世話焼き娘とお調子者
大道寺操は今日も放課後の校舎を走る。
一年と二カ月でかなり使いこまれたカバンがぎぃぎぃと悲鳴を上げても彼女は気にもしない。
「ねぇ、上尾くん見なかった?」
廊下で立ち話をしていた女子生徒たちに問う。彼女たちは顔を見合せて首を横に振る。期待はしていなかったが、やはり多少は落胆してしまう。それがあからさまに顔に出たらしく、女子生徒たちは小鳥のさえずりのように操をはやし立てる。
「やーごめんねぇ」
「心配だよね、彼氏の居場所を把握していないと」
彼氏、という単語に操は髪を逆立てて反論した。
「だ……誰が彼氏なのさっ。あいつはただの幼馴染だっての」
「もぉ、そんなこと言っちゃって」
頬を赤くすると、操はますます彼女たちにからかわれた。いいおもちゃを見つけた。そんな目で操は見つめられ、思わずそっぽを向く。
「あはは。赤くなっちゃってかわいー」
頭を撫でられて操は拳を振り上げて怒鳴る。
「やめてってば! もうっ」
本気で怒っているのだが、ちっとも迫力がない。童顔で低身長。その二点が操から気迫をいうものを完全に削いでしまっている。
傍から見ると彼女たちと操は同世代に見えない。高校生集団に絡まれた小学生に見られてもおかしくない。
「気にしてるんだから、本当にやめてよ」
睨みつけるとようやく頭から手を引いてくれた。しかし、彼女は全然悪びれた表情を見せない。
「いいじゃないの、大道寺さん可愛いんだから」
「良くない! 昨日だって上尾くんに……」
そこで操は気づいた。一か所だけ見逃していたことに。
「ありがとう!」
礼を言うなり操は駈け出した。そのおかげで彼女の耳には女子生徒たちの声援が届かなかった。
「お幸せにねー」
そしてまた廊下にいくつもの笑い声が響いた。
放課後の科学室。扉を開ければ薬品の臭いが鼻を刺激する。六月の湿気た空気がその臭いを更に強力にさせる。鼻が慣れるまで廊下で待機した後で操は科学室の中に足を踏み入れた。
連弾のような雨音が窓越しからはっきりと伝わる。それに紛れてかすかに物音も聞こえた。これで操は確信した。
間違いなく奴はここにいる、と。
上下二つに別れた黒板の前を通り過ぎて科学準備室の扉を一気に開けた。
「充!」
薄暗い部屋の真ん中にそれはいた。
背中を丸めたまま、彼は振り向く。
「おー操。お前も飲む? やっぱ雨の日はこれだよな」
ビーカーに入れた黄色い液体を見せつけながら充は笑った。その笑顔が、操の怒りを呼び起こす。
「飲む? じゃないっ。学校の備品を勝手にコップ代わりにするな」
「大丈夫。先生はクッキー一箱で手を打ってくれた」
「先生を買収するな。引き受ける先生も先生だけどさぁ」
ビーカーに口付けながら、充は床に広げた焼き菓子を頬張る。科学準備室は、彼の手によってちょっとしたお茶会状態になっていた。呆れて何も言えない操に彼はもう一度声をかけてきた。
「食う? 甘さ控えめのやつだから操の口にも合うぞ」
「いらない」
にべもなく断ると、充は落胆した表情を見せつけてきた。年ごろの男子にしては細い眉を八の字にさせ、たれ目をうるませて操を見上げる。彼のやわらかなくせっ毛のせいで、操はまるで捨てられた子犬にすがりつかれたような気分にさせられる。
昔から操は充のこの顔に敵わない。恐らく彼もそれを知っていて、わざとこの表情を見せつけているのだろう。
ため息を一つこぼして操は彼の対面に腰かけた。途端に充は笑顔に戻り、いそいそと新しいビーカーにインスタントスープの素を入れる。その様子を操は内心苦々しく見守りながら話しかけた。
「学校で飲食は禁止でしょうが」
「いいの、いいの。クッキーもスープの素も俺の自腹だし」
「そういう問題じゃないの」
すっかり充のペースに引き込まれてしまった。
手渡されたビーカーの中に電気ポットで湯を注ぐと、甘い香りが薬品の刺激臭をかき消した。スープは操の好きなコーンポタージュだ。
分厚いカーテンですべての窓は塞がれていて、科学準備室は完全に外と遮断されてしまっている。帰宅する生徒たちのにぎやかな声もここまで届かない。
湯気はゆらりと天井まで昇り、かすれてゆく。その流れを見送りながら操は焼き菓子に手を伸ばす。
「……おいしい」
その一言を待っていたかのように充が身を乗り出した。
「だろ? 俺の舌に間違いはない」
胸を張る彼を微笑ましく思い、自然と操の頬が緩む。
「まったくもぅ。アンタは昔から……って、違う!」
首を振り、包みこんでいたまったり感を操は無理やり引きはがす。すっかり本来の目的を忘れていた。
