例えば世界が終わるとき
この小説を読む際の注意
考えるんじゃない。感じるんだ。
黄昏時の、教室で。
僕はいつも独りで哲学をする。
考えることはいつも決まっていて、そう、いや、今日は違うことを考えよう。
「例えば世界が終わるとき」
「……なーにやってんだ、お前」
窓の外の夕焼け空を眺めながら鬱々考えていた僕に、いきなり話しかけてきた奴がいた。
僕は軽く首を振りそちらを見る。それが誰なのかは分かっていたけど。
彼はシト。いや、勿論ニックネームだが。
確か、エヴァンゲリオンが好きだからそんな呼ばれ方をしていたはずだ。
そして、不思議な事に僕の友人でもある。
「ん……、ちょっと考えごと」
「また下らねーこと考えてるのか」
……っ。下らない?
相変わらず失礼な奴だ。
「……悪かったね。僕が何考えてようが自由だろ」
ただ、まあ強く否定は出来ないのが僕の弱いところだ……。
「そりゃ自由だけどな。……で、今日は何考えてたんだ?」
こいつはいつも下らないとか言うくせにこんなことを平気で訊く。
……どーせ馬鹿にするというのに。
でも毎回律儀にそれに答える僕も、ま、大概なのだろうけれど。
だから今回も普通に教えた。
「例えば世界が終わるとき」
「は?」
「……僕らは何をするんだろう」
案の定シトは何言ってんだこいつ、みたいな顔をした。
……だから、君にいうのは嫌なんだ。
「あー、もう何だっていいじゃないか!下らない意味のない事だってことは僕だって百も承知だよ。だけど無駄なこととかそーいうことやってこそ人間だろ?」
「ま、それでも無駄は無駄でしかないわけだが」
シトは僕の言葉をあっさりばっさり切り捨てた。あう。
「……ったく。そーいうことばっか考えて頭ばっかつかってるからお前はそんなに小さいんだよ」
……。
……ん?何だと?
もしかして、僕に“小さい”って云ったのか?
……ふっ。
……ふふふふふふふふふふふふ。
……触れてはならないものというのがこの世にはある。
シト。
今、君が云ったのはそういうことだ。
「……っ、だ、れ、が、小さいだぁぁぁぁあぁっ?!」
僕はキレた。
「いや、お前だよ」
気にしてるのに!毎日牛乳飲んでるのに!しかも、君が云うなー!
「……事実は事実だぜ?」
「うるさい!小さくない!大きくないだけだ!」
シトは呆れたような顔をした。
「……ま、そういうことにしといてやる」
……微妙に納得はいかないけど分かったことにしておく。
僕はそこそこ大人だから。うん。
ああ、そうだ。小さい何て関係ないっ。
「……で、俺もう帰るけど。お前はどうする?」
シトとは家の方向が同じなので、結構よく一緒に帰る。
「ん……。もうちょっとだけ、僕はここで考え事する」
特に理由はないけど、何となく今は帰りたくない気分だ。
多分、いつもより夕日が綺麗だからだろう。
「……そうかよ」
シトはそう呟くと僕の隣の席に座った。
……珍しい。
「……どうしたの?」
「別に」
……ふう。寄りによって今日、か。
……んー。
ま、いっか。
僕は机に肘をついて窓の外を見る。
相変わらずの黄昏。
うん。今日は、きっといい終末だ。
「なあ」
「何」
シトが訊き、僕が応えた。
「何でお前、そんなことばっか考えてるんだ?」
……この知りたがりめ。
「何となく」
「……ふーん」
嘘を吐いた。
あんまりシトにはこんな僕は見せたくないから。
何となく。
誤魔化すように僕は逆に訊いた。
「……そういうシトこそ何でエヴァが好きなの?」
「綾波が自爆するから」
即答だった。
食いつきいいな。
……というか、そこだけか?!
「いや、トウジが死ぬとことかも好きだけど。あ、俺は漫画派な」
其処まで訊いてないし。
「うん、分かったからもういい」
まだ話したそうにしていたシトに先手をとって釘を刺した。
……不満そうな顔をしている。
はあ、僕としたことが余計な話題を振ってしまった……。今度から気を付けよう。
それにしても、
「ふぅ……」
僕は夕日を見ながら息をつく。
下らない世の中。つまらない生活。退屈な僕。
……全部さっさと終わればいいのに。
僕はそんなことをいつもは考える。世界はどうすれば終わるのかを。
僕は隣のシトをちらりと見る。
世界が終わって欲しい僕。
……こんな僕を知られたくなかった。こいつにだけは。何故か。一番、気が許せる友達なんだけれど。
……はあ。
「……本当、何でだろうね」
「何がだよ」
何時の間にか考えていたことが口に出ていたようだ。
何でもないよと僕は誤魔化した。
「…………」
シトは訝しげな顔をしたが、何も云わずにまた目を閉じた。
……寝たのではないと思う。
「どう、しようかな……」
世界がどうすれば終わるのか。
僕はいつもそればかり考えていた。
……そして、ついにその方法を僕は思い付いた。いや、それに気付いた。
だからこそ、僕は最後にすることを考えた。
結局、何をするかはまだ思い付いてないけど。
……どうしようか。
世界を、終わらせてしまおうか?
……は。
To be or,not to be.
生きるべきか死ぬべきか?
何て。
僕も目を閉じた。
何となくだけど、迷うことにした。世界を滅ぼすかどうか。もうちょっとだけ。
うん、そう。……何となく、だけど。
……ふう。
僕は目を開けた。
結論は出た。
窓の外はもう暗かった。
家に帰らなくては。
僕はシトに声をかける。
「帰ろうか、シト」
「……もういいのか?」
シトも寝てなかったらしい。
……ま、机は寝にくいものだ。
「うん、もういいんだ」
そう、もういい。
「……あのさ、シト」
僕は終わらそうと思う。世界を。この一言で。
「ん?何だ」
「…………」
……。
いつも通りに答える彼。
彼は何も知らない。
僕らが、世界が××に過ぎないことを。
……それを知ったら、こいつはどうするんだろう。どうしようもないのだけれど。
……何故か、僕がそれを伝えても変わらず、何云ってんだって馬鹿にするシトの顔が思い浮かんだ。そして、
……萎えた。
はぁ。
仕方ない。
……こんな気分で世界は終わらせられない。
よし、明日にしよう。
「……おい、何なんだ?」
「いや、何でもないよ」
考えてみれば、世界が終わるときに何をするかまだまだ思い付いてなかったし。
……そういえば、シトなら何をするんだろうか。
気になったけど、それはそのときのお楽しみにしよう。そう、明日やってくる終末の。
僕は一人で勝手に納得してシトを見てみると、彼は何かあきらめたような顔をしていた。
「はぁ……。ほら、暗くなったから早く帰るぞ、お嬢さん」
……。
…………。
「……うん」
僕はその言葉に素直に応える。
……帰ろう。
僕は最後に一度だけ教室を見回して、廊下に出た。
シトが電気を消した。
教室には暗闇と、静寂だけが残った。
FIN
なんとなく思いついた文章を連ねてみました。




