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戦いの螺旋 その5

「夜叉丸!!」


 悲鳴を上げる五体を完全に無視し、咆哮に似た叫びを辺り一面に響かせる。



「よくも・・・・・・よくもやってくれたね!」



 怒りに身を震わせる鬼は、解術の印を組み上げようとしてやめる。『如来の錫杖』を開放するにあたり、岩手はかなりの力を夜叉丸に流し込んでいた。それを自身に戻し、紫竜に襲い掛かろうとしたのだ。しかし、沸点を超えたに見えた怒りも、夜叉丸の身のことを考えると急速に萎んだ。



「なんや、力回収せーへんのか」



 幾何学柄の手ぬぐいで優雅に返り血を拭いながら、あっけらかんと言い放つ。チラリと視線を夜叉丸に落とし、「ほんま鬼は頑丈やで・・・・・・」と呆れたようにこぼす。


 つられたように岩手が視線を移すと、微かではあるが、身じろぎしている様子を確認する。肺腑からありったけの空気を吐き出し、瞳を安堵の色に染める。



「余裕やなー。お前ら殺す気はなくなったけど、逃がす気は欠片もないんやけどなー」



 かけられた言葉に安心・・した岩手は、少し舌戦を仕掛けてみる。



「あたい等をどうするつもりなんだい? なぜか『神の至宝』に興味も無くしたようだし・・・・・・」



「なんや? ガキのこと殺せへんわれてホッとしとんのか?」



 即座に言い当てられ頬を朱に染める。



「そんなに顔に出ていたかい? あたいも修行が足らないね」



 自嘲する岩手に、生暖かい声が投げられる。



「岩手さんを護れるぐらいーーーー!! とか叫んどったなー。保護者みたいな顔して、お母さんやってんの?」



 ニタニタした笑みを貼り付けた視線で岩手をねぶる。



 カッと顔に血が上り、頬だけでなく顔全体が朱色に染まる。複雑な表情でうつむいた岩手は、搾り出すように一言だけ応じる。




「・・・・・・あたいに親と呼ばれる資格なんかないよ」



「・・・・・・・・・」



 紫竜の顔に哀愁の色が浮かぶ。戦闘前は、挑発のため自らその件(・・・)に触れたのだが、こう項垂うなだれられては興が削がれる。




「本気でまだ気にしてんかー。もう1000年ぐらい経っとんのに」



「当然だろう。あたいは我が子の腹をこの手で引き裂いたんだ。・・・・・・親などと呼べるもんか」



「向こうはそう思ってないみたいやけどな」



 ちらとだけ見て岩手に視線を戻す。先ほどまでの獅子奮迅ししふんじんは、岩手を護るための働きだと断言できる。それは夜叉丸の言葉からも明らかだった。無造作にスタスタと歩きながら岩手に近づく。途中、鎖まみれの大剣を拾いあげ、剣先を引きずりながら歩く。膝を着いたままの岩手を一瞥いちべつして、最後通牒さいごつうちょうを突きつける。



「ほんでどないすんねん? 一か八か仕掛けてみるか?」



 大剣を肩に担ぐように掲げながら岩手を鋭く見下ろす。ピクりと震えた岩手は、それ以外の反応を返さない。



「明人から手を引くと誓うか?」



「――つぅ」



 低く呻いた岩手は、瞬時の熟考じゅくこう正着せいちゃくをはじき出す。



「誓えば見逃してくれるのか?」



 懇願に近い瞳を静かに揺らしながら紫竜を見返す。紫竜がニコっと笑って頷くのと同時に、後方よりうめき声が這い上がってきた。



「い・・・わ・・・て・・・・・・さ・・・ん・・・・・・逃げて」



 振り返る紫竜――――その刹那!岩手の首が跳ね上がる。無印の瞬間強化で右足を強化。膝立ちの体勢から紫竜の首根っこ目掛けて歯をたてる。




 ――った!



