ティアと登録
なんと言う事だ。非常事態だ。やっと首に纏わりついている首輪、もとい首枷が外せると思ったのに。
「他のギルドにも打診してみますが、今日中は無理でしょう。明日の朝もう一度こちらに来ていただければ、何かしらの方法を提示出来るかと思います」
「そうですか……」
グイドさんに心の底から気の毒そうな顔をされてしまっては、これ以上何も言えない。
仕方ないか。レオンを見ると眉を顰めたまま頷かれた。うん、明日まで我慢するさ……。
すっごい邪魔だし、エンチャント使えないから人並みに弱いままで不安だけどな! 一晩とはいえ大丈夫か。これはもう、すぐに宿をとって誰にも会わない様に、そこに引き蘢るしかない。
「良ければその首枷、私に見せてもらえないかな」
突然、後ろから明るい声がかけられた。
振り返るとそこには赤い髪を結わえ、角が生えた女性が立っていた。俺と同じ年くらいのナイスバディの女の子だ。
なんか妙に軽装な気がする。ミニスカートにニーハイとブーツか。Tシャツみたいな上着は胸から下、布ないんですけど? なんか現代風に近くね?
そういや、レオンもコートっぽいの着てるし。なのに俺の格好が浮くわけでもない。不思議な感じだ。
ここにいるって事は冒険者だよな。けど、角?何の種族だろう。動物の尻尾も見えるから、何かの混血なんだろうけど。
「一応鍵開けのスキルは高いんだよね。多分外せるよ」
自信ありげににっこりと笑う。かなりの美人さんだ。
「試しに見てもらえばどうだ」
レオンの言葉に素直に頷く。俺もその案に賛成だ。
「それじゃ、お願いしていいですか」
これを取ってくれるなら、もう誰でもいい。
「まかせて」と横に来て座った彼女と向かい合うと、いつの間にか取り出していた針金のような道具で鍵穴を探りはじめる。
しばらくカチャカチャと小さな音をたてていたが、鍵の開く音が微かに聞こえ、首が軽くなった。どうやら外れたようだ。
彼女の手を見ると、黒い金属の首枷が。こいつが俺の魔力を封じていた元凶か。
そう思った瞬間、精霊達の気配が戻ってくるのが感じるられる。いつも通り何を話しているのか分からないけれど、嬉しそうに纏わりついて囁いてくるのがわかった。普段は賑やかすぎるので自然と意識の隅に追いやっているそれが、今はそれが妙に心地いい。
試しに風の魔法をかけてみると、体が軽くなる。おぉ、いつもの感覚だ。他の魔法も次々とかける。よかった、これで最弱キャラから抜け出せた。
「ありがとう、助かった」
「鍵だけでよかったね。これで魔法で封印されてたら外せなかったよ。首枷の持ち主見つけるまで、そのままになるとこだったね。」
礼を言うと、そう言いながら首枷をカウンターに置く。なんか今恐ろしい事、さらっと言われたような?
「では首枷も外れた事ですし、私も自分の仕事に戻りましょう。後の話はルシアとお願いします」
そう言ってにこやかに微笑みながら、グイドさんは外れた首枷と麻袋を掴み、そのまま奥へと引きずっていった。
カウンターから引きずり落とした時、かなり大きな音がしたが中身は大丈夫なのか。そう思いつつ後ろ姿を見送っていると、先ほどの女の子が話しかけてくる。
「自己紹介まだだったね。私の名前はディルティア、ティアって呼ばれてるよ。あと、魔人と獣人の混血なんだ。君はエルフの混血かな? エルフは狙われやすいからね、気をつけないと」
魔人! それで角生えてるのか。そして、やっぱりエルフは狙われやすいのか。そうかなとは思ってたけど、確信が持てたよ……。
「仕事の報告しようと順番待ってたんだけど、人攫いとか聞こえたものだから聞き耳たてちゃった」
勝手に話聞いちゃってごめんね、と肩をすくめ笑う。
それって、最初から聞いてたってことじゃね?まぁ、たいして気にもならなかったので、俺も笑って返す。むしろ、聞いててくれて良かった。おかげで今の俺は人間並みから、エルフ並みの身体能力に昇格したからな。エンチャント万歳。
「いや、おかげで首外してもらえたし。リュウって呼んでくれ。で、こっちは俺を助けてくれたレオン」
そう言いながら反対側に座っているレオンを見ると、ティアも顔を見ようと覗き込む。
「あぁ知ってる、竜人族の人でしょ。かなり強いって噂になってるよね。ティアです、よろしくね」
「レオンハルト=クロイツェルだ。レオンでいい、よろしく」
俺の前で2人が握手する。レオンの挨拶はこれらしい。
「レオンって竜人族だったのか。そういや聞いてなかった種族」
「あれだけ人の顔覗き込んでて気づかなかったのか?」
レオンがあきれた様に言う。
「? どういう意味だ」
「え? 金色の瞳で瞳孔が縦になってるのって竜人の特徴でしょ?」
「そうなのか?」
「世の中の一般常識ではそうだな」
「子供でも知ってるよね」
「ちょっとまて、それは俺に常識が備わってないと? 俺が引き蘢り種族だからと言いたいのか?」
「落ち着け、誰もそこまでは言っていない」
「うん、リュウはちょっと被害妄想入ってるかなぁ」
「プッ……失礼」
声の方を向くと目の前に座っていたルシアさんが、口元を押さえながら俺達から顔をそらしていた。これ、笑われてないか。