床に空になったビーカーを置き、投げ出されたままの自分のカバンを引き寄せる。
「これ、世界史のノート。机の上に置きっぱなしだったよ」
手渡されたノートと操を交互に見てから、充は大きく両手を広げた。
「助かったよ。だから俺、操が好きなんだ」
「はいはい。本当に調子がいいんだから」
操が口を尖らせると充はノートを丸めて自分の後頭部を軽く叩いた。
「ごめんな。でも、教室で渡してくれても良かったのに」
即座に操は首を振る。
「嫌よ。約束したでしょう? 学校内では、やたらと話しかけないって」
「でもさぁ、携帯の番号くらい教えてくれてもいいじゃないか。俺って人気者だろ? 俺のいる場所を探すの、めんどいと思うし」
自分で『人気者』言うな、と操は心の中でつっこむ。あえて口には出さない。出せば充は調子に乗る。その方が面倒臭い。
「いくら幼馴染の腐れ縁とはいえ、そろそろ私たちも大人になるんだから、節度ある付き合いにしないと」
「えー」
不満げな充の声を遮って操は話を続けた。
「だから、その鳥頭をどうにかしなさい。いつまでも私が傍にいると思ったら大間違いだからね」
「でもさ、こうして毎日忘れ物届けてくれるじゃないか。操には本当に感謝しているから、俺だってこうして操をもてなしているんじゃないか」
反省するどころか、充は逆に胸をそらして威張る始末だ。本当に手に負えない。
これで社会に出たら本当に、一体どうなってしまうのだろうか。まさか、職種を超えてまで自分は忘れ物を届けに行くことになるのだろうか。
痛み出すこめかみを押さえながら操は大きなため息を吐く。
「まったく。本当に充は私がいないと駄目なんだから」
呆れたようにそう言うと何故か充は嬉しそうに笑った。その笑顔の意味が分からず、操は何だか憎らしくて充の額を人差し指で突っついた。
操は学校から帰る前に必ず充の席を覗き込む。ほぼ毎回の確立で、充は何かを忘れている。それも自宅に持ち帰らなければいけない類の物をだ。例えば課題に使うノートだったり、期限の近くなった提出書類とかだ。酷い時は定期や財布だったりする。その度に操は充を探して届けに行く。
クラスが違った年はわざわざ彼のクラスまで確認に向かう。小学校の時から続く習慣とは言え、自分もなかなかおせっかい焼きだと操は思う。
今日の忘れ物は古典の教科書だった。
「まったくもう」
乱暴にそれを自分のカバンにしまい込むと操は駆け足で教室から出ていく。
科学室、保健室、家庭科室、放送室。それに生徒会室。
充の言う通り、彼の顔は意外と広い。その為、捜索がなかなか困難だったりする。さらに今日は珍しく快晴だったりするので、捜索範囲は外にまで広がる。
そのためか、普段は三十分も探せば見つかるのだが今日はどこにも充の姿は見当たらなかった。聞き込みもしてみたが、有力な情報は得ない。
「どこに行ったんだよう」
愚痴を飛ばしながら操はとぼとぼと歩く。
「携帯の番号、聞いておけば良かったな」
昨日のやり取りを思い出して、操は後悔する。
照れずに素直になれば良かった。ひねくれ者な自分を恨みながら操は渡り廊下を進む。ふと顔を上げると窓から校舎裏の風景が見えた。
「……あ」
充がいた。
その傍にもう一人。
思わず操は身を隠した。壁を背にして、胸を押さえる。鼓動が大きい。手で押さえつけてないと胸を突き破りそうだ。
そっと窓を覗き込むと、充が困ったように頭に左手を回していた。その頬が、わずかに上気しているのが遠目からでもよく分かる。
もう一人の人物は長い黒髪を風に揺らせていた。彼女の細い脚は震えていた。
充の前に立つ女子は操とは違い、後ろ姿だけでも色気があった。きっと顔も綺麗なのだろう。彼女のすらりと伸びた背筋を操は恨めしく思う。
閉ざされた窓からは彼らの声は届かない。だが、何が行われているかは安易に想像出来た。
目の前の光景から操は目が離せない。見たくない。そう思っても、足に根がはったかのように動かない。じっとりとした汗が、操の背中をなぞった。
女子がうつむく。充が頷く。女子は首を振り、充の胸に飛び込む。
充は、戸惑いつつも彼女の肩に手を……。
そこで操の体から一気にすべての力が抜ける。冷えた床にお尻を打ちつけても、痛みを感じる余裕なんて無かった。
頭の中がペンで乱暴に書きなぐられたかのように整理されない。どうして自分がこんなに混乱しているか、操は理解出来ない。意味を成さない単語の羅列が思考の邪魔をする。
何故? 何故?