 確かな歯ごたえ(・・・・)をイメージした鬼婆は、その現実を噛み締めることなく、月明かりの射す地面にキスした。




「残念やな」



 情の欠片も感じられない声色に覚悟を固める。そして、信仰する神を持たない鬼は、おごそかに月夜に祈る。



(夜叉丸・・・・・・生きるんだよ)



 迫りくる大剣のうなりを背中に感じながら、静かに唇だけで笑う。



(お前はあたいの・・・・・・)



 斬られる前に意識を手放し、そのまま死の世界に旅立つ・・・・・・はずであった。




「待たれよ!!」




 ***




「!?」



 突然の乱入に、紫竜は不快そうに眉を寄せる。ぴたりと空中で止められた大剣を降ろし、左斜め上を睨み付ける。そこには――いつの間に現れたのか、帆船の帆柱ほばしらの上に器用に片足で立つ男の姿が確認できた。



「失礼いたす」



 一足飛びに船から飛び降り、結界の外側1メートルの距離に降り立つ。小柄で細身の体に甚平を纏い、背中には直刃の忍刀が背負われている。赤眼を覆う瞼を取り払い、優雅に立ち上がる男の顔は少しだけ紫竜を驚かせた。



「加六? なんやねん・・・・・・お前まで出てきたんか」



 心底ウンザリしながら大剣を無造作に振る。すると、雁字搦がんじがらめになっていた筈の鎖が粉々に砕け散り、不吉な刀身が再びあらわになる。じろりとにらみ、結界の外に居る男に剣先を突きつける。その動作とほぼ同時に、加六はすっと手を上げた。



「勘違いなされるな。それがしは戦いに来たのではござらん。頭領の使いで参った」



 堅苦しく古風な言葉遣いに少々毒気を抜かれながら、後頭部をポリポリと掻く。



「お前なー、もうちょっと今風の言葉でしゃべれよ」



「話しようが変わらんのは貴公も同じであろう」



 腕を組みながら紫竜を見据え、次いで岩手に瞳を流す。



早合点はやがってんしおって・・・・・・れ者が」



 氷のように鋭利な目を向けながら言い放つ。その様子に盛大に首をかしげ、疑問符を加六に投げかける。



「なんや?? もしかして独断か?」



「当然であろう」



 間髪入れない加六の返答に、再び首をかしげる。鬼の総意で狙うなら理解できるが、独断で狙う意味がわからない。



「なんで当然なんや? 鬼にとっては価値のある体(・・・・・・)やと思うけど?」



 苦笑しながら組んでいた腕をほどき、諦めたようにかぶりを振る。



「確かに価値がある。実を言うと喉から手が出るほど欲しい」



 ため息を虚空に吐き出しながら、ごく近い過去を回想する。その時の一悶着を思い出した加六は、口内に苦味が広がるのを感じた。紫竜は黙って二の句を待っている。



「実を言うとな・・・・・・」



 苦そうな顔で加六がポツポツと語りだす。



「最初に(たいら)から人が来たと聞いた時には、我等は浮き足立った。しかし、頭領は慎重論を唱えた」



 言いながら真っ直ぐに紫竜を見つめ、また深々とため息を吐き出した。



「貴公等が係わってるかもしれんと頭領は懸念しておった。もし係わっていたなら、決して手を出してはならんと仰せじゃった」



 頷きながら語る加六につられ、紫竜もうんうん頷く。




「なるほどな。その命令を無視してこいつ等は来たんやな」




 せやけどなんで?と付け足す紫竜に、手振りで違うと示す。




「そもそもこやつ等にから人が来たことは話しておらん。そのときに幹部内で一悶着あってな・・・・・・。その会議を盗み聞きしたらしい」




「そこのガキはともかく・・・・・・」




 夜叉丸を指差しながら加六に尋ねる。




「なんで岩手にうてないねん? こいつも幹部の一角やろ?」




幹部である。岩手は子守・・の為に幹部を外れおった。馬鹿な女よ」




 思いがけない冷たい言葉に、紫竜ははっきりと驚きを顔に出す。




「意外やな。お前等の頭は慕われとったんちゃうんか? そのガキ、あいつの息子なんやろ?」




「慕っているからこそだ!」




 語尾を荒げ吐き捨てるように言う。怒りとも憤りとも言えない色が全身を包んでいくようだ。ほのかに朱が射す顔を醜く歪め一息にまくし立てる。




「鬼が子供だと!? なんとゆうおぞましい事を行うのじゃ! 鬼には生殖能力などない! 我々は断固反対した! そんなもの産み出さなくとも、我等だけで対抗出来る――いや、するべきであると」




 怒気を撒き散らすように、吐き捨てるように・・・・・・失望を愚痴るようにわめく。




「貴公もご存知の通り、我等鬼族(きぞく)は虐げられてきた。確かに我等も悪い! 人を襲い金銀を奪った。たくさん人を殺した! しかし、人間はどうだった? 頭領を殺したとされる後、同胞を殺したのではないか!? 金銀財宝を奪ったのではないか! 神族・・と共謀して毒を盛ったではないか!!」




