□2話 相部屋
人は予想だにしない事態に陥った時、総じて奇怪な行動を取ることが多いらしい。
無論、群集心理に長けた人物ならばその行動を回避することも容易ではあるが、生憎、落ちこぼれ代表の俺こと、神谷修平がそれを回避するのは不可能といっても過言ではない。
事件は、苦労の末に見つけた自室前で起こる。
「…開かないぞ、この扉…」
普通に手動で開けられるタイプのはずだ、押すと開けることが出来るはず。
ドアノブを回して押したり引いたりもしてみるが、動かない。
「鍵でもかかっているのか…?」
扉の隙間を見る。
見て分かったが、鍵はかかっていないようだ。
故障しているわけでもないだろうし、何が原因なのか理解できない。
「くそっ」
ガチャガチャと音を立て、必死にドアノブに抵抗の意志を見せる。
体重をかけて、押してみる。
「ふぬぬぬぬっ!」
動かない、どういうことだ。
実は何処かにICカードを挿す場所があり、それを見逃しているだけなのか。
だが、入学説明時に寮の話は出たが、扉には一切触れられていない。
部屋の内装こそパンフレットに書かれているが、扉の形状など書いてるはずもない。
「何を見逃して…、…!?」
その時だった、下腹を中心に強烈な何かが迫る。
「…ト、トイレ…!」
その正体は尿意、気付かなかった、そういや今日は1日中ずっと拘束されていたのだ。
入学式、説明会、そこから寮の説明会、そして数分以上の直進後、現在に至る。
迫る尿意、俺はトイレの居場所が寮内の何処にあるか、パンフレットを探る。
「部、部屋の中…だと…!?」
その事実はパンフレットの寮内項目に、意気揚々と顔文字付きで書き記されていた。
“お風呂、トイレ、ロッカー、全て最新鋭の物を部屋の中に完備! (^。^)y”
「Oh sit!」
ガチャガチャガチャ!
最早、形振り構っていられる状況じゃない、険相な顔つきで救いを求める。
だが、扉は一向に開かない。
何か特殊な開け方でもあるのか、俺がそれを見逃しているだけなのか、しかし、パンフレットからその内容のみを探し出す猶予など、とうにない。
絶体絶命の状況下、俺は眼を見開いた。
「そうか、わかったぞ!」
謎は全て解けた。
俺は扉の前に正座し、お辞儀する。
「扉様、開けて下さい、お願いします!」
きっと、この扉は心を持っているに違いない、俺はそう確信した。
最新鋭の設備だ、こうやって部屋主にふさわしい人物なのかを見極めているに違いない。
部屋主として、扉に対して礼儀を保たなければ真の部屋主とは言えない、ということだ。
俺は一言、“勝った”、そう心の中で呟き、首を上げた。
……………。
「NOOOOOOOOO!」
ガチャガチャガチャガチャ!
俺がバカだった、扉に心があるわけがない、無駄な時間だった。
もう、尿意でどうにかなりそうだ、右脳と左脳が同時に思考停止寸前まで来ていた。
そこに、救世主が出現する。
「な、何してるの…お前…?」
長身痩躯の男、自然に揃った茶色の髪に、引き締った筋肉が体格を見栄えさせる。
鋭い顔が印象的だが、反対に、場所を問わず、自然に声をかけられそうな柔和な雰囲気も持ち合わせているような気がする。
「と、扉が…扉がぁ…!」
「と、扉…? ちょい、貸してみろよ!」
一声かけられ、扉の前を占拠していた俺は、即座に避けた。
男が扉に力を入れて押すと、開かなかった扉に異変が起こる。
「お、おお…!」
徐々に開き始める扉、男が更に体重をかけると、扉は完全に開いた。
「ふぅ…こんなとこか…」
扉を開ける、ただ、それだけの行動で男2人は汗だくになった。
部屋の中に入り、俺はトイレに繋がっている扉を反射的に開けた。
ホテルにあるような、ユニットバスとトイレが一緒にあるタイプだ。
扉を閉めて、鍵を閉めると、俺は先ほどまでの苦労を一気に解消する。
「い、生きてるって素晴らしい…!」
極限の状況までの我慢、そして解放。
誰もが一度は体験し、そしてこの感動を分かち合うことが出来るはず。
事を終え、部屋の中にいるもう1人の人物に話しかけた。
「サンキュ、助かった」
「おう、困った時はお互い様じゃねぇか、お前がオレの同室者だろ?」
「ああ、多分そうだ。俺は、神谷修平、G班所属予定だ」
「オレは朝倉清二だ。M班所属予定、これからよろしくっ!」
握手を交わす、出会って間もないが気楽に付き合って行けそうな感覚がする。
俺たちは、暫しの間、荷物整理をしながら、置き場所などについて話し始める。
部屋の中は7、8畳程度の広さに、先ほど俺が入った浴室とトイレを足す程度だ。
片隅には、備え付けのロッカー、その反対側に二段ベッドが置いてある。それと、自分たちで置き場所を決めろとでも言わんばかりに、2つの机と椅子が適当に置かれていた。
「修平、上か下かどっちがいい?」
二段ベッドの場所割だろう、1度助けて貰った身分の俺は清二に選択権を譲る。
「俺はどっちでもいいよ、清二が選べよ」
「お、そうか。なら、オレは下がいいな」
そう言うと、清二は圧縮されていたのであろう布団を取りだすと、下に敷いた。
俺も、上の段に繋がる階段を利用して布団を敷いた。
だいたいの荷物整理が付き始めると、お互いに楽な体制になる。
俺は上で布団に転がり、晋三は下で布団に転がった。
「さっきは本当に助かった。お前いい奴だな、清二」
「なに、どうってことねぇよ。つか、あの扉クソ重いよな、どういう仕様だよ」
「だよな、押しても引いても開かないし、もうダメかと思った」
「後でオレ達の部屋だけなのか、事務に問い詰めてみようぜ」
「ああ、そうしよう」
俺たち2人は他愛もない会話を繰り広げ続けた。
数十分後、2人一緒に示し合わせると、俺たちは部屋の鍵を閉め、夕食に向かった。