救世主現る?
「・・・?」
空気が-空気には触れていないが-痛い。先ほどまでのざわめきや話し声は止み、不気味な静寂だけが漂う。
――なんかいるな・・・。それもとびっきりの奴が。
これは殺気だ。人とも獣とも判別できない気。明らかにこっちを意識している。
――なんだこいつ?怯えてるのか?
植物と同化しているといっていい明人は、現在の植物の感情をほぼ正確に測れていた。
チラリと眼球だけを前方斜め下に落とす。そこに奴はいた。
漆黒の髪に紫紺の瞳。腰まであろうかとゆう艶やかな髪は、江戸時代なら-おそらくではあるが-髪を売るだけで生計がたつであろう見事な黒髪だ。
どんぐりのような大きな目に白い肌。・・・男の趣味はまったくないが、おもわず触りまくりたくなるような青年だ。
「お前が明人か?」
イントネーションがなんかおかしいな。口元に微笑を浮かべようとしたが上手くいかなかったようだ。憮然と見上げる青年がまた喋る。
んっ??なんで俺の名前――――
「おい!!お前が明人かって訊いてんじゃよ。なんか言えやボケ。」
思考に被せるように放たれる声に、ビクッと震える・・・・・植物が。
声が出ないんだよ。空気読めよ。口だけをパクパクさせて答える。
「チッ。死にかけとるなこいつ。まあ生きてたから赦したろ。」
何を赦すんだよ。てゆうか喋ってないで助ろよ。人が1人死にかけてるんだぞ。
他人事のように思う。・・・死にかけてるのに。
「俺様は紫音の兄貴や。お前を助けに来たったで。」
親指を立てて、ぐっと明人の前に突き出す。なぜか誇らしげだ。
それなら早く助けろよ・・・。
***
「さーーてよわこども。灼熱地獄と凍原地獄どっちがええ?」
禍禍しく笑いながら拳を握る。
どろり-そんな音がしたような気がした-と舌なめずりをし、冷酷な視線をたたきつける。
その瞬間、今までおとなしくしていた密林が明人ごと動き出した。どうゆう原理かはわからないが地面ごと移動している。
密林の規模は半径10メートルほど。その中心に明人がいる。ものすごい勢いで遠ざかる男を視界の端に捉えながら考える。
―――なんで離れて行ってるんだ?
「今頃逃亡か。暢気なこ・と・で。・・・まあ逃がせへんけどな。」
男は気だるげに欠伸をした後、天高く飛翔した。まるで重力の支配から解き放たれたように天に昇る。
上空10メートルほどでピタリと停止し、男は握りしめた拳を開いた。手のひらの上には、赤いビー玉のような球体が一つ。煮えたぎるような赤に染まるよう・・・男の瞳がギラリと光る。
芝居がかった美しい所作で球体に息を吹きかける。吐息に背中を押されたように球体が発射される。狂ったような加速を見せつけ、たちまち密林に追いつく。
「魔のものに苦痛の焔を。球焔」
唱えられた詞に連動し、赤焔の球体が拡大する。地獄の化身と化した球体は、まるで密林を型どったように燃え盛った。
「ふはははははは!!!燃~えろよ 燃えろ~よ~♪炎よ燃・え・ろ♪」
狂乱の声と聴いたことのある童謡(?)を口ずさみながら、ゆっくりと地面に舞い降りる。
「なんか忘れてるような・・・。」
今にも踊りだしそうな男が不意に顎を持ち上げ、蒼穹の空に遠い澄んだ目を向ける。
「あ!!あいつまだ中やった!・・・助けんの忘れてたわ。」
ぽくっと平手を拳で打ち、慌てて拳を握り締める。
「解!!」
叫ぶように息を吹きかけ、今度は白い球体を奔らせる。
見るものが居れば、キラリと光ったようにしか見えなかったであろう。灼熱の地獄と化した密林に侵入し、一瞬で消火して見せた。
慌てて明人に駆け寄る男の顔は、いろんな意味で歪んでいた。
そこには、原形を留めない密林の燃えカスと・・・悪臭を放つ明人が仲良く横たわっていた。
***
「・・・完全にやってもうたな。100パー死んでるやん。」
慌てて駆け寄った男は、ため息を吐きながら首を横に振る。
「紫音に怒られるやん。あっ!そうや!間に合えへんかったことにしょう!こんなよわこ生きてても役に立たんし。」
1人ウンウン頷く男に呪詛の声が降りかかる。
「勝手・・に・殺・・すな・・・よ。」
消え入りそうな声を振り絞り、呪詛の声が再度紡がれる。