「・・・・・・・・・」




「なんだその目は? いや待て、言わずとも分かるぞ。発端が我等にあると言いたいのであろう?」




 どうだ?と言わんばかりに目を見開き、下から舐めるように視線で語る。




「いや、そんなこと思って――――」




「確かにあの頃の我等は悪行の限りを尽くしておった。しかし、そうなった原因はどちらにあると思う? 全員ではないが、我等同胞の多くは人間に虐げられておる」



 人間の頃にだ!と付け加えて憤慨ふんがいしている。相変わらず顔はは赤い。




「いや、そうじゃなくって・・・・・・子供が出来へん――――」




「そうだ! 子供の話だったの。そもそも子供が出来るとわかったとき、賛成したのはあの――――」




「ちょっと待てや!!」




 二回も言葉を遮られ、長話にウンザリした紫竜が話を打ち切る。ものすごく不満そうに見返す小言の鬼をたしなめるように口を開く。




「なんであいつ(・・・)の前やったら無口やのに、俺の前やったら俺よりしゃべんねん!? おかしいやろ。だいたい俺、鬼に子供できへんことも忘れとったし」




「はははっ! 相変わらずだのー。頭領をあいつ(・・・)呼ばわり。さすがは貴公! 我が友人だけはある!」




 子供の話は華麗に流し、自称友人を褒め称える。




「それも何回もうてるやろ! 勝手に友人に・・・・・・すんなや」




 語尾は消え入りそうに萎んでゆく。おそらく何度も繰り返されたやりとりなのだろう。もう一度豪快に笑ってから、人の悪い笑みへと移行する。




「貴公も相変わらず照れ屋だのー。悪友も立派な友人ではないか」




 そう言いながら無造作に近づき、紫竜の右肩をバシバシ叩く。・・・・・・無造作に結界を踏み越えて。



「こいつらをどうするつもりだ? 殺す気はないのだろう?」




「ちゅうか、当たり前みたいに結界に入ってくんな! あっ! おい! 何勝手に小脇に抱えとんねん!」




 紫竜の言葉など、まるで意に介さぬ様子で岩手を右脇に抱え、続いて夜叉丸も岩手の上に乗せるように右脇に抱える。片手で二人を軽々と持ち、特に歩行の妨げにもなっていないようだ。



「・・・・・・そのなりで相変わらずの馬鹿力やな」



「これでも衰えた。寄る年波のせいかのー」



「・・・・・・鬼に老化とかあったっけ?」



「肉体の老化はないが、精神の老化はある。最近動くのが億劫でな」



 そこで相談なんだが――と切り出した加六を、疑惑の瞳で睨み付ける。




「このまま見逃せってか?」




 少しだけ口調にけんが混じる。紫竜にとってこの男は苦手な男ではある。しかし、目の前の戦利品・・・を掠め取られて「はい、そうですか」と引き下がる気はさらさらなかった。・・・・・・左手の大剣に力が込められる。




「いやいや、貴公もついて来んかなーと思っての」




 紫竜のプレッシャーに気づいていないのか、飄々《ひょうひょう》と応じる。違う意味で左手に力が入り、『剣をブン投げてやろうか』とゆう衝動を辛うじて押さえ込む。その様子には気づかず-本当はそんなわけないが-赤眼を爛々《らんらん》と輝かせながら続ける。



「口には出さんが寂しがっておるぞ。頭領は友人が少ない。貴公が尋ねてきたときは――表面上はどうあれ、かなり喜んでおったぞ」




「・・・・・・ほんまかよ」




 紫竜の言葉にニタリと唇を歪め、矢継ぎ早にまくし立てる。




「本当だとも! 頭領は分かりやすい。貴公が帰った日の夜は呑む呑む。うるさい奴が帰って酒が旨いだの、あいつが居るとゆっくり呑めんだの言いながら水のごとく呑む。それに、某も来てほしい!」