充が。彼女は誰? どうして。
充。幼馴染。大事な、大事……。
『いつまでも私が傍にいると思ったら大間違いだからね』
自分が充に放った言葉が脳裏に蘇る。
ようやく操は気づく。充もいつまでも操の傍にいるわけじゃない。いつかは道を違えることとなる。
それが今なのだ。
そこまで思い至った時、操は自分の頬が濡れていることに気づいた。
「なんだよ、もぅ」
自分のものじゃないような情けない声が出た。
操は、散々口うるさく充に自立を促していた。そのくせに彼が離れると悟った時は傷ついて涙を流す。
充は決して自分の傍を離れない。自惚れた思いを操は胸の奥底に持っていたのだ。
なんて自分勝手なのだろう。
同時に思い知らされる。
自分のようなおせっかいで色気の欠片もない女なんかより彼女のほうが充の隣にふさわしい。最初から、かないっこないのだ。
「教科書、どうしよう」
もう充の忘れ物を届ける権利なんて操には無いのだ。悩んだ末に教科書は充の席に戻しに行くことにした。
誰もいない教室。時計の針の音だけがその中で響く。
毎日覗いた充の席。そこに静かに教科書を置いた。
「じゃあね」
本人の代りに教科書に別れを告げる。教室の戸が閉まる音が、操と充の決別を告げる音に聞こえた。
操が忘れ物を届けなくなっても、充の鳥頭は治らなかった。気になってしょうがなかったが、自分のおせっかいをぐっと堪えた。
「ねぇ、大道寺さん。上尾くんとケンカでもしたの?」
何人もの生徒にそう尋ねられた。放課後に走り回らない自分はそんなに珍しいのかと、今更ながら操は恥ずかしく思う。
尋ねられるたびに操は首を振り、こう告げる。
「もう私が届ける必要はないから」
充の方からは何も言ってこなかった。それは操との約束を守っているのか、それとも操と話す気もないのか。知るのが怖くて、ますます操は彼から遠ざかる。
時たま、充が何か言いたげに見つめてくるが操はその視線から飛ぶように逃げる。
気まずいだけの一週間が過ぎ、一か月も経つと心配する生徒たちも操に何も言わなくなる。それでも操の癖は抜けなかった。放課後の充の席をついつい見てしまう。
依存していたのは操の方だった。その事実を嫌なほど思い知らされてしまう。
胸の痛みは制服が冬服から夏服に代わっても塞がらなかった。
間近に迫る夏休みにはしゃぐクラスメイトたちを尻目に、操は肩を落とす。
今日も辛いだけの一日だった。そう思いながら暗い顔で下駄箱に向かう。
階段をあと一段降りれば、というところに差し掛かった時だった。無機質なチャイムの音が公舎に響き渡る。
「二年三組の大道寺操さん。至急、放送室まで来てください。繰り返します。二年三組の……」
聞きなれた放送部員の声に操は驚く。どうして、自分が呼び出しを受けたのか皆目付かない。
課題関係なら職員室に呼ばれるだろう。だが、指定場所は放送室。今の操にはまるっきり縁のない場所だ。
「行かなくちゃ駄目だよね」
首を傾げながら、操の足は放送室を目指した。
作りの違う放送室の扉を開くと、誰もいなかった。ただ、奥に作られた放送ブースの中に人がいる気配を感じた。
「誰なの?」
不審に思いながら、操が放送室の中に入ったその時だった。勢いよく扉が閉められた。
「大道寺操、捕獲成功!」
「! みつ……上尾くん?」
振り向くと満面の笑みの充が扉の前で通せんぼうをしていた。
「おーし、作戦成功だな」
ブースの方から放送部員が顔を覗かせる。彼もまた、何故か笑顔だ。
「ご協力感謝する」
「うむ! この借りは大きいぞ」
事態が飲み込めない操を置いて、男二人で盛り上がっている。さすがに異常すぎて操は口を開く。充にではなく、偉そうな放送部員に訊ねた。
「何なの、これ? 一体、私に何の用なの」
