳を傾けないのだ。茶色がかった髪を揺らしながら、モテないことを常に嘆いているこの悠太は、はっきり言わずとも馬鹿である。


「にしてもいいよなあお前は。家に帰ったらあんな可愛い子が手料理作って待っててくれんだろ?」

「だったら悠太が兄貴になれば」

「え、マジでっ? いいの!?」

「アホ」


 下らないことを言い合いながら、俺たちは昇降口を出た。校舎を後にした途端、寒風が吹きすさび、俺はマフラーに首を埋める。石造りの階段を下りて、自転車置場を横切り校門を目指した。


「でもほんと美香(みか)ちゃんて人気だよなあ」

「はいはい、そうだな」

「美香ちゃんもいつか誰かのものになるんだよな。ああっ、そんなの許さねえからなー!」


 両手で拳を作り、寒空に向かって悠太が叫んだ。俺は肩をすくめる。

 悠太や他のやつらがこれほどまでに話題にする俺の妹――美香は、正確には俺の義妹にあたる。俺の父さんと美香の母さんが再婚して、そこから始まった兄妹関係だ。俺たちは同級生だが、誕生日は俺の方が早いため、俺が兄ということになっている。

 確かに美香は顔がいい。性格も悪くはないし、人気があるのは分からないでもない。だが、周りの人間が随分と美香をちやほやしているのには本当に呆れるばかりだ。俺にしてみれば美香は、からかい甲斐があって面白い、ウブなやつという程度だった。


「なあ俊也(しゅんや)、お前もそう思うだろ。美香ちゃんが誰かに盗られるなんて許せねえって」

「いや俺は別に」


 今、悠太に絡まれ仕方なく口を開いたのがもう一人の友人、俊也だ。悠太とは中学からの付き合いらしいが、対照的に若干無口のきらいがある。顔がいい割に、恋人の影もない。


「なんだよその言い方!」

「んなこと言われても。俺は藤村が陸の妹じゃなくならない限り、いい」

「あーはいはい、そうだったな。美香ちゃんの手料理さえ食えればお前は満足なんだもんな。お前に吹っかけた俺が馬鹿だった!」

「うるせえな悠太は」


 いい加減悠太の大声に辟易して、俺は言った。悠太は俺を睨んで牙を剥く。


「お前っ、人が必死になってる時に!」

「知らねえよ。もっと必死になるべきことがあるだろ」

「はあ? なんだって言うんだよ」

「テストに決まってんだろ。また赤点取るつもりか?」

「……ひでえ。ひっでえ! そんなんだから彼女と長続きしねえんだよ!」


 悠太が放ったその言葉に、思わず眉を顰めた。


「別に、関係ないだろ」

「いやあるね。お前はモテるからって調子に乗りすぎなんだよっ」

「悔しかったら彼女の一人でも作れっつの。いない歴と年齢がイコールな悠太くん」

「ムッカつく! 俊也もなんか言ってやれよ!」


 そんな風にだらだらとやりとりを続けながら、三人で家路を辿っていった。学校の最寄り駅から同じ電車に乗り、途中の駅で悠太と俊也と別れる。ドア口の手すりに凭れながら、俺はスマホを取り出した。田舎の田園風景が窓の外で流れていく。

 季節は一月の半ばだ。冬の日没は早く、さっきまで眩しかったはずの夕日は、もう沈み始めていた。


 *


 俺の家は中規模マンションの五階にある。帰宅しリビングに入ると、キッチンカウンターの向こうに美香が立っていた。制服ではなく、部屋着のシャツとスカートを着ている。


「あ、おかえり陸」

「ただいま。海斗(かいと)は?」

「まだなの。大丈夫かな……」

「そのうち帰ってくるだろ。それに心配ねえよ、あいつなら」


 海斗――俺の一つ下の弟で、美香にとっては義弟にあたる。海斗は小学時代からずっと続けてきたサッカーに更に打ち込むため、県下トップの私立校でありサッカーの名門でもある高校を受験した。そして今日が、その合否発表なのだ。放課後に担任から聞かされるんだと言って、朝少し緊張した面持ちで出かけていった海斗の帰宅はまだらしい。


「うん、そうだね。海斗、あれだけ頑張ってたもの」


 倍率もレベルも、俺と美香の通う高校の幾つも上だ。中学の部活はスポーツ推薦が貰えるようなチームではなく、また一般推薦を受けられる成績でもなかった海斗の受験は、完全な実力勝負だった。海斗は担任や他の教師の反対を押し切って受験を決め、正に死に物狂いで勉強に励んでいた。そんな海斗を誰よりもそばでずっと見守ってきたのが、俺と美香、というわけである。


