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愛の形に基準なんて必要ない

作者: 新宮秀太
掲載日:2026/10/19


愛の形に基準なんて必要ない


プロローグ 砂埃の舞うグラウンドで…


 あの日、僕は彼女の目に惹かれた。

 運動が好きでも嫌いでもない僕にとって体育祭は退屈だ。対して運動ができるわけでもないのに、ただサッカー部というだけでリレーのアンカーを任された。前の走者からバトンが渡ったとき、一位のクラスとはせいぜい二、三メートル離れているだけ。中学最後の体育祭だからここだけは活躍しなきゃと思い全力で走り、すぐに追い抜きそのままゴールテープを切る。クラスメイトからの歓声を聞いて、その方向に笑顔を返す。その時、確かに見た。中学二年生に進級するときにうちの中学に転校してきて、三年生に同じクラスになった白河理恵さん。彼女は笑ってこっちを見ていたが、その目には砂埃を被っていても美しく輝くステンドグラスのような光沢が確かにあった。多分、その日からだ。自然に彼女を目で追うようになったのは。

 僕にとって彼女の存在は、所謂、高嶺の花だ。容姿が整っていて勉強ができる。そんな彼女と僕とでは格の違いがある。あ、でも別に彼女の存在を知らなかったわけではない。あのテストから、ずっと彼女の存在を認識していた。


第一章 君に抱き始めるおもい


 体育祭のほとぼりが冷めた頃の昼休み、ただ特にやることもなく教室の窓側にある自席で小説を読みながら、現実逃避が口からこぼれたように呟く。

「…カラオケに行きたいな。」

ただの独り言に返事が帰ってくるとは思わなかった。

「カラオケに行きたいの?」

その声の主がいる方向を見て驚いた。今まで話すことがなかった白河さんがいた。驚いて声が出せずにいると、

「驚かせちゃった?ごめんね。」

と、はにかむような笑顔で返してきて僕は、静かに恋をしてしまった。その笑顔に。彼女に。月夜が照らすステンドグラスのような美しい光沢を瞳に宿す彼女に恋をした。


 ただ早く帰りたいと思っていた体育祭の日、なんの競技か忘れたけど私たちのクラスが勝ったときに、悲鳴のような歓声がしたのでその方向を見ると彼と目があった。福田秀人くん(同じクラスで彼は運動部ということしか知らない)と。確かにこちらを見てた。私はニコッと笑って返した。

 特にやることのない昼休み、私は早く帰りたいなと思いながら教室を歩いていたら、一人の男子の呟きが聞こえた。目があった体育祭の日から話したいと思っていた福田秀人くんから。

「カラオケに行きたいな。」

彼はただの独り言のつもりなのだろうけど、私は彼と話したくて、

「カラオケに行きたいの?」

と聞いていた。彼は私を見て驚いた顔をした。その顔を見て静かに、可愛い表情だなと思ってしまった。いつもは同級生にそんなこと思わないのに。私は体育祭の時とは違う、少しからかうような笑顔で、

「驚かせちゃった?ごめんね。」

なんだろう、彼を見てると不思議と私のすべてを受け入れてくれるんじゃないかと思ってしまう。今まで期待通りにならなかったのになんでまたこう思ってしまうんだろうか。


 「ああ、うん。なんかテスト明けとかに行きたいなあって。」

あの日から気になっていた女子から話しかけられるとは思っていなくて、手元の小説に栞を挟んで閉じるという簡単な作業に時間がかかった。

「白河さんも、カラオケとか行くの?」

緊張のあまり、辿々しい感じで話してしまった。何緊張しているんだ。

「友達と行くことはないかな。友達といえるぐらい仲がいいといえる人いないし。」

「そうなんだね。」

ただの他愛のない会話のはずなのに、すごく有意義な時間に感じられて幸せな気分になった。少し申し訳なさもあったが。

「でも、いいじゃん。私も行きたい。」

体育祭の時見た笑顔ともさっきのはにかむような笑顔とも違う、今度は心から笑っているように見えた。その目にはさっき見た月夜が照らすステンドグラスのような美しい光沢を宿していた。僕はその美しい瞳とその笑顔に恋をしてしまったかも知れない。

