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Mixed breed  作者: 涼波
第1章 辺境の街サジャ
3/30

遭遇

 半日かけてようやく森を抜けた。

 

「おぉ広い……!」


 ちょっと間抜けな台詞に聞こえるが、半年間森の中に住んでいた俺からすると、目の前に広がる草原は衝撃的だ。何と言う開放感。

 見渡す限り遮るものがなく、緑の低い丘が幾重にも重なり地平線が見える。広い空と草原だけだ。遠くに見える濃い緑は森か林だろう。

 そんななか、うっすらとオレンジ色をした太陽が地平線へと傾いている。今日一日が終わりに近づいているのだ。


 この世界は日が落ちると何もできなくなる。日のあるうちに手早く野宿の準備をしないと、身動きがとれなくなってしまう。

 周りを見渡し少し開けている場所を探し、前もって歩きながら拾っていた小枝達に火を点ける。草原じゃなく森の中で寝るのは、森の方が安全だからだ。

 木の根元に腰掛けて夕食の準備をする。食料を入れた袋から水の入った筒とパンと干し肉、チーズを取り出しナイフで削ぎながら食べる。簡単で質素な食事の割りに味はまあまあなのだが、水がないと口の中の唾液が全て持っていかれるのが難点だ。


 日が傾き、オレンジ色の光が森の中にも差してくる。真っ赤な太陽が地平線に沈んでいく中、世界の全てが燃えているかのごとく赤く染まってゆく。

 ……夕焼けって、こんなにすごいものだったっけ?

 この世界に来てから、妙に自然に対して敏感になった気がする。やっぱり、コンクリートやアスファルトに囲まれていないせいなのだろうか。


 しばらく呆然と見入っていたら、急激に薄暗くなっていく。逢魔が時だ。

 日が沈み、見えていた物がぼやけ、人か魔物かわからなくなる時間だって言っていたのは誰だったろう。子供の頃遊びにいった田舎の婆ちゃんだっけ、それとも親父だったか。妹の千鶴か大学の誰かか、それ以外か。懐かしい人々。

 いつもは極力思い出さないようにしていたのに、心が無防備になった一瞬の隙に、記憶達に入り込まれた感じだ。思わず眉を顰めてしまう。

 

 日が落ち、すっかり暗くなった森で一人焚き火の火を見つめる。

 こっちの世界に来て半年。あっちの世界はどうなっているのだろうか。捜索願とか出されたりしてんのかな。少なくとも家の人間は心配してるだろうなぁ。

 思わずため息をついてしまう。

 ……考えてもしかたない。帰るためにやるべき事をやるのみ。まずは街へ行って王都へ向かうのだ。そのためにも早く寝て日が出たら出発しよう。


 残りの食料を袋に詰め直し、焚き火を前にマントをかぶって横になる。

 地面って、草生えてても固くて痛いもんなんだな。馴れるしかないんだろうが、俺って今まで随分甘い世界で生きてきたんだな、と痛感する。柔らかいベットが、家族が恋しい。

 あ、家族と言えばベットの下のエロ本、妹にだけはばれていませんように。


 半日歩き続けた体はかなり草臥れていて、固い地面だろうがすぐに眠気がやってくる。

重い瞼を閉じるとすぐに、俺は深い眠りのふちに引きずり込まれていったのだった。

 





 朝だ。雲一つない爽やかな朝だ。

 昨夜は少々感傷的になってしまったが、痛いくらい眩しい朝日のおかげで全て浄化された気分だ。今日も一日がんばろう。


 イレーネの話だと、森を抜けて草原に出たら2日も歩けば街に着くらしい。

 多分草原の中に見える茶色い一本の線が街へ続く街道だ。他に道はないから迷う事無いという話なので、あれを辿ればいいはず。草原を眺めながら、夕べと同じメニューを食べる。