そこで漸くここがどこか思い出す。周りを見渡すと、近くの何人かが生温い笑みを浮かべながらこっちを見ている。うわ、恥ずかしぎる。
元凶の両隣の2人は全然気にしていないらしく、平然と座ってるんですけど。何なのこの肝の据わり方。
「あ〜騒がしくてすみません。それと、ついでなのでギルド登録お願いしたいんですけど、いいですか」
ちょっと、いやかなり居たたまれないが、気にしていない振りでルシアさんに問う。
それに対して、何事もなかった様に対応してくれる彼女。さすがプロ。
「はい。では簡単に説明をさせていただきます。その後、問題なければこの用紙に記入をお願いします」
そういいながら一枚の用紙と、羽根ペンとインクをならべ、説明される。
ほうほう、名前と種族に出身地と年齢ね。そんな簡単でいいのか。
「当ギルドは冒険者専用ギルドとなっております。
仕事内容は商隊などの護衛や、魔物の討伐、依頼対象の採取が主となりますね。
ランクはAからEの5ランクで、登録時はEランクです。仕事をこなし一定のポイントに達するとランクが昇格していくシステムとなっています」
流れる様に説明し、一旦こちらを確認するように見、再度口を開く。
「仕事の依頼はあちらの掲示板に全て張り出してあります。仕事の内容によって受け取る報酬とポイントが違いますので、確認の上自分にあったクエストを受けて下さい。
又、依頼放棄には違約金が発生しますのでご注意願います。さらに、違法行為、それに準ずる行為でギルドに不利益をおこした場合、ギルドから永久追放となり以後、加入は二度と出来ません。ここまでよろしいですか?」
彼女を見て頷くと、微笑み頷き返される。
出来るお姉さん風で一見話しかけにくそうに見えたが、微笑むと印象がやわらかくなっていい感じだ。
「Eランクの間は登録した街以外で仕事を受ける事は出来ませんが、Dランクに昇格しますと国内のどの街でもクエストが受ける事ができます。
大陸全体となりますとCランク以上が必要で、ギルドカードがないと国境を越える事が出来ません。つまり、他の国にはCランクにならなければ行けないという事です。
まず、リュウさんの場合はこの街で仕事をこなして腕を上げ、ランクの昇格を目指した方がよいと思われます」
「あぁその件なんだが、リュウの腕は問題ない。なので出来るだけ早くランクが上がれる仕事を回してやってほしい。コイツは一人で狼角を狩れる腕だ」
レオンが思い出した様にルシアさんの言葉をさえぎり、俺の足下に置いてあった袋をカウンターに上げるよう、指示してくる。
言われた通りにカウンターに乗せると、結構な大きさのその麻袋の紐を解き中身を露にする。青い毛並みに角の生えた大きな狼もどきだ。
目を見張ったルシアさんがそれを確認し、ついでにティアも立ち上がってのぞき込む。
「中々いい腕してるね。顔と腹に傷があるけど、致命傷は腹だね。随分切れ味のいい武器を使ったみたい。切ったのはその刀? 顔と腹じゃ、全然切り口が違うけど」
興味深々な目でこっちを見てくる。今までふわふわしてた空気が消えて別人のようだ。
「あぁ、切り口が違うのは最初のじゃ全然ダメージにならなくて、刀に光の魔法をエンチャントして攻撃したからだと思う」
へぇ、切り口が違うとか分かるもんなんだ。
「なるほどね。武器使うエルフって珍しいと思ったら、魔剣士だったんだ。まぁ、それでも珍しいけど。」
あー、やっぱり珍しいのか。できれば目立たないように、出来るだけ一般市民の中に埋没していたいんだが。
しかし、それでしか戦えないんだからしょうがない。どうやっても魔力のコントロールが上手く出来ないんだからな。
「しかし、一人で狼角を狩れるとは。腕の方は上位のDランクですね。これなら、最初から報酬もポイントも高い魔物の討伐で問題ないでしょうね。それでよろしいでしょうか、リュウさん」
「はい、出来ればランク上がりやすいクエでいきたいんで、お願いします」
おっしゃ、王都に行くためにも早めにランク上げるぞ。
ただ、今の俺に王都は安全なのかどうなのか、わっかんないんだよなぁ。後でレオンに聞いてみるか。用なしになった狼角を脇に除けつつ考える。
そういや、こいつ金になるのかな、登録終わったらルシアさんに相談しよう。
「あぁ、それとですね、ギルドカード作成に銀貨一枚が必要です。紛失した場合、再発行には銀貨3枚必要となりますのでご注意ください」
なるほど。頷いてポーチもどきから銀貨一枚を取り出しルシアさんに渡すと、代わりに羽根ペンを渡され目の前の用紙に書き込んでいく。
名 前:リュウ
種 族:エルフ(混血)
出身地:エルフの里ディウル
年 齢:20才
いや、本当に簡単なんだけど、いいのかこれで。まぁ、おかげで俺みたいなあやしい奴でも大丈夫なんですけどね。助かるわー。
あぁ。そうか、まともな仕事が出来ない身の上でも、腕さえあれば冒険者になれるんだったっけ。だからこそ、簡単なのかもしれないな。そう思いながら、書き終わった用紙ルシアさんにを渡す。
これで俺も今日から冒険者になれるはず。なんてお手軽!