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4 魔王は結構乱暴です

 異世界に来て一年未満で、私は魔王のペットになった。

 ぎゅうっと拳を握ってから、小さく溜息を吐く。

 魔王が私に入っていろと言ったのは、宙に吊り上げられた鳥篭みたいな檻の中だった。

 鳥篭、とは言っても、結構広い。6畳くらいだろうか。丸いからよく分からない。

 隅っこには魔王が寝ていたベッドに似た天蓋つきのベッドがあるし、それとは逆側の端っこには衝立がある。

 そこには簡易トイレみたいな奴があって、粗相するならここでしろ、なんて躾みたいなことまで言われた。

 檻はきちんと閉じられて、今度はしっかり鍵も掛けられている。

 そして何より檻自体が空中に吊り上げられていて、万が一扉が開いてもそこに近付く勇気を持つことは出来そうにない。


「……なんでこんなことに……」


 鉄製の床の上に敷かれたふかふかの絨毯へ座り込みつつ、小さく呟く。

 これから、私はどうなるんだろうか。


「おや、おや、おや。元気がないね」


 そこへ声が掛けられて、私は顔を上げた。

 籠の向こうからこちらを見ていたのはオレンジの目をした宙に浮かぶ魔物で、やっぱりどう見てもピエロに見える格好をしたそいつが、ふわふわと漂う右掌で頬杖を付いたような格好をしたまま浮いている。