 食料は多めに持ってきた、というか持たされた。多分、エルフより弱いし体力ないから、街へたどり着く日数を多く見積もられたんじゃなかろうか。なんか悔しい。

どうせならハーフエルフじゃなくエルフがよかったよ。そうすりゃこんな食料ごときで悔しい思いもせずにすんだのに。

 いや、今更そんなこと言ってもしょうがない。この世界にハーフエルフとして来てしまったのは変えられない現実なんだし、この半年の間に受け入れ納得したことだ。

 そう、朝の光で浄化された今の俺には、ネガティブなる要素はない。ついでにポジティブな点を挙げてみようじゃないか。


 まず、俺の外見は耳以外ほとんど元の世界の姿のままだ。

 ハーフエルフなんでエルフよりは短い耳だが、明らかに人間の耳じゃない。すごい違和感あったけど、今はもう馴れた。

 黒髪黒目の日本人顔で身長は180㎝。顔の作りはいいのに女にモテないよなぁお前、とあっちの世界ではよく言われていた、そのままの外見だ。何故モテないのかは俺の方が聞きたいくらいだ。男友達は普通にいたから性格に問題はない、と思いたい。

 そのおかげで鏡を見てもなんとか自分の現状を受け入れることができた。違う世界に来ても、人間という種族じゃなくなっても、俺は俺だ。


 問題があるとすればこの体の弱さなんだが、元々人間だし気にならない。むしろ魔法が使える分、人間のままでこの世界に来るより良かったんじゃないだろうか。

 この世界の人間は体は脆いわ病には耐えられないわと虚弱すぎる。いや、俺ら人間からしたらそれが普通なんだけど、他の種族が強すぎてそっちが基本になっているこの世界では、「人族=弱い」になっているのだ。

 それにいくら弱いハーフエルフでも、この世界の人間よりは丈夫だし、世間的な扱いも全然ましだろう。少なくとも捕獲はされない。

 よっしゃぁ、全く持って問題なし。今日も張り切って歩くか!


 食料を入れた袋を肩にかけ、荷物を全て身に付ける。マントを羽織って武器も忘れずに装備。

 念のため焚き火の後には水をかけたし、火の始末は大丈夫なはずだ。

 さて、まずは街道に出なければ話にならない。


 自分の体に5属性の魔法を順番にかけていく。火は腕力を上げ攻撃力を上昇させ、水は生命力、ゲームで言うところのHPを上げる。風で素早さを上げ、土で防御力を上昇させてダメージを軽減出来る体にする。そして光で自然治癒力をあげて疲労度を減らす。

 これでそこそこの魔物となら渡り合えるはずだ。

 しかも使い続けていれば、勝手に精霊が成長して強化魔法が強くなり、エンチャントの継続時間も伸びるのだ。なんてお手軽、なんという優れもの。まさにチート。

 全ての魔法をかけ終わり、気合いを入れつつ、初の外の世界となる草原へと足を踏み出した。







 根性で歩き続けた3日目の昼近く、目の前の森を眺めながら昼食にする。さすがに同じ物を食べ続けるのも限界だ。料理が少しでも出来ればもう少し違うものを持って来れたんだが、俺には無理だ。前の世界ではジャガイモの皮さえ剥いた事がない。

 そんな話をイレーネにしたら、本気で可哀想な子を見る目になってた。こっちじゃ旅をするつもりなら、最低限の料理は男も女も出来るものらしい。


 修行の一環として最初は料理も予定されていたが、俺の皮むきのスキルを見て無言でなかった事にされた。全くもって失礼な奴だが、皮を剥いた後のジャガイモが血まみれだと、そうなるものなのだろうか。

 まぁいい。この森を抜けて少し歩けば目的の街、サジャに夕方には到着する予定だ。街に着いたら暖かいシチューや柔らかい肉を食いまくってやる。それでもって風呂に入ってベットでゆっくり眠たい。

 魔法で体や服の汚れはおとせてるらしいが、やっぱり湯につかって体の疲れをとりたいと思うのは、日本人の性なんだろう。


 最後のチーズのかけらを口に放り込んで腰を上げ、思いっきり伸びをする。

 今のところ魔物には一切出会っていないが、日が影になる森なんかでは遭遇する率が格段にあがるらしい。気を引き締めてかからなくては。

 いつでも刀を抜けるように腰に差し直し、森へと入る。


 誰もいない薄暗い森の中は、エルフの森とは全く違う印象を受けた。しばらく歩くが、鳥の鳴き声が聞こえてこない。という事は、近くに危険な動物か魔物が居るという事だ。自然と刀に添えた左手に力が入る。