 初めて彼と話した日の放課後、私は吹奏楽部のアルトサックスパート練習で空き教室で練習をしてたら、同じサックスパートの藤原くんから、

「今週の日曜にテストに向けて吹部のメンバーと勉強しない?色々教えてほしくて。」

私に教えてもらうより、自分で調べたほうが早いだろうと思って断ろうと思った。表向きは。でも本音は私のことを秀才としか見てないんだなと思った。私は良い機会だと思い、

「うん。いいよ。じゃあさ、秀人くんも誘ってくれる?彼にこの間数学でわからないところがあるから今度教えてって言われたから、丁度いいかなって。」

「ああ、うん。わかった。誘っとくよ。」

彼と勉強したいのは嘘、教えてと言われたこともない。本当は彼と話をしたいだけ。家族を含め、今まで話したことのある人と比べると、彼はとても話しやすくて、聞き上手だと思った。彼と話したくなった。だから彼を誘ってもらった。自分に嘘をつくのは何回もしているから何も感じなくなった。そのせいか分からないけど、心から感情を表現できなくなった気がする。いつからだろうか。でもそのいつかから今日の昼休みまで、彼と話すまでは自分の表情筋から表情を出していたけど、久しぶりに心から感情を表現できたと思う。とても優しい人と出会えたという喜びを心から感じれた。

多分、その喜びが笑顔に出たんだと思う。心から笑っているような笑顔が。窓の外のグラウンドで部活の休憩をしている彼を見ながらそう考える。彼、サッカー部なんだ。


 「はあ、あっつ。」

体育祭が終わり、サッカー部は夏の大会に向けて練習が本格的になったことでより厳しくなった。部活の休憩中、三年間聞いてる声が聞こえた。

「なあ、暑いよな。部長、あんなに張り切ってるの久しぶりかもな。」

中学から仲良くなり、三年間同じクラスで同じ部活の中島が共感するように話す。

「あいつが張り切るの、体育祭とか年一回にある行事が近くなるときだよな。こないだの体育祭だって部活動対抗リレーで勝つために走り込みの練習とかしたよな。というかその張り切りをテスト勉強に向けたい。」

「それを勉強に向けて勉強したところで数学は絶望的だろ。」

「はいはい、勉強ができるお前は今回も全教科八割超えを目指すんですね。」

「いや今年からは九割目指す。」

「羨ましいよ、その学力。二割ぐらい分けてくれよ。そうすればお前と同じぐらいだからさ。」

「お前なあ…。そういえば、今日昼休み、白河さんと何話してたんだ?あの人、お前にすっごい笑顔向けてたが。」

「ん?あれか?あれは僕の独り言に反応してそこから話してただけだよ。ん?」

「どうした?」

「いや、なんでもない。」

白河さんがこっちを見ているのに気づいたので中島にバレない程度に手を振る。彼女も静かに笑顔で手を振り返してきた。こんな僕に手を振り返してくれるなんて、とても優しいんだな。そう考えながら練習に戻った。


第二章 塞ぐおもいと開くおもい


 その日の夜、テストに向けて苦手な数学の課題をどうにか終わらそうと数学の問題に苦戦しながら問題を解いてたら、机に置いてあるスマホがバイブをした。そういや通知音がうるさいからほとんどのアプリの通知をバイブにしたんだっけ。そう思いながらスマホを開くと一通のメールが届いていた。中島からだ。[よう、多分だけどお前今、数学の課題をしてるだろ?そんな君に一つ報告だ。こちらは数学の課題がすぐ終わった]なんだよただの煽りメールかよと思い、こう返す。[そうか、そんな君へ僕からも報告だ。君の苦手な、大嫌いな国語と社会の課題がすでに終わっている。今頃それのどちらかをしていると思うがせいぜい頑張れ]とお返しの煽りメールを送ってやったら。[余計なお世話だ]と返ってきた。相変わらずだなと思い、スマホを閉じて置こうとしたらまたバイブした。またあいつか?と思い開いたら、吹部の藤原からだった。[明日の一時から吹部と地域の図書館で勉強しないか?]と来た。あまりにも突然すぎて「は?」と間の抜けた声が自分から出た。せめて前起きとかないのかよと思ったが、特に大した予定もないので単に[うん、いいよ]と返した。そういや、白河さんも吹部だったな。そう思い出したが今日言ったあの人の言葉が脳裏によぎる。

『友達といえるぐらい仲がいいといえる人いないし。』

もしかしたら来るだろう。今日は勉強をやめ、好きなボカロを聞くことに専念しよう。

 移動中に誰とも話すのが嫌すぎて、集合時間の四十分前に来てしまった。暇になるけど、今はあの人としか話したくない。

「早く来てくれないかな…。」

ため息交じりの呟きは誰も聞いていなかった。いや、どちらかというと聞かれなくてよかった。私は本当の自分を隠しながら生活して卒業していくつもりだった。でも、彼に出会ってからそれが変わった。彼の優しさに惹かれた。彼なら本当の私を受け止めてくれるかも知れない。そんな淡い期待を抱いていたら、吹部の遠田くん、次に平川さん、森さん、最後に藤原くんが来た。これで吹部は揃った。彼は最後に来るのだろうか。藤原くんが