「それは上尾の口から聞けよ。俺はただ手伝いをしただけ」
放送部員は自分のカバンを持ち、何かを充に投げ渡した。
「じゃあ、俺は帰るわ。鍵と顧問への言い訳はよろしく」
「おう。まかせとけ」
頑張れよ、と謎の声援を残して颯爽と放送部員は外に出て行った。
彼を見送った充が、改めて操を見下ろしてきた。
幼い頃の二人は同じくらいの背丈だった。いつの間にかこんなにも離れてしまった。それは今の距離感にも似ていた。操は痛みを堪えながら充から視線を外す。
それが気に入らなかったのか、充は眉間にしわを寄せた。
「操、俺お前を怒らせるようなことした?」
「……別に。って、どこに行くの」
充は操の前を素通りし、奥のブースの中に入る。そして、何やら機械を確認した後にまたこちらに戻って来た。
「あいつは結構タチの悪い悪戯するからさ、一応確認。ちゃんと電源は切れてたから続きをしようか」
続きの一言に思わず操は身構える。
「こんなところに呼び出して、私をどうするつもりなの? 上尾くん」
「それ! それだよ」
操を指さして、充は興奮してように言葉を繋ぐ。
「二人だけの時は名前呼びをしていいって俺と約束したじゃないか。どうして最近名字で呼ぶんだよ。さっきだってわざわざ名前から言い直すし」
「そんなことで……」
「そんなことじゃないっ」
充が怒鳴った。その剣幕に操の心臓が跳ねた。同時に思う。ここが防音に優れた放送室で良かった、と。
「いいじゃない、もう私たち高校生なんだから」
そんな理由では、充は納得しなかったようだ。ますます声を張り上げて操に詰めよる。
「それにここのところずっと俺の忘れ物届けてくれないじゃないか。俺が困ってるかもしれないじゃないか」
その言い方に、操は腹が立った。まるで充は自分を人として見てないような気がしたからだ。負けじと操も怒鳴り返す。
「だったら気をつければいいだけの話でしょうが。どうして私がアンタの忘れ物を毎日届けなければいけないの!」
「だってそうしなければ、操は俺と話してくれないだろ!」
「……はぁ?」
充が何を言っているのか、操は一瞬理解出来なかった。頭の中で何度も反芻して、その意味に気づく。
「もしかして、いつもわざと忘れてた?」
「そうだ」
断言する充に、操はあっけにとらされる。自信に溢れたその態度に、怒りもどこかに吹き飛ばされてしまった。残ったのは、脱力感。
頭を抱えながら、操は恨めし気に呟く。
「話をしたいのなら、彼女とでも話してなさいよ」
「彼女?」
今度は充が目を丸くした。
「俺の彼女って操だろ」
たっぷり十秒。沈黙を得てから、操は絶叫した。
「誰がアンタの彼女だっ」
「え、違うの?」
聞き返す充が憎らしく思えて、なおも操は吠える。体が煮えたぎるように熱いのはきっと、クーラーが効いてない放送室のせいだ。
「違う! 初耳だ、というかあの子はどうしたの!」
「あの子?」
「長い髪で細身の! 私、見たんだからね。校舎裏で上尾くんがその子に告白されて、抱きしめてた……」
その光景をも思い出してしまって、操の口が重くなる。さっきまであれほど熱く感じた体温は急激に冷めていく。逆に目もとだけに熱がこもる。
それなのに充は何故だか嬉しそうに操に顔を覗き込んでくる。必死に操は顔を見られまいと逃げるがすぐに回り込まれてしまう。
「へぇ、操。焼きもち焼いてたんだ」
「違う!」
「へーぇ」
何度も操が否定しても充は聞いてない。ほおっておけばスキップでもしそうな足取りで彼は操に近づいた。操が体を強張らせると、いきなり充に抱きしめられた。
「あ、上尾くん」
「違う」
「何が」
制服越しに伝わる体温に、操は照れくさくてつい乱暴に聞き返す。充はそんな操が愛おしいのか、砂糖菓子よりも甘い声を口にした。
