皮肉
「相手は戸森千夏って言ってね、私が結婚で辞めた後入ってきた娘なの。
その娘は私たちの結婚を後押ししてくれた小久保さんっていう人と付き合っていたんだけど、小久保さんには離婚歴があって…結局別れた奥さんの所へ舞い戻ったの。上司だった修司は落ち込む彼女の相談に乗ってる間に、深間にはまった。当時の私は陸と瞳の子育てが最優先で、その上どんどんと太っていって…お世辞にも修司に『きれい』なんて言ってもらえるような女じゃなかった」
「だからって、それが不倫して良いって事じゃないでしょ?」
「それはそうだけどね。一時は本当に彼女を選ぼうかとも思ったらしいわ。だけど、結局仕事を辞めてまで修司は私を選んだ。何故だと思う?」
いきなりそういう風にふられて、私は口を結んで頭を振った。
「私がダイエットしたから。彼、私がそのことに気づいて痩せるほど悩んでると思ってたみたい。私がダイエットを始めた頃、修司ってものすごく無関心だった。服のサイズが変わろうが、お腹が凹もうが何も言ってはくれなかった。でも、ホントは無関心じゃなかったの。痩せた原因を私の口から聞くのが怖かっただけ。私も、ちらっと浮気してるんじゃないかとは勘ぐっていたこともあったけど、でも私は気付いてなかった。その内、私は亮平との恋に堕ちて、私の方が修司のことを見なくなった。彼、そんな私のところに戻ってきたのよ。どうしてあの時、正直に彼女のことを言ってくれなかったんだろう。そしたら私…亮平のところに行けたのに…皮肉でしょ?」
それは皮肉というのだろうか……私には持つべき答えがなかった。
「でもね、亮平のところには行きたくたって行けなくなってた。私が修司のことを知ったのは、つい最近のことだし、そうでなくても、亮平は私と別れたすぐ後エルちゃん……奥さんのハンドルネームなんだけどね……本名の香織さんって呼ぶよりやっぱりそっちの方がしっくりくるわ、と結婚して、程なく息子さんが生まれた。普通、ネット落ちしてたらそんなこと知らなくていいはずなのにね」
加奈子さんは画面の【カンナ】ちゃんを優しくあやす様に見ながら話を続けた。
「修司の友達が岐阜にいてね、なんとその息子さん同士が友達になっちゃったらしくて……偶然修司が電話したとこにエルちゃんが居合わせたらしいの。偶然を装って3年後エルちゃんが亮平を連れてお店に来た時には、思わずフリーズしちゃったわよ」
「うわっ、きつっ」
何なの? 3年も経ってるのに、かつての彼女のとこに乗り込んできたわけ!?
「でも、なんとなくエルちゃんの気持ちは解かったのよ。私たちが付き合っていた時から、エルちゃんは亮平のことを好きだって気付いていたから……修司の友達なら、きっと私たちがずっと仲良く過ごしているように言うだろうしね。ホンの遊びのつもりだったんだろうと、怒ってたんだと思う。遊びじゃなかったけど、選べないなら『結局同じことだ』と別れの時亮平にもそう言われたし」
そうだ、どうせ選べないのならひと時の気の迷いだと思った方が良い。そう思って、私も秀一郎を突き放した。あれから、急速に明日香に歩み寄っていった彼に、私は寂しさも感じているけど後悔はない。何より私にはこの子たちが残った。
「ちょっとホッとしました。修司さんが、『加奈子が荒れてる』って言ってたから、内心心配してたんです」
「修司、そんなこと未来ちゃんに言ったの? ま、でも荒れてたのはホントだからしょうがないかな」
「ホントなんですか?」
「ええ、女の瀬戸際だからね、私」
加奈子さんはそう言って笑った。