□5話 新入生試験
圧倒。今、この場にはその一言がふさわしいのではないだろうか。
担架で運ばれ去る教師、項垂れた手からは生気すら感じ取れない。
元凶、鬼武晃はその間も終始廊下に目を向けることはなかった、今もなお、前方の一点を見つめている。
一見、黒板を見つめているだけに思えるかもしれないが、俺には分かる。
──こいつは、最初からずっと美咲を敵視しているのだ。
圧倒的なまでの力を持った鬼武が唯一見定めた人物なのだろう、美咲から終始、目を離す様子を見せない。
何かあれば戦うことになるかもしれないが、俺にこいつを止められる自信はない。
何せ、教師1人を完膚なきまでに叩き潰した男なのだから。
担架で運ばれた教師を尻目に、結局、俺たちの試験はその後、代理人とやらがやって来て再開された。
向かった生徒たちが1分以内には帰って来る、やはり、美咲と鬼武が別格なのだ。
「次……ほう、神谷か」
代理人としてやってきた、女教師が玩具でも見るかのようにニヤりと笑う。
後ろで纏められた黒髪に、軍帽を被っており、体格は本当にここの教師かと疑うほどに細身だ。
「神谷公明の弟が入学する、とは聞いていたが…面白そうな逸材だな」
「…あまり期待しないで下さいね」
「自信がなさそうだな、なに、神谷からキサマのことは聞いている。心配するな」
そう言い、女教師は俺に背中を向けた。
模擬戦闘場に導かれ、俺は中に入った。
何もない広大な空間の中に、片隅で審査員をやっていると思われる方がこちらにやって来た。
「武器をお選び下さい」
色々と種類がある。
模造剣、模造銃、模造弓……模造銃剣などといった類まである。
俺はとりあえず、兄とチャンバラしていた頃を思い出して木刀を手にした。
「木刀か、ふふっ…思い出すな、キサマの兄も新入生試験で、その武器を選択した」
「兄と戦ったことがあるんですか…?」
「ああ、私が相手したよ。無論、叩き伏せてやったがね」
……面白い。
あの万能者とも言える兄を打ち倒すほどの相手か、武者震いが止まらない。
木刀を目の前に構える、女教師の方は何も得物を取らなかった。
「…素手、ですか…?」
「教師が教え子に、それも新入生に武器など使う必要はない。」
女教師は俺の目の前で構えを取ることすらしない、どこまでナメているのか。
だが、俺は冷静だ。何事も感情的になっては相手の思うツボ、俺は審査員を見る。
静寂が場に広がる、ただ一点、互いに敵だけを見つめた。
「では……始め!」
審査員の開始宣言が為されたと同時、俺は既に右足を踏み込み女教師に向かった。
フライング気味ではあったが、相手の意表をつき、打ち倒す。今の俺にはそれしか、この女教師に勝てる手段はないだろう。
「ずああああっ!」
渾身の一撃を頭上に振り下ろす。
「ふっ!」
受け流すように、女教師は木刀の当たらない、ぎりぎりの位置で真横に回避した。
軌道を修正し、今度は側面に振り切る。
「せやああああっ!」
「…そこっ!」
一瞬だった。
側面に叩きこまれるはずの攻撃を屈んで避けた女教師が、俺の軸足を一気に足払いする。
バランスを崩した俺の足が崩れ、身体は宙に浮いて落下する。
「(っ…まずっ…!)」
地面に背中をつき、受け身を取るも反動は避けられない。
すぐにでも横に転がって逃げようと思ったが、遅すぎた。
「はあああっ!」
俺の顔面を潰すように、女教師の肘が鼻に当たる寸前で止まった。
「…っ…!?」
「勝負あり!」
審査員の声が、勝敗を明らかにする。
…完敗だ、強すぎだよ、この人。
「意表をついて来る作戦か、なかなか良かったぞ」
「あ、ありがとう、ございます…」
「ただ、まだまだ太刀筋が粗い。剣を振り切る時に迷いがあるな、精進しろ」
「…はい」
「返事が小さいな、もう一度だ…!」
「は、はいっ!」
「それで良い」
あまりの迫力に、おずおずと立ち上がり、模擬戦闘場を後にしようとする。
すると、後ろから女教師の声が聞こえて来た。
「神谷…いや、修平でいいな、修平!」
「はい!」
「私の名前は、赤澤千秋だ。覚えとけ!」
「分かりました!」
「うむ、行っていいぞ!」
赤澤先生に終わりの合図を貰い、俺は教室に戻った。
美咲の席まで行き、結果を報告する。
「無理、強すぎ」
「まぁ、修平だしね…」
予想していたとでも言うように美咲は失笑した、遣る瀬無い気持ちになる。
「でも、結構持った方よ。2、3分はそっちにいたし」
「いや、赤澤先生…女教師の人が、兄貴と知り合いだったから、その話をしてた」
「……ふーん、名前、教えて貰ったのね」
美咲の顔に殺気が帯びる、何か怖い。
「でも、公明さんのこと知ってたのね」
「ああ、兄貴が新入生の時、同じように試験をして叩き潰されたらしいぜ」
「あ、あの公明さんがやられたの…? 驚きね…」
「俺も、親父の次にこの世で恐ろしい存在だと思ってたからな…ビックリだ」
実際、あの兄が負ける姿など想像できない。
すかした顔で、全てを解決するような人間だ。そこには親父ですら一目置いている。
だが、赤澤先生の強さと速さを見たら納得物だ。
結局、美咲と鬼武以外に教師を倒すなどという偉業を達する者など他におらず、全員が1分以内に帰って来たのは、言うまでもない。
赤澤先生が教卓につき、全員に話す。
「あー、上層部の会議で決まった結果だが、さっきのクズ教師の代わりに、これからは私がM班とG班を同時に兼任することになった。よろしく頼む」
同僚をクズ教師と呼び、嘲る赤澤先生。
だが、M班も兼任しているということは清二ともこれから戦うことになるのか。
「本来ならば、これからカリキュラムの発表をしたのだが…都合が狂ってな、本日は皆、帰っていいぞ。私はこれから、M班の連中を相手にしないといけないからな…」
…ご愁傷様、清二。
無事に帰ってこいよ。俺はただ、それだけを祈った。
ついつい1日で5話分投稿してしまった…。
これからは1~2日の間に1話ずつあげて行きたいと思います。
ここまで読んで下さった方がいれば、改めてよろしくお願いします。