「夕飯の準備出来てんのか? 俺も並べるくらいは手伝う」

「ええ、本当に? 珍しい」

「ま、今日くらいはな」


 美香と二人がかりで、夕飯の支度をした。リビングのダイニングテーブルに、海斗の好物が並んでいく。しばらくすると、ふとリビングのドアが開いた。その奥に立っていたのは、海斗だった。


「ただいま」

「海斗!」

「お前遅えよ」

「悪い。ちょっと担任との話が長引いてさ」


 そう言って海斗が笑う。海斗は学ランの上に背負っていたリュックサックを下ろし、漁ると、一枚の紙を取り出した。それが合否通知であることは明らかだった。俺と美香は顔を見合わせ、海斗に駆け寄った。そこに書かれていたのは藤村海斗という名前と、合格、という文字だった。


「俺、合格したよ」

「やったあっ」

「うわ、姉貴! 急に抱きつくなって!」

「ご、ごめん。興奮しちゃって」


 海斗を解放した美香は涙を浮かべながらも、笑っていた。みっともねえ顔だな、と思うが、俺の顔はどうなっているだろうか。


「よかったな、海斗」

「兄貴。へへ、サンキュー。なんか兄貴に褒められるとむず痒いな」


 俺が海斗の短髪をぐしゃぐしゃに撫でてやると、海斗は笑った。それから、着替えてくる、と言って楽しそうにリビングを出ていく。階段を駆け上がっていく足音に、俺は自然に頰が緩んだ。美香は目尻を手の甲で拭っていた。


「陸も着替えてきたら?」

「ああ。美香、日曜は約束通りでいいな」

「うん。海斗はきっと一日中サッカーの練習に行くもんね」

「ほんとサッカー馬鹿だよな、あいつ」


 海斗のサッカーに対する姿勢はあまりにひたむきで、俺は極たまに、眩しく羨ましく思っていた。俺にはそんな風に夢中になれるものが何もない。ただ毎日をそれなりに過ごして、何をするでもなく生きている。普通の高校生なんてそんなものかもしれないけど。


「陸だってサッカー、続ければよかったのに。前に海斗が言ってたけど、陸のサッカーを見て憧れたのが、始めたきっかけだったって……」

「今更何言ってんだよ。じゃあな、着替えてくる」


 美香に目を合わせることなく、俺はリビングを出た。玄関脇の階段を上がり、二階の一番手前にある自室に入った。青いカーペットを踏み、ベッドにネクタイを放る。

 確かに、俺は昔サッカーをやっていた。美香と兄弟になるより前の話だ。だが、父さんと産みの母さんが離婚したことをきっかけに、俺だけはサッカーを辞めた。俺たちは父さんに引き取られて、生活に困ることはなかった。それでも俺はどこか無気力になり、何かに向き合う情熱を失ってしまったのだ。そんな状況でもサッカーを諦めなかった海斗との差は、今こんなにも開いてしまっている。別に今更、それを後悔なんてしないけど。

 着替え終え、ベッドに寝転がる。頭に浮かんでくるのは悠太の言葉だった。

 ――そんなんだから彼女と長続きしないんだよ。

 何が原因か、俺自身にはよく分からない。だが、俺が彼女と長続きしないのは事実だった。

 その時彼女がいなければ、告白は基本断らない。あまり威張れることではないが、それが俺のスタンスだ。そんなやり方で彼女が途切れずいた時期も多くあった。それでもしばらく一緒に過ごせばそれなりに楽しくなったし、彼女から要求されればデートやキス、それ以上だってやった。俺なりに上手くやれていると考えていても、フラれてしまうのだ。それも毎回同じ理由で。

 私のこと好きじゃないでしょう、と。

 言われるたびに分からない。それはどういう意味なのか、そう聞いても明確な理由は返ってこないからだ。ただ漠然とそう感じるのだという。


「……意味分かんねえ」


 確かに俺から告白したことは一度もない。そんなことをしなくても問題ないくらいには、俺はモテる。だがいつもフラれるのは俺の方。むしゃくしゃとするものを感じて、俺は目を閉じた。俺がこの先何かに、誰かに、情熱みたいなものを傾ける時は来るんだろうか。

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