□3話 学園の謎不思議
この学園には神秘的な力が備わっているらしい、勿論、ただの噂だ。
ある男は入学して、自分の中の力が覚醒したという。錯覚だ。
また、ある女は見たこともない希少生物に会ったという。幻覚だ。
俺だって別に夢を見ないわけではない、火を操る力などを見たら興奮して一晩は眠れないだろう。しかし、入学しただけで力が芽生えるというのには、いささか無理がある。
美咲と再会した俺たち一行は、彼女に清二の自己紹介をした後、食堂に向かった。
そこで、配膳された食事を置いて、長テーブルの片隅に席を陣取った俺たち3人組の、夕食中に出て来た会話の内容である。
それは、清二の妄言から始まった。
入学式、暇な時間を持て余していた清二は体育館から何かを感じ取ったという話だ。
同様に、美咲もそれとは違う意味で妄言を発した。
入学式後に、外に出たと同時に草むらの影から顔を覗かせる希少生物に出会ったという。
「本当だって! オレ、入学式の途中に自分の中の何かがこみ上げて来た気がしたし!」
それは凄いな、ぜひ、脳外科に診て貰うことをお勧めする。
「ホントよ! わたし、学校から出た時にキリンぐらいに首の長い兎を見たわよ!」
驚きだ、近々、眼科に処方箋を受け取りに向かうといいぞ。
「修平はもうちっと夢を見ろよ! ここは魔法の存在する学園だぜ!」
「そうよ、アンタは現実的すぎよ!」
「いや、お前等の脳内がファンシー仕様なだけだろ…」
否定する俺、一向に意見を覆さない両名。
平行線のまま進む議論を余所に、清二が唐突に問いかけた。
「そういや、今泉って同室者とかいねぇのか?」
「ん、女子は1人部屋らしいわよ」
「へぇ、そりゃ残念だったな。オレとか同室者がいなきゃ寂しくて死ぬぞ」
「アンタは兎か…! まぁ、確かにちょっと寂しいけどね」
そう言う美咲の顔は確かに、少し寂しげだった。
元々、今泉美咲という人物は1人っ子が故に、幼い頃は家の中だけでは寂しかったのか、ずっと俺たち3人兄妹と遊び続けていた。その度に、自分も兄妹が欲しい、アンタの妹をわたしに寄こしなさい、むしろアンタが弟になれ、とか無理難題なことを言われたものだ。
俺も会話の中に混ざる。
「俺は1人の方が気楽だと思うけど、まぁ、美咲はそうだよな」
適当に会話の中に混じったつもりが、そこで俺、神谷修平は思わぬ地雷を踏む。
「…しゅ、修平…お前、オレとの同室が嫌なのか…!?」
「え、いや、別に違うけど」
「う、ううっ…気の合う同室者が出来て楽しかったのは、オレだけだったのか…!」
両目を片腕で覆うようにして、清二がすすり泣いた。
男泣きとは程遠い女泣きだ。
「あーあ……」
美咲は俺のせいだとでも言いたげに、軽蔑の視線を俺に向ける。いわゆるジト目だ。
俺はそれを怪訝な表情で返す。
「いや、その…ちょっと待て! どんだけ精神が脆いんだよ!」
「泣かせたのはアンタでしょ?」
「普通泣かないよな!?」
「現実を見なさいよ、ほら、泣いてるじゃない」
「う…その、あ、いや、悪かった清二。お前との同室は嫌じゃないぞ、むしろ最高だ!」
身振り手振りで必死の弁解をする、自分で言ったことだが、気持ち悪い。
美咲の軽蔑の眼差しが一層、嫌悪感を帯びた。
「うわ、アンタそういう趣味なの…?」
否定したいところだが、今の台詞から否定できる自信がない。
こうなったらヤケになるしかない。
「ほ、本当か…?」
「ああ、本当だとも!」
「じゃ、じゃあ…そのハンバーグ、くれるか…?」
「ああ、あげるとも!」
箸でハンバーグをひょいと摘み、清二の皿に移す。
「今日の一番風呂、オレに譲ってくれるか…?」
「あ、ああ! 譲るとも!」
「本当か、ラッキー!」
大袈裟に目から腕を離して子どものように純粋な笑顔で俺を見る清二。
しまった、騙された!
「いやぁ、融通の利く同室者で助かるぜぇ!」
「て、てめ…!」
「というか、騙されるアンタもアンタよね…」
呆れ果てた美咲が1人先に食事を食べ終えた。
先に部屋に戻ってる、そう言い残して美咲は去って行った。
その後、俺たち2人も食事を終えると、2人して玄関の傍にある事務室に向かった。
窓口には優しそうなお姉さんが座っている。
ジャンケンでどちらが話かけるかを決める、威勢の良い掛け声と同時に、俺がグー、清二がパーを出した。負けた俺がすごすごと引き下がり窓口に向かう。
「あの、すいません」
「あら、何かしら」
「その、部屋の扉が重いことについてなんですが…」
「ああ、それね。新入生は皆そう言うのよ」
皆…? その言葉に引っ掛かりを覚えた俺は、窓口のお姉さんに質問する。
「あの、皆って…?」
「うちの学園はね、日常的にも鍛練を怠らないよう、さまざまな日用品に細工が施してあるの、ちなみに、貴方達の部屋にある扉の重さは150キロあるわ」
「ひゃ、150キロ!?」
俺の背後で清二が驚愕の声をあげる。
俺も唖然とする、開けられなかった場合はどうしろというのか。
「でも、大丈夫。部屋には2人いるから、協力すれば、どうってことないわよ」
「あ…ありがとうございました」
窓口のお姉さんの励ましまがいのメッセージを受け取って、俺たちはその場を後にした。
そして再び、長い廊下を直進する。
ふと、清二がこんなことを言い出した。
もしかして、オレたちの部屋ってハズレ…?
部屋名番号、Z‐1。廊下の一番奥にある部屋だ。
言わずもがな、ハズレに違いない。
「さ、最悪だ…。」
「言うな、清二。それ以上は俺たちの心が持たない」
2人して慰め合いながら、俺たちは部屋の前までやって来た。
150キロある扉に、互いに感銘を受けた俺たちは、2人で一緒に扉を開いた。
清二は部屋に着き次第、風呂を沸かす作業に没頭し始めた。
俺はというと、やることもないのでOFFにしていた携帯を椅子の上でONにする。
綺麗な音を奏で、液晶画面がパッと光を放つ。そして、悲劇は起こった。
着信履歴 231件
「うおおおおおおおおおお!?」
「ど、どうした修平!?」
風呂場から聞こえる清二の声、返答をする暇もなく愕然とする。
衝撃的なハプニング、履歴を順になぞる、親父、親父、親父、親父、親父……。
羅列する親父の文字の合間に、1つだけ妹の名があった、注意を促そうと電話してくれたのだろう、しかし、時すでに遅し。
「美、美咲の奴…!」
何ということだ、触れてはいけない禁句に触れやがった。
妹と美咲、つまり俺たち3人の中の暗黙の了解の1つ、親父には触れるな、それを破るとは、よほど怒っていたのだろうか、いや、それにしても明日は大変だ。
俺の運命は決まってしまった、うつ伏せになり布団に潜る。
今日という日をなかったことにしよう。
俺はこれから先に起こる未来を予想して眠りについた。