「苗字じゃなくて名前」
声の響きに操は驚く。
知らなかった。充の口からこんな声が出るなんて。
下がったはずの体温が、また急激に上昇しだした。このままだと体が溶けてしまいそうだ。
「暑いから、放してよ」
「俺の名前を呼んだら、考えてもいい」
回された腕に更に力を込められて操は観念した。意地になっても、きっと充は開放してくれない。それどころか、操が根負けするまで抱きしめているだろう。
完全に立場が逆になっているのを少しだけ腹ただしく思いながら操は彼の名を呼んだ。
「み……充」
「うん、よく出来ました」
しかし、充は操を抱き込んだままだ。身じろぎをしながら、操は抗議の声を上げる。
「呼んだんだから早く放してよ」
「考えてもいいって言っただろ。だから今はまだ考え中」
「ずるい」
その一言に充が意地悪そうな笑みを受かべながら顔を近づけてきた。今度は、操は抵抗しなかった。つま先を伸ばして、そっと瞼を下ろす。
充の舌先三寸で放送部の顧問を丸めこむ様を見届けた後、二人で校舎から外に出る。
「全然気付かなかった。いつの間に充は女の敵になったんだか」
わざと冷たい口調で言うと充が真っ青な顔で首を振る。
「酷い言い草だな。そんなんじゃないって」
「ふーん、どうだか」
放送室でリードが取られたのがまだ悔しくて、操は更に充を責め立てる。
「本当にあの時、転んだあの子を支えようとしたのかなー」
告白は断った。彼女が転びそうになったから支えただけ。
彼のその主張に嘘は無いことを、操はとっくに見抜いている。けれども、照れくさくてついつい意地悪を言ってしまう。
「怪しいなぁ」
「俺は昔から操一筋だってば」
まっすぐな充の思いに、操は気恥ずかしくて視線を泳がせる。
「……私、充から好きだって言われてなかったけど」
充が珍しくため息を吐いた。
「俺、毎日言ってたじゃないか」
「あれって冗談じゃなかったんだ」
その一言に、今度こそ充はがっくりとうなだれる。その落ち込みようがあまりにも露骨だったため、操は慌ててフォローに回る。
「でも、言われて悪い気はしなかったけど、うん……その、嬉しかったし」
「だろう! 俺もさっき操に好きだって言われて嬉しかったし」
「お、大声でそんなこと言わないでよ」
すぐに表情を一変させる充を黙らせながら歩いていると、操はあることに気づいた。
身体が小さめな操が他人と一緒に歩いていると息が切れがちになる。充とだとそんな風にはならない。
それは、充が操に歩幅を合わせていてくれるからだと。
その事実に操は感謝した。だが、口には出さない。まだその気持ちを素直に告げることは操には出来ない。けれどいつかは伝えようと胸の中で誓う。
今は何も気づいてないふりをしながら、操は別の話を切り出した。
「充、何か忘れていない?」
「いや、今日は特に忘れてないけど」
操がカバンの中から携帯電話を取り出す。もちろん操のものではない。
「え? 何で操が俺のを持ってるのさ」
今度は本気で忘れていたらしい。
「番号交換した時、私に持たしたまんまだったでしょう」
「あー、そっか。忘れてた」
携帯を受け取りながら、充は照れくさそうに自分の頭をさする。
「やっぱり俺、操がいないと駄目だな」
いつもならばその言葉に、操は不機嫌な顔で当たり前でしょと返す。だけど、今日は違う。
目を細めて、こう言い返した。
「私も。充がいなくちゃ駄目だから」
〈了〉
ベッタベタな恋愛ものです。
お約束をふんだんに使おうと思いながら書きあげた記憶があります。
ちなみに『不良先輩とおせっかいさん』と同じ学校という設定があったりします。
最後まで読んでくださってありがとうございました。