埋火
しかし、どんなことがあっても自分で守り抜くとあの時思った子どもたちを、私は4年後の今手離そうとしていた。それどころか、私は日本すらも離れようとしている。
ただ……これこそがこの子たちを一番幸せにできることなのだ。そう思っていた。
もう日本に戻ってくることはないだろう。そう思った時、私は最後に加奈子さんの声が無性に聞きたくなった。お店の片づけが終わったであろう頃を見計らって電話を入れる。数回のコールの後、陸君が出た。
「加奈子さんいる?」
「ああ、未来さん?いるよ。ちょっと待ってね。お袋、電話!未来さんから……何? ちょっと待ってて? 早くしなよ……相手千葉だぜ」
私は陸君のなんてことはない『お袋』発言にぴくんと肩を震わせた。
陸君ももう23歳、この春からは名古屋市内の会社に勤める社会人だ。私と出会った頃の、あの中学生と見紛うくらいにかわいい陸君じゃもうないのだ。頭ではそう解かってはいるのだが、何だか心はついていかなかった。私は彼らに初めて会った日、加奈子さんが陸君の『俺』呼ばわりを嫌がっていた気持ちが少し解かった気がした。
私も、初めて達也に「お袋」と呼ばれる時には、やっぱりそんな複雑な思いになるのだろうか。
……でも、私にはそんな日さえもう来ないのだ。そんなことを思っていると、加奈子さんが電話口に出てきた。
「未来ちゃん、何か用?」
「陸君、お袋なんて言い方するんですね」
「そうよ、その内あれよあれよと言う間にお祖母ちゃんって呼ばれるのよ、きっと…この間ね、陸、彼女ウチにつれてきたのよ。良い娘なんだけどね、やっぱ複雑。未来ちゃんも覚悟しなさいよ、まだまだだと思ってるでしょ。達也君だってすぐなんだから」
複雑だと言いながら何だか楽しそうな加奈子さんの口ぶりに、私は一瞬自分の決めた計画を止めようかと思った。手離したら最後、絶対に何度も後悔するだろうなと。
だけど、今ここで思い留まったら……私は何故進まなかったのだろうとやはり後悔するだろう。
どっちにせよ、失ったものの方は一生、私の中で埋火のようにくすぶり続けるのだ。加奈子さんが選べなかった亮平さんとの未来や、ママの龍太郎さんとのことのように……
-Fin-