「えっと……」


 この魔物は何て名前だったろう、と思って見つめると、サンディルタだよ、と私の疑問に答えるように魔物が言った。


「サンディルタ、さん」


「丁寧な人間だね、呼び捨てたっていいのに」


 くすりと笑われて、いいやそれは無理です、と心のうちだけで反論する。そんなことをして、気を悪くしたら私の末路はイコール彼らの胃の中だ。

 ぎゅっと拳を握ったままで、さっき誰にも向けられなかった問いかけを、目の前の相手へと零す。


「その……私は、家に返してもらえるんでしょうか」


 返答次第では、ここから飛び降りることを考えなくてはいけない気がする。

 じっと目を見つめて訊ねた私に、そうだねぇ、とサンディルタさんが呟いた。


「魔王様がお前に飽きて、気まぐれを起こさなければお返しくださるかもね」


「気まぐれを……起こさなけれ、ば?」


「魔王様は人間をあまりお食べにならないから」


 それは意外だ。

 目を丸くする私の前で、にんまりとサンディルタさんが笑う。


「まあ、まあ、まあ。それでも、たまには珍味を食べたい気分だってあるからね」


「…………」


 それはつまり、私を食べてみたいと思ってしまったら終わりということだろうか。

 何だか絶望的な気分になって、私はずるずるとサンディルタさんが居るのとは逆側へ移動した。

 丸い籠の端まで行けば、必ず檻の格子が背に当たる。

 そこで振り返って、檻を掴み、じっと真下を見下ろす。

 かなり高い。

 落ちたら、怪我しちゃったじゃすまない高さだ。下手をすれば死んでしまうと思う。

 そう思いながら、それでも真下を見つめていた私の上に、ふわりと影が落ちた。

 見やれば、向こう側から檻を迂回してきたらしいサンディルタさんが、オレンジ色の目で私を見つめていて。


「まあ、まあ、まあ。大人しくしておいで。魔王様のご不興を買わなけりゃ、それなりに可愛がってくださるよ」


 格子から入り込んだ手に頭を撫でられても、ぜんぜん嬉しくなかった。




+++




 私の入っている籠が吊られているのは大きな塔の中で、どうやら窓が近くにあったらしい。

 瞼を光が差すような眩さに、私はゆっくりと目を開いた。


「……ん……」


 どうやら、あれから眠ってしまったらしい。

 やわらかな絨毯の上で体を起こして、ごしごしと目を擦る。

 ふわーとあくびをして、それから伸びをしてから、きょろりと檻の中を見回した。


「……えっ!?」


 そして、そこにあった人影に、びくりと体を震わせる。

 何故か、私の隣に魔王が転がっていた。

 朝日を銀髪が弾いて、きらきらしていてとても綺麗だが、そういう問題じゃない。

 何をしているのだろう、この魔物は。

 じっとその顔を見つめて、目を覚まさないことを確認してから、そろりとその側を離れる。

 白骨化するほど眠ってたくせに、何でまた人の隣で寝ていたんだろうか。

 首を傾げつつそんなことを考えた私は、それからふと魔王の手を見て、少しだけ眉を寄せた。

 その手には、鞘に収めた剣があった。

 刀身は見えないが、その黄金色の柄は、どう見ても私が昨晩魔王の上から取り去った剣だ。

 もしかして、と思いながら、そっと手を伸ばして、剣に触れる。

 そのままくいっと引っ張ると、魔王の手は簡単にそれを手放した。

 それと同時に魔王の体が揺れて、驚き見やれば、ゆっくりと魔王が眼を開ける。


「…………眩しい」


 いらだたしげに呟いてから、魔王の目が私を見る。

 寝起きのぼんやりとした視線が私の顔を撫でて、それから私の手にある剣へ向けられ、そして両手で隠された。


「…………油断した」


「あの」


「それは置いておけ」


 問いかける前に命令されて、素直に剣を絨毯の上に転がす。

 起き上がった魔王がそのまま立ち上がり、軽く首を横に振った。

 それからその目がこちらを見て、にやり、とその口元に笑みを浮かべる。


「よく出来たな、ミツ」


 優しく囁いて、伸ばされた手が私の頭を撫でる。

 もしかして、やっぱり、この剣の『眠る』術とやらに掛かっていたのだろうか。

 今までそれで眠らされていたくせに、どうして学習しないんだろうと、私は呆れた顔になる。

 にやりと笑った魔王が身をかがめてきて、その両手が私の両わきに触れた。


「あ、あの……?」


「立て」


 言いながらぐいん、と持ち上げられて、そのまま立つことを強制される。

 戸惑いながら、私は自分よりかなり大きい魔王を見上げた。

 アルフォルトさんも大きかったけど、魔王は更に大きい。

 いくら私が小さいほうだとは言っても、これは酷い差だ。いろいろと不公平だ。

 そんなことを考えながら魔王を見上げると、魔王の手が私の頭に触れる。

 くいっと髪の毛を引っ張られて、私は身じろぐことなく、何がしたいのかと魔王の動きを見守った。

 数回人の髪をくいくいと引っ張った魔王が、ふむ、と呟いてから、私の体に掌を戻す。

 そのまま荷物のようにひょいと腰へ抱えられて、私は目を丸くした。


「あの?」


「ペットの面倒を見るのは飼い主の務めだからな。行くぞ」


 そう言葉を置いて、魔王が檻の中を歩き、鍵の掛かっていた扉を開く。

 そのままひょいと外へ出て、まるで宙に足場があるように歩き出した。

 一歩進むたびにぐらぐら揺られながら、体を下向きにされたままの私は、目の前の光景にひいと声を漏らす。

 明るいから、床までの距離がよく見える。

 高い。かなり高い。

 もしも魔王がここで手を離したら、私は下へと一目散だ。

 思わず、両手で腰を抱える魔王の腕を掴む。

 頼れるのがこの腕しかないなんて、とてつもなく不幸じゃないだろうか。


「ミツ?」


 魔王が名前を呼ぶけど、それに答えている暇なんてない。

 ぎゅうっと魔王の腕を掴んだままの私がそこを手放したのは、目の前に広がる足場がとても近くなってからだった。

 もう私が歩ける高さだというのに、魔王は未だ私のことを手放さない。

 そのほうが速く移動できるからだろうか。

 それにしても、今度はおなかが痛い。

