ひっきりなしの来訪
異変を察知した明人は、警戒心を気取られるのを恐れ、何事も気づかなかったように歩き出す。無遠慮な視線が遠方より注がれているようだが、無視して歩を進める。
(・・・・・・囲まれてるな)
正面・側面・背面と全方位から注がれる熱い視線。狩人が静かに弓を絞る時のような――狼が獲物を追い込んでいる時のような――そんな視線。視線の主達は、明人の動きに合わせ移動しているように感じられた。
(・・・・・・? おかしい。何故見えない?)
視界の良すぎる荒野は、今も冗談のような地平線を瞳に映している。その中に特に変わった点は見られない。つぅと流れる汗を乱暴に拭い――不意に立ち止まる。
緩やかな動きでホルスターに手をかけ、引き抜くと同時に撃った。
半反射的に放った弾丸は、射撃者の腕に命中の手ごたえを残し、視線の主に命中する。ドサリと音をたてる陽炎が、地面に黒血の花を咲かせる。
(擬態・・・・・・なのか?)
斥侯か尖兵か知らないが、一体で明人の間合いに侵入してきた異物。10メートルほどの距離だが、黒い血以外のものは未だに見えない。そこには陽炎の揺らぎが見えるのみで、侵入者の全容を把握することは出来なかった。
(おいおい)
地平を厳しく見据える明人の瞳は、数え切れないほどの陽炎を視認していた。
(・・・・・・擬態ってレベルじゃないな)
ジリジリと迫ってくる陽炎の揺らぎを見ながら、暢気なまでに思考にふける。
(光学迷彩に近い。・・・・・・動くと揺らぐのか)
揺れる陽炎の高さは明人の腰の辺りまでしかない。たいした大きさではないだろうが――数が多い。感じる視線は増え続けているも、明人は落ち着いていた。
(音もなく近づけるのは見事だけど)
すっと前後に腕を広げ、銃口を陽炎に固定する。
(そんなに堂々と動いてちゃあ)
「意味ないな」
吐き出された台詞が殺戮の火蓋を切る。現在の立ち位置を軸に独楽のように回転しながら撃ちまくる。左右の愛銃が比喩抜きで火を噴く中、自身の五体に勘が戻ってくるのを感じる。時には一発の弾丸で複数を葬り、艶のある叫び声を轟かせる。
「きた~~~! きたきた!!」
30メートル程の距離にいる揺らぎを間断なく葬ってゆく。嬌声を上げながら撃ちまくり、直径30メートルの円を描く。相手の黒血で。
全弾撃ちつくし、ストッパーが上がると同時にマガジンボタンを押し込み足元に落とす。腰をひねり、トレンチコートの内側に固定されたマガジンをグリップ内部に叩き込む。固定されていた留め金が勢いよく外れ、『カチリ』とかみ合う音が荒野に響く。
ここまで僅か半秒!
高速リロードを行った明人は、自然と唇を歪める。
(思った通りだ)
描かれた黒円から足跡が近づいてくる。小学生程度の大きさの足跡を確認し、少々驚いた表情を浮かべる。
(二足歩行かよ!)
迫ってくる足跡の幅はごく僅か。動きも遅い、それに――あまり賢くもないらしい。漠然と四足歩行の獣をイメージしていた脳内で、獣のイメージが瞬く間に『ゴブリン』のような人型に早変わる。
眦を吊り上げ、切れ上がった目を前方に向ける。
『一点突破』
――諸手を前に突き出し突進する。
――ピクリと敵の気配が揺れる。
――構わず加速する明人。
揺らぐ陽炎に向かい正確な射撃を叩き込む。
(どけ!!)
黒血の尾を引きながら加速する。
前へ!前へ!!前へ!!!
血で滑る砂面を強く強く蹴りつける。
ブーツに当る屍を無視し、黒円から10メートルほど離れた場所でようやく前方の揺らぎが消える。さらに5メートル走った後、ピタリと立ち止まり、悠然と振り返り唇を跳ね上げる。
視認は出来ないが、おびただしい数の屍が横たわっている-のを感じる-。じわりじわりと足跡が近づいてくるも無駄だ。両手に銃を持ったまま、手の甲で汗を拭い飛ばし、踵を返す明人。
少し回復した自信を胸に大股に歩み去る。
揺ぎ無い確かな歩――――その確かな歩を凄絶な断末魔が呼び止めた。