□8話 研究室
研究室の中は一言で表すと、豪勢だ。
まず、場の雰囲気に合わない豪華なシャンデリアがそれを物語っている。
更に壁、床には天然石とやらで作られた綺麗な石が空間を囲み、また、椅子、机も教室と比較すると、随分と材質が良さそうだ。
その研究室中央に、赤澤先生は陣取っていた。
「おお、来たか」
はしたない姿で、俺たちと視線をかわす。
「せ、先生!? 何でノーブラなの!?」
美咲が慌てて赤澤先生の方に駆け寄って行った。
「暑いからだ。研究室というのは、ちょっとした環境の変化で死滅する生物がいるとか…」
確かに暑い、夏場の体育館のようだ。
「だからって! 修──男の子の目の前で脱ぐことないでしょう!?」
「いやいや、世間体は気にしないタイプでな」
「気にして下さいよ!」
どこから持って来たのか、美咲はバスタオルを赤澤先生に渡す。
しぶしぶと受け取り、それを身体に巻いた。
というか、本当にどこから持ってきた。
「それで、何で俺たちをお呼びになったのでしょうか?」
「ああ、試験結果が出てな、今泉と神童はその都合で、お前は雑用で呼んだ」
やはり雑用だったか、薄々感づいていたぜ。
少しばかり屈辱だが、美咲と同列に扱われることはないと思っていたのが救いだ。
「おめでとう。お前等2人は、晴れて各班のトップ3だ」
「具体的には…?」
神童が赤澤先生に聞いた。
「今泉はG班の第1位、神童はK班の第3位だ。どうした神童、不服か?」
「いえ……そういうわけでは……」
「なに、詳しいことは管轄外だから知らないが、トップ3に進入出来るなら将来性はある。日々の鍛錬を怠らず、授業にも出ていれば、いずれは1位にも──」
言いかけ、わずかに躊躇する。
そして、話を逸らすように赤澤先生は切り上げた。
「なれるといいな。用件はこれだけだ、今泉と神童は下がっていいぞ」
赤澤先生の言葉を受け、神童が無言で下がる。
そのまま形式上の挨拶をして、彼女は出て行った。
しかし、逆に美咲は反発するように前進した。
「あの、修平になにか?」
「今泉には関係ない話だ。下がれ」
「他の生徒に聞かれてはいけないこと、それもトップ3にすら進入できなかった修平に、そのような用件を頼み込む気ですか、先生は?」
容赦なしに言葉をふっ掛ける美咲、そして傷ついた俺。
そんな俺を尻目に、女2人はその眼で争い合っていた。
「今泉、私に逆らう気か」
「相手がたとえ上司であろうとも、諂わないのが主義ですので」
赤澤先生の言葉に一歩も退かない美咲。
徐々に疎外されてゆく俺。
数分間の問答後、諦めた赤澤先生が神童だけを下がらせて俺たちを前にして言った。
「雑用、というよりは頼みごとなのだが……お前等には、神童と関わってあげてほしい」
「神童と、ですか…?」
「ああ、1年の友好関係は全て、学園側で掌握しているのだが……どうも、神童だけは誰とも関わろうという気構えがないらしい」
「(友好関係って、学園側で管理するものなのかよ……)」
背中に嫌な汗をかきながらも、俺は言葉を選び、返答する。
「でも、それは本人の勝手じゃないですか、ほら、人と関わるのが嫌な人もいますし」
「それはない。神童は中学時、クラス委員および生徒会役員を率先して引き受けた人物だ」
「そ、そいつは大変そうですね……」
「学園側も、今の神童に少し違和感を覚えている」
「しかし、それはおかしな話ではないでしょうか?」
美咲が俺を遮って代わりに言う。
「学園内の事情は抜きにしても、中学時代まで引っ張り出すとは個人情報に踏み込みすぎでは? そういうのは、家族内の問題だと……」
その美咲の言葉に、赤澤先生はクスっと笑った。
まるでバカにしているかのような、嘲笑を含めた笑いだ。
「その家族から、学園側に依頼が来たのだよ。正式な依頼だ、一番手駒として扱えそうな修平を選択しただけ。それに、神童はプライドの高い所があり、別班とはいえ、自分より序列の高い者とやすやすと交流を深めたりはしないだろう」
言い切った赤澤先生が改めて俺を見る。
「というわけだ、修平、その仕事をお前に頼みたい」
見据えられた俺は考えた。
本当にそれでいいのか、別に正義感を振りかざす気ではないが、依頼のために仲を深めるというのは少々、いや、かなり気が引ける。
とはいっても、事情を知った上で、このまま神童を放っておくような真似はしたくなかった。
結論を出し、俺は言った。
「分かりました、任せて下さい」
「しゅ、修平!?」
「ただ、美咲にも手伝ってもらいます。構いませんよね?」
「……先ほどの私の言葉を理解した上で、その結論に辿り着いたならば許可しよう」
「ありがとうございます」
頭を下げ、美咲と一緒に下がる。
もう用はないと、目配せした赤澤先生に従って俺たち2人は研究室を出た。
赤澤先生の言葉を胸に刻み、どうやって関わって行こうか思案していると、美咲が隣で文句にも似たアドバイスを言ってきた。
「まぁ、赤澤先生の理不尽なお願いはともかく、修平、どうするつもりよ」
「うーん、そうだな、急ぎでもないし、地道にやってみるよ」
そう言った俺に対して、でかい溜め息をついて美咲は俯いた。
「ホント、アンタってバカよね……まぁいいわ、私も手伝うわよ」
「サンキュ、助かる」
お礼を言いつつ、寮に戻る。
寮の入り口付近では清二が、まだかまだかと何かを待つように待ち構えていた。
俺とその視線が交差する、突如、清二は俺と美咲の前に来た。
「友よ、オレの言うことを聞いてくれぇぇぇぇぇぇ!」
「キモっ! こっち来ないでよ!」
俺を盾にするように美咲が背中に隠れた。
やれやれ、そう言いながらも俺は、清二がこれから語る赤澤先生に対する愚痴を予想しながらも、談話室の隅で、清二のどうでもいい話を聞き始めるのであった。