「怨・・む・ぞ・・・お・前を・・」
「おっ!生きとったんかー!信じとったでー。」
呪いの声などどこ吹く風。飄々とした声に遮られ、話すのも馬鹿らしくなってきた。
「・・・。」
明人の身体は焼け焦げている。もう30分も持ちそうにない。意識があることが奇跡だった。
「ぼちぼち治したろかー。それで文句ないやろ。」
あるだろ・・・。と思いながら視線の剣を投げまくるが、どうやら効果は皆無のようだ。
「えーっと。どこやったかな・・・。」
身体を撫で回すように、袖・腹・帯と世話しなくまさぐる。
「あったー!ほらこれや。はよ飲め!」
袈裟のような召し物からようやく目当ての物を探り当て、それを強引に口の中に放り込んだ。飲み込むことも出来ず、黒い丸薬-のようなもの-が口の中で溶ける。途端に広がる激痛。体中を針で滅多刺しにされているような感覚。
「その珠は再生丸ゆうてな、体の組織を瞬時に再生させる丸薬や。その代わり死ぬほど痛い。」
ニヤニヤしながら明人を見下ろすも、明人はすでに意識を遥か彼方に沈ませた後だった。
***
潮の音が聞こえる。唸りをあげるような轟音ではない。規則正しく優しく、まるで命を運ぶような潮騒の音。
「何だ・・・。夢だったのか。」
眠気まなこを擦り体を起こす。
「なわけないやろ。」
非常な平手が明人の頭をはたく。
「!?お前誰だ?」
幾何学柄の布団から飛び起き、男と距離をとった・・・が、相手はお構いなしに前進してくる。
ホルスターに手をかける。空を掴む両手に顔をしかめる。状況がまったく理解できない。
男は目の前で止まり、明人に銃を向けた。いや差し出した。
男の手の中には見慣れた銃が2丁。大事なもんなんやろ?と差し出される愛銃を無言で受け取る。ぽかんとしている明人に男は続けた。
「お前命の恩人を忘れたんか?あほべみたいな顔しやがって。」
「夢じゃなかったのか。」
明人がようやく答える。我に返った途端、情けなさと恥ずかしさで顔が紅潮する。
「生きてるって素晴らしいやろ?神様と俺様に死ぬほど感謝しいや。」
けらけら笑いながらお茶を差し出す。暗くてわからなかったが、どうやらここはテントの中のようだ。きょろきょろと周りを見回した後、カラカラだった喉に気づく。ひったくるように受け取ったお茶を一気にあおる。
「説明してほしいやろ?」
お茶でむせる明人を横に見て、自分にも茶を注ぎどかっと胡坐をかく。ゆっくりとした動作でお茶をすすり-すするほど熱くはないが-話し始める。
「そういえば名前もゆうてなかったな。俺の名前は紫竜。紫音の兄貴や。」
どことなく誇らしげに話す紫竜。
「あんまり似てない兄弟だな。」
明人が口を挟む。
「お前らんとことはちょっと違うねん。こっちは血の繋がりとかはあんまないねん。」
「じゃあなんで兄弟がいるんだ?」
また明人が口を挟む。
「兄弟になるのは簡単や。そいつと契約したらなれんねん。」
さらに明人が口を挟もうとするが、遮るように紫竜が続ける。
「1回契約したらそれを破棄することは出来へん。血に誓うってゆうやつや。」
自分の例えに満足したのか、ウンウン頷いて「俺様天才」とつぶやいたが、明人はこれを無視することにした。
「つまり契約したら誰とでもなれると?しかし・・・何のメリットがあるんだ?」
「お互いになりたいと思わなあかんけどな。あと質問多いぞ。」
ばっさりと切り捨てられる。そして、今更ながら自分がどこにいるのかも分からないことを思い出した。
(そうだ。他に訊くべきこといっぱいあったんだ。)
自分の置かれている状況は異常の一言に尽きる。仕事の下見に行ったら美少女(?)がいて殺されそうになった。気がつくと、溶かされたり焼かれたり再生されたりと中々の経験をしている。食人植物と目の前の化け物のおかげで・・・。
「とりあえずここは何処なんだ?」
なんとなくどうでもいい話をしそうだったので、早急に必要な話を訊くことにした。
「なんや?兄弟の話はもうええんか?興味ありそうやったのに。」
内心苛々しつつも冷静に頷いた。
「俺兄弟の話したいんやけどなー。」
拗ねるように茶をすすり最後まで飲み干すと、ゆっくりと湯飲みを片付けた。
「じゃあ心して聞けよ。」