戦いの螺旋 その2
「貴様は相変わらずだな・・・。羨ましいよ。」
すっっと姿勢を正した岩手は、感情の伺えない言葉を並べる。
「褒めても何もでーへんで。」
ケタケタと笑いながら・・・もといニヤけながら、余裕をこれでもかと全面に押し出して応じる。実はこの時、紫竜も明人と同様に相手の変化に気づいていたが-それを跳ね除ける確かな実力あったがゆえに-焦燥感などの感情は皆無であった。
自分の実力に対する自信・・・いや、確信が紫竜からは溢れていた。
・・・・・この時までは。
「遊びは終わりだ。」
漆黒の影が岩手の横に舞い降りる。チラリと明人に視線を流す2人。視線が合ったのは一瞬。素早く間に立ちふさがった紫竜により視線は分断された。
「お前らの相手は俺やで。」
「貴様一人では役不足だよ。――夜叉丸」
名を呼ぶとすぐに岩手は複雑に指を組み替え始める。
男かよ!と突っ込む紫竜を尻目に、夜叉丸の青い瞳に赤い波が浸食し斑模様に染め上げる。きらりと光る瞳の前に錫杖を掲げ、今や神々しくも禍禍しくもある瞳を錫杖に固定させる。
同時に錫杖の方にも目に見えた変化が現れる。紫竜の目に複雑な色が浮き上がる。淡く光りだす錫杖と2人の鬼を交互に見やり、信じられないと言わんばかりに目を見開く。
「うそやろ・・・。その錫杖―――まさか!?」
「・・・・・・・鬼印開放!如来降臨!!」
闇夜を吹き飛ばす光の奔流が、明人の視界を焼き尽くす。半ば呆然としていた紫竜もはっとわれに返り-明人とは違い視力を保っている-錫杖を強く強く見据える。
1秒にも満たない時間を経て、白金色に輝く錫杖が光を従え降臨した。
***
「なんで・・・なんで鬼が神の至宝なんか持ってんねん?」
小憎たらしいくらいの余裕は鳴りを潜め、心底意外そうに尋ねる。動揺の色は色濃く出ているが、取り乱している印象はない。
「決まってるだろう。神殺しをやってのけたのさ。あたいらは・・・ついに神魔狩りに乗り出した。」
わかりきったことを訊くなと言わんばかりに胸を張る。血のように赤い唇が蟲惑的にゆがみ、そっと夜叉丸の肩に手を添える。隠し切れない親愛の視線を一瞬だけ見せて紫竜に向き直る。
「それだけやない!お前何で使えんねん?その術は酒呑みオヤジしか使われへんはずやろ!?」
やり取りを見守る明人には全く意味不明な内容だったが、紫竜の頬を伝う汗が尋常ではないことを物語る。それに、神々しく光る錫杖には、ただならぬ戦力が宿っているように見えた。
「・・・あたいらのお頭をそんな風に呼べるのは貴様らぐらいだよ。あたいは手助けしただけさ。」
紫竜はこの日初めてたじろいだ。しかし内心のたじろぎを一切表に出さず、無機質な声を独り漏らした。
「ほんならこいつが・・・。」
夜叉丸を視界に捕らえながら、漏れ出た言葉に岩手が答える。
「二代目酒呑童子。貴様の言う酒呑みオヤジの息子さ。」
一瞬の静寂。
「カァ!!!」
両手を広げるように左右に突き出し叫んだ。
―――気合砲
途端に波紋状の衝撃が紫竜を中心に巻き起こる。
「うわあああぁぁぁ・・・・・・・」
衝撃に耐えることなど出来はせず、明人は遥か彼方まで吹き飛ばされていった。