 トロリとした赤眼が誘うように揺れる。




「まだ麻雀の借りを返しておらんからの」




『勝ち逃げはいかんぞ』と付け足し片目をつぶる。『お前も好きやのー』と返す紫竜の顔は迷惑顔ではあるが、口元に微笑を浮かべていることから満更でもないと分かる。




「どうであろう? 今からとゆうのは不可能でも、本当に近いうちに尋ねてきてくれんか? 当然皆を連れての」




「それは、明人と紫音ってことか?」




「出来ればお師匠様も連れてきてくれると嬉しい。・・・・・・充分な礼はするぞ?」




 ううん?といった顔で唇を尖らせる。半分は冗談のようだ。




「・・・・・・・・・」




 沈黙で拒否の姿勢を示す。




「それと、一つだけ訊きたいことがある。・・・・・・この馬鹿どもをどうするつもりであった?」




 はんっ!と甲高く鼻を鳴らし、不快そうに唇を動かす。




如来・・さんが無意識とはいえ力貸したんや。俺やアルス(・・・)が殺すわけにいけへんやろ。亜空間に捕らえて、明人の修行のときに使お思ってたんや」




 本当はこの振り上げた拳を下ろさず、叩き込んでグチャグチャにしてやりたいところだが――――事情が変わったならしかたない。その様子を満足そうに眺めた後、すっと踵を返し背中越しに語る。




「本当に申し訳ないのだが、この結界を解除してもらえんかな? 某では出られん。」



 はんっ!!と先ほどより大きく鼻を鳴らし、じろりと視線で突き刺した後、大剣を振りかぶり無造作に振った。




『バキン!!』



 結界に接触するやいなや、砕け散るように結界が破られる。欠片となった結界が頭上より降り注ぎ、鋭利なダイアモンドダストのように月光を反射する。降り注ぐ力の欠片を気にもせず加六は礼を言う。



「いやーお見事! 某ではこうはいかん! しかし、別に壊さずとも――解除してくれればよかったのに」



「嘘つけ!! お前捕らえるんやったら他の結界にしてるわ! てゆうか自分で出て行けや!」



 怒り心頭の友人を視線でなだめ、左手を上げて別れの言葉を紡ぐ。



「久しぶりに貴公に会えて嬉しかった。本当に近いうちに尋ねてきてくれ。むろん1人でも何人でも構わん!」



 隠さない好意に苦笑しつつ、『一言だけええか』と抱えられた鬼に視線を落とす。



「そのガキが起きたら伝えろ。その『錫杖』を大事にしろボケ!って、ほんで・・・・・・」



 一度言葉を切り、キリリと引き締まった表情で再び言葉を発する。




「もしその力(・・・)を使いこなしたかったら、俺んとこ来い」




 気分の悪そうな顔で紫竜を見ていた加六であったが、一つため息をつくと芝居がかった所作で頷き返す。



「確かに承った・・・・・・一言ではなかったがな」



 了承を示した加六に、背中越しに右手を振って歩き出す。その背を追いかけるように親愛の言葉が放たれる。



「伊左! 本当に尋ねてきてくれよ! お前(・・)の気に入る土産を用意して待っているからな!」



 言い終わると同時に跳躍し、10メートル程の高さの木の枝に着地。小柄な男が二人も抱えているとは到底思えない身軽さで空を駆ける。高所の木々-高速の残骸や船のマスト-を巧みに踏みしめ、瞬く間に闇に消えた加六を背後に感じながら、今日一番の舌打ちを響かせる。





「昔の呼び方で呼ぶなやボケ」




 思い出したように背後を振り返り、かげりつつある月光に目を細める。明人や自分たちの行く末を暗示するかのように分断された月。むら雲に侵食される星空を睨み、ふっと力を抜く。



 明人には最低限の能力がある。・・・・・・最低限ではあるが。それに、こちら側の武器も紫音が渡したようだ。これで死んだらしゃあないな~と無責任に言い放つ。



「まあ助けたろか」



 口笛交じりに肩を揺らしながら優雅に歩き去る。吹き飛ばした方角は逆だったはずだが、そこに気づいたものはいなかった。







 紫紺しこんの竜は優雅に歩を進める。この間違いが明人を地獄の深淵しんえんに突き落とすことになろうとは知らずに。





一段落しました。次は飛ばされた明人のその後を書きます。


友人に「主人公にキャラを!」と言われましたが、主人公は・明人・紫竜・紫音の三人のつもりで書いています。


明人のキャラがないと言われましたがそうではありません。他が濃すぎるだけです。なかば突っ込みキャラと化してましたが、活躍の場も徐々に出てきます(たぶん)。


ここまで拙い小説を読んでいただき、本当にありがとうございました。

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