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埋火  作者: 神山 備
3/6

さびしさの果てに

「私ね、前に話したことあったかしら、MAX103kgあったのよ」

 私が彼らにはじめて会った日、修司さんは加奈子さんのことを『とんでもないデブだったんだぜ』と言ったが、三桁を超える数字で聞くとその凄まじさが余計伝わってくる。逆に、現に太っている人たちは何kgなのかを知らないから、加奈子さんがその時どんな感じなのかわからなくて、いきなりお相撲さんを想像して私は首を振った。そりゃ、いくらなんでも行き過ぎだ。

「修司は仕事人間だったし、丁度仲の良い女友達たちも同じように、結婚・出産ラッシュでね……今から考えると、私はたぶん食べることにしか楽しみを見出せなかったんだと思うの。でも、そのわずかな楽しみが、私の中の感覚を狂わせていったの。1回だけ見ると少しだけのオーバーなんだけど、まさに『塵も積もれば山』なんだと思う。だから、簡単には痩せる方法が見出せなかった」

 そう、人間は誰だって自分を基準にしてしかモノを見ることができない。世の多くの女性たちが『普通に食べているだけなのに……』と嘆きながらダイエットをと呟くのは、そうしたところなのだろう。普通が普通ではないのだと気づければ、多くの人が痩せられるのかもしれない。

「だけどね、私はたまたま料理のレシピを見るのに入り込んだブログでそれに気付かせてもらえたのよ。人ってね、なんと1日190kCalオーバーし続けるだけで、年に10kgも太れるのよ。190kCalって言えば、今川焼が一つ食べられるかどうかってとこなのよ。たったそれだけ」

今川焼一個増やすだけで年間10kg増か……『その一口がデブの素』とはよく言ったものだわ。

「で、ダイエットブログを始めて知り合ったのがその…エイプリルさん、綿貫亮平という男なの」

加奈子さんの口からいきなり出てきた相手の本名に、私はごくりと唾を飲み込んだ。


「彼優しくてね、私の小さな変化にもいちいち反応してくれるの。だから、休みの日にまで仕事だって言って出て行く修司と気持ちが逆転してしまうのも早かった。私は痩せたい以上に前を走っていく彼と一緒に歩いていく感覚が楽しくてダイエットに励んだわ。私たちは競うように痩せて、一足先に彼がゴールを迎えた」

 今や、加奈子さんと二人寄り添って商売している修司さんが仕事に没頭して家庭を蔑ろにしていたなんて、私にはにわかには信じられなかったけど、ことお好み焼きに関する真剣さは知ってるから、前の職場でも一生懸命だったのは解かる気がする。

「ゴールを記念して、彼がオフ会を企画したの。多分、彼も怖かったんだと思う。ネットなんて落ちてしまえばそれまでだから。そこでリアルとして出会った私たちは、深い関係になった。彼、子どもたちを連れて岐阜に来いとまで言ってくれたのよ。でも、行けなかったの」

「どうして……」

「私が修司と別れることはできても、子どもたちからパパを取り上げることができなかったの。特に瞳は……あの子、子どもの頃手を振るだけで泣きだすくらい、家族と離れることを怖がる子だったの。別のパパができたから良いじゃない、そんなことは言えないでしょ。

ちょうどその時だったの、修司が今のお店を始めようと言いだしたの。全然私のことなんか見てなかったと思った修司が、ちゃんと私のことを見ていてくれていた事も嬉しかったし、もう何もかも全部忘れて新しい土地で、新しい気持ちで始めようと思った」

そこまで語り終えた加奈子さんはそこで小さくため息をついた。

「でもね、そう考えたのは私だけじゃなかったの。修司が脱サラを決めた本当の理由…長年務めた会社の業績が以前ほど上がらなくなったのももちろんだけど、彼にもリセットしなきゃならない女がいたのよ」


ええーつ! ……ってことは、修司さんも不倫してたってことなの!? 私は危うく大きな声を出して、子どもたちを起こしてしまいそうになるのをやっとのことで抑えた。



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