 どこまで行くんだろうかと、魔王に小脇に抱えられたままで周囲を見回してみる。

 一番奥には私が居た籠のつられている塔の入り口があって、私と魔王はそこから伸びる廊下を移動中だった。

 行き先が見たいけど、頭が後ろ側にある以上、何も見えない。

 ううんと悩んだところで、ぴたりと魔王の動きが止まる。

 どうしたのかと思っていれば、ぽい、と抱えられたとき以上の唐突さで手放されて、私は床へべしゃりと落ちた。


「なんだ、どんくさいな」


 私を見下ろした魔王が言うのを聞きながら、そっと起き上がって体に付いた汚れを払う。

 せっかくティアルダさんに貰った服なのに、汚れては困る。

 ちらりと魔王を見上げると、赤い瞳が何だかとても楽しそうに細められていた。

 そしてその手ががしりと私の頭を捕まえて、そのままぐいぐいと引っ張られる。


「こっちだ」


「あ、あの、わ、ちょ、」


 その連れて行き方はどうだ、と問いかける前に、転びそうになって慌てた私は魔王を追いかけた。

 そのまま連れて行かれたのは通路脇にあった一室で、中へと入ってすぐにあった物に、私は目を丸くする。

 そこにあったのは、お風呂だった。

 ティアルダさんの家で入らせてもらったのと同じだ。

 湯気の立つ水がなみなみと入った大きな湯船に、桶が一つに脱衣場所があるとなれば、明らかにお風呂だ。

 魔物ってお風呂に入るのか、と思ったところで、びりっと嫌な音が肩口からする。

 それに気付いて視線を動かした私は、服で覆われていたはずの肩が露になっていることに気が付いて眼を見開いた。


「……え?」


「やっぱり、人間の服はもろいな」


 魔王の声が落ちてきて、そのまま視線を向ける。

 魔王の手には布切れがあって、その柄はどう見ても私が着ているものと同じで。


「……ま、魔王様」


 そっと呼びかけると、なんだ? と答えた魔王がこちらを見た。

 赤い瞳はとても楽しげで、いいやそういう場合じゃない。


「その……何をなさってるんですか」


「ペットを湯浴みさせるのも飼い主の務めだ」


 問いかけている間にも魔王の手が伸びてきて、びり、びり、と服が破かれる。

 慌てて両手で体を抱え、私は少しだけ魔王から離れた。


「け、けけ、結構です!」


「何を言うか、その髪のもつれ具合を見てみろ。俺のペットになったんだ、身汚いのは許さん」


 せっかく距離を取って訴えたというのに、鼻を鳴らした魔王には効果が無いらしい。

 どうしろっていうのかと、私は頭がくらくらするのを感じた。

 このままだと、確実に裸に剥かれる。

 魔王にその気が無いとしても、多分男だろう魔王の前で裸になるなんていやだ。

 日本人はそれなりに恥らう文化を持っているのだ。


「じ……自分で!」


 だからこそ、私は魔王を見上げて訴えた。


「自分で入ります! 自分で入ってちゃんと綺麗にします!」


 私の言葉を聞いた魔王は、少しだけ面白くなさそうな顔をした。




+++




「長くは待たん」


 どうにか魔王が引き下がってくれて、扉の外へと出てしまってから、私は大急ぎでお風呂に入った。

 もし汚かったらやり直すとまで言われたから、必死になって髪を洗う。

 この世界にはシャンプーやリンスやコンディショナーなんてないから、石鹸で洗ってるだけだけど。

 それからじゃばじゃばと丁寧に石鹸をお湯で落として、石鹸を泡立てたタオルで体を擦って顔も擦って、その後きちんと泡を流して、そして脱衣場所へと素早く移動した。

 今、何分くらい経っただろう。

 とにかく、外で待ってるだろう魔王が踏み込んでくる前に、体を拭いて着替えをしなくてはならない。

 籠が二つあって、そのうちの一つに入っていたタオルを取って、自分の体を手早く拭った。

 それから髪を丁寧に丁寧に拭いて、ちらりと先ほど破かれてしまった服を見る。


「ティアルダさん……」


 せっかく貰ったものだったのに、上着はもはや見るも無残な姿だった。

 これじゃあ、もう着ることはできないだろう。

 はあと溜息を吐きながら、着替えらしい服を手に取る。

 男の人のボクサーパンツみたいな下着が、この世界での女性の普通の下着らしい。

 それを用意した魔王に驚くべきか、誰が持って来たのかと聞くべきなのかも知れないが、気にしたら穿けなくなりそうなので、必死になって自分の中の疑問を追い出す。

 この世界にはブラが無いので、タンクトップも着込めば、下着を着込むのは終わりだ。

 それから今度は服を掴んで、広げてから眉を寄せた。


「…………これ、着るの?」


 それは、どう見てもドレスだった。

 ティアルダさんが着てるのだって見たことが無い、ふりふりしてふんわりしたものだ。

 どうしてこんなものを着なくてはいけないのかと思いながら、裾を濡らさないように下から被って、ぐいっと引き降ろす。

 似合うかどうかは分からないけど、着るものはこれしかないのだから仕方ない。

 それから長い袖に腕を通して、そのまま着ようとしてから、はた、と気が付いた。


「……背中が」


 服の留め具は後ろについているから、手が届かない。

 むっと眉を寄せつつどうにか留めようとしてみるけど、無理だった。

 五分くらいの格闘の後で、溜息をこぼしてから、そっと扉に触れる。

 戸を開くと、そこには待っていたらしい魔王が居た。


「遅いぞ。ちゃんと綺麗にしただろうな?」


 問いかけてくる声に頷いてから、お願いがありまして、と言葉を零しつつ、彼へ向かって背中を向けた。


「留めて貰えませんか?」


 ブラは付けてないけど上着を着ているから、日本人的にはそんなに恥ずかしくない。

 どちらかと言えば、仮装衣装を着込んでる感覚だ。

 私の言葉を聞いた魔王が、少しだけ黙ってから溜息を吐いて、その手をこちらへと伸ばしてくる。


「……お前は、やっぱり妙な生き物だな」


 なんでまたもそんな失礼なことを言われたのかは、よく分からなかった。


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