□7話 冷淡な女
世界は広い、さまざまな種類の人間が存在する。
人の種類は千差万別、十人十色などというが、この言葉に改めて感銘を受けた。
昔からのお節介な幼馴染、会って一週間も経たないのにやけに親しい同室者。
俺はつい最近まで、人間とはやたらに絡んで来る生き物なのではないか、という概念を抱いていたことを、否定し切れない自信がある。
しかし、それ等は全て俺の思い込みに過ぎなかったのだ。
電話を終え、1人同室者の帰りを待つためロビーに向かう。
途中、先ほどまで簡単に開けられた扉が開けられない事実に、少しとまどったが、何とか開けるコツを自然に掴んだ俺の敵ではなかった。
ロビーには談話室というものがあり、ここで、仲間内で遊び合ったりするのが主流だと聞いている。
ただ現在、2、3年生は共に授業の真っ最中であり、1学年もM班とK班は帰ってきていない。
つまり、1学年のG班しかいないわけだ。
「…ひ、暇だ…」
あれほど親しかった友人たちが、いないともなると少し寂しい気がして来る。
美咲と清二の言うように、同室者がいなければ、俺も案外寂しいかもしれない。
談話室にある専用椅子に腰をかけ、1人のんびりしていた俺だが、ふと横を見た。
「…………」
「(…? 見ない顔だな)」
清楚に整いつつある紺色の長髪、気品のある顔立ちに、淡い青色の瞳。
服装は目立たないようにしているのか、デザインも何も施されていない無地の服で揃え上げられている。
「(…G班、ではないよな…)」
「何かしら」
鬱陶しそうに、こちらを振り向いた。
「あ、いや…見ない顔だな、と思って…」
「そう……。私は1学年、K班の神童瑠奈、これでいいかしら?」
「えーと、俺は──」
言いかけたところで、女性が立ち上がる。
「聞いてないわ」
そう言い残すと、女性は何事も言わずに歩き去って行った。
「な、何だ…あの態度は…!」
怒る、というほどでもないが、不快な気分にはなる。
その後、苛立ちが取れないまま、時間が過ぎる。
談話室ですることはなかった、本でも置いてあれば適当に読み漁っていたのだが、せいぜいあるのは 新聞か、2人以上で行う遊戯の道具しかない。
振り出しに戻り、ひたすら待ち続けた。すると、先ほどの女性が戻って来た。
こちらとは、視線を合わそうともしない。
「……」
互いに沈黙、せまい談話室で無言の時間が続いた。
俺は友人の帰りを待ち、女性は何もせず、椅子に座っている。
部屋に戻ろう、一瞬そう思ったが、何かに負けた気がする。
「(ぜってーに、ここを動かねーぞ……)」
そう決めた、直後。
「あれ、修平。ここで何してるの?」
後ろを振り向き、声の先を確認すると、美咲が居た。
「暇だから清二の帰りを待ってた」
「うげっ…アンタ、やっばそういう趣味なの…?」
「違うよ! お前こそ、ここに何しに来たんだよ!」
「赤澤先生に頼まれてね、談話室にいる女の子を連れて来いって」
女の子、といっても談話室には…。
「ああ、あなたが神童さん?」
「はい、そうです」
「赤澤先生が、研究室まで来て欲しいだって」
「わかりました」
椅子から立ち上がる女性。
俺には関係ない、そう思ってそっぽを向いた時だった。
「何してるの、修平も来なさいよ」
「何故に?」
「ついでにアンタも連れて来いって言われたの」
「マジかよ…」
嫌な予感しかしない、というか、どうせ雑用でも押しつけられるのだろう。
向かうことに少し渋った俺に、女性が声をかけた。
「さっさとして下さい。時間の無駄です」
冷たい声で言い放たれる、イラっとした俺は勢いをつけて立ち上がった。
「わかったよ。行こうぜ、美咲」
「え……、あ、うん」
少しだけとまどう美咲だが、歩き出す俺の横についた。
その後ろから、神童瑠奈は付いて来る。
「<ちょっと…!>」
終始無言を突き通そうという心構えを働いた俺に、顔も動かさず小声で美咲が話し掛けて来る。俺も同様に、顔を動かさず返答した。
「<何だよ>」
「<アンタ神童さんに、ちょっかい出したの? すごい怒ってるじゃない>」
「<何もしてない、強いて言うなら、少し見ていただけだ>」
「<見てただけ?>」
「<ああ、それだけだよ>」
まだ少し話の内容を聞きたそうにしていたが、それ以上は喋る気力も失せていた。
そうして歩いていると、学校の研究室まで着いた、K班の教室の横にある部屋だ。
「赤澤先生、今泉です」
美咲の声に、赤澤先生は、入っていいぞ、とだけ伝えた。
失礼します、そう言って俺たちは入室して行った。