 一瞬、左後ろから草をかき分けるかすかな音がした様な気が。

 反射的に刀の柄を握り振り返ると、目の前に黒い影が躍り出る。そのまま刀を鞘から抜きながら影に切り掛かり、獣の叫び声があがると同時に後ろへ飛び退く。一連の流れは完璧だ。


 刀を構え直し、声の主を正面から見据える。

 額を切られた獣は、血を流しながらも地面に立っていて、こちらを警戒しながらうなり声をあげ、牙をむけている。とっさの反応で浅かったか。出来れば一撃で仕留めたかったが、しょうがない。

 相手と目を合わせた瞬間、そのままにらみ合いへと突入する。こいつ、強いんじゃないか? 大きな狼っぽいが、狼に角はない。まして青くもない。

 むき出しの牙の大きさと鋭さを見ると、あのまま反応が遅れていたら、確実にやられていたと思う。そう思った瞬間、ゾッとする。

冷や汗で手のひらが濡れて握った柄がすべりそうになり、慌てて握り直す。


 この空気は、今まで生きてきた中で、感じた事のない類いの物だ。相手からの殺気は半端ないなんて物じゃない。本気で殺る気なんだろう。こっちも本気じゃないと殺られる。

 刀に光の魔法を纏わせ、エンチャントもかけ直し、腹に力を入れ構える。

 精霊に指示するだけで魔法が発動するのは、今みたいな非常時には本当に助かる。魔法を発動させる為に一点集中するなんて、戦いの最中にやってたら俺なら死んでしまう。


 こいつら魔物は基本闇属性だから、光の属性に弱いはずだ。次は一撃で沈めてみせる。


 お互いににらみ合い、隙を探って、探ったまま動けない。

 そのまま数分が過ぎ、しびれを切らしたのか、青い狼が身を低くかがめた瞬間躍りかかってきた。

 その動きを見つつ腰を落とし、そのまま相手の懐に潜り込み真一文字に腹をかっ捌く。嫌な感触が刀から伝わってくる。

 そして、そこから吹き出す赤いもの。妙にはっきり見えるな、と頭の隅で思いながら、そのままなぎ払う。

 生あたたかい血やら何やらを全身に浴びながら、狼に似た魔物が地面へと投げ出されるように倒れ込むのを無言で見届ける。

 倒れた魔物を中心に、その体から流れた血が広がっていく。


「……ふぅ」


 そのまま血溜まりの中で動かなくなった死体を見やり、詰めていた息をはく。

 辺り一面血なまぐさい。イレーネの所で獲物を捌く手伝いはしていたが、全身血まみれはなかった。

 うぅ気持ち悪すぎる。しかも、えらい緊張してたのか、足に震えがきてる。とにかく道の端へと、ふらつきながら座り込む。

 刀を掴んだままだったことに漸く気づき、血糊をふって鞘に納める。


 よかった。なんとかなった。

 死体を見ながら、血に濡れていないマントの端で顔を拭い、ため息をつく。

 なんとかなったけど、街までの魔物は弱いんじゃなかったっけ? あれで弱かったら俺、これから先自信がなくなるんですけど。それとも、イレーネと俺の弱いの定義が違うのか。思わず、自問自答してしまう。

 まぁ、とりあえずは勝ったから良しとしておこうか。少しばかりキツかった気がしないでもないが、勝ちは勝ちだ。


 血だらけのマントを脱いで地面に置き、魔法をかける。一瞬で血糊が消え、自分自身にも魔法をかける。漸く血なまぐささも取れ、一息つく。



「へぇ、兄ちゃん強いんだな」


 その突然の人の声に、心臓が飛び上がる。

 慌てて声のする方を向くと、数人の男達がにやつきながら倒れた魔物を挟んで立っていた。

 ……おいおい人がそばに来ていたなんて、全然気づかなかったぞ。

 腰を浮かせ、いつでも動けるようにと構える。こいつら、絶対堅気じゃない。

 武器をちらつかせた薄汚い集団なんて、どう見たっていい印象ない。せいぜい良く見て追いはぎだ。


 さて、どうする?









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