「あと一人来るから来てから入ろう。」

と私たちに説明してるのを横目に彼がいつ来るか待っていたら、一台の車が私たちの前にある停車スペースに停まった。その車から降りてきたのは間違いなく、彼だった。彼は私たちを見つけてすぐ、駆けつけてきて

「ごめん、待った?」

と申し訳なさそうに言ってきた。秀人くんのその謝罪に遠田くんが

「そんな待ってないよ。暑いし早く入ろうぜ。」

その言葉にみんな賛成した。

 「この席にしようか。」

平川さんが八人席を見つけ、そこに私たち六人が座る。右端の席に私が座ると、その隣に秀人くんが座った。全員が席に座り、みんなが各教科の課題を手に取る。私は暗記が苦手なので自分で作った社会の暗記ノート、彼は数学の課題。最後の難題に取り掛かっているが、十分経っても一向にペンが進んでない。もちろん私も進んでない。その時、彼が静かに

「ねえ、ここの証明の仕方を教えてくれる?」

「いいよ。じゃあ社会を教えてくれる?暗記が苦手で、どうしても社会ができなくて…」

「…いいけど、どこで社会が得意って知ったの?」

「二年生の時の学年末テストの各教科の点数で上位十名が張り出されたとき、他の教科では一位だったのに、数学と社会は二位だったことが悔しくて一位の人の名前覚えてたの。数学は中島、九十九点、私は九十七点、たしかその時の社会はものすごく難しかったはずなのにどうやって満点なんかとったの?私なんか惜しくも八十九点だったのに。」

「ああ、あれか。あれはね、実はあなたが来る前はずっと社会だけ一位だったんだけど、二年生の冬季テストかな、その時にあなたに順位を塗り替えられてそれが悔しくて、自然と怒りが芽生えて、猛勉強したんだ。ちなみに中島も同じ理由で数学を猛勉強してた。だからその時は教えてくれる雰囲気じゃなかったから自分で勉強してなんとか点数取ったんだとね。」

笑いながらそう話す彼を見て私は本気でこの人になら本当の私を受け止めてくれるかも知れないと思った。


 「お前ら、そんな前からお互いのこと認識してたんだな。」

僕らの話を聞いていた藤原が急に口を開きそんなことを言ってきた。

「認識というか、勝手にライバル視してただけだよ。別にその時話したことがあったわけでもないし。」

「そうだよ。あの時は別クラスだったんだから別に話そうとは思わないでしょ。」

僕らの優しい(?)反論で藤原が黙り、そのままノートに目を移した。

「じゃあ、先に私から数学教えるね。」

「お手柔らかにお願いします。」

いつも中島に教えてもらってた時の口癖が出たとき、彼女はフフッと笑った。

 彼女に苦手な数学を丁寧に教えてもらったことですぐに課題が終わり、今度は自分が社会の明治以降の歴史を噛み砕きつつも重要に説明した。この時間は自分たちの得意と不得意が埋まるようでとても居心地が良かった。窓の外を見れば、太陽が沈みかけてて、窓の外を見たと同時に五時のサイレンが鳴る。そのサイレンを聞いて森さんが

「せっかくだし、隣の運動公園にあるスタバで飲み物買って帰ろうよ。」

「賛成!」

森さんの提案に森さんの親友の平川さんが大きく手を上げ賛成する。みんなは異論なしのようなので僕も賛成する。お金持ってきておいてよかった。

 図書館を出ると昼間の時よりは涼しく感じられ、さらに風も少し吹いていた、いわば適温。あるいて五分ぐらいなのでこれくらいなら歩けるだろうと思っていたが、みんな初手の階段で疲れてしまったようだ。いつも走り込みをしてる僕にとってこれぐらいなんともなかった。

 「大丈夫か?このぐらいで息を上げてたら一生スタバにはたどり着けないな。」

笑いと冗談が混ざった彼の声が私以外の人たちを奮い立たせた。少し運動ができると思っている私は彼のすぐ近くで他の人達がいる方を見ていた。

 無事にスタバにたどり着けた私たちは冷たいドリンクを買って店を出る。

「じゃ、また学校で。」

「テスト頑張れよ。」

図書館から帰る途中にある交差点で別れてそれぞれの帰路へ向かって歩く。奇跡なことに彼と同じ方向で帰る。彼とテストの話や受験の話などいかにも受験生らしい雑談をしている中、私は一つの質問を投げかける。

「秀人ってさ、自分のセクシュアリティについて考えたことある?」

「セクシュ…ごめん、なんて?」

「まあ、簡単に言えば自分の性別について考えたことあるかなって。」

「いや…ないかな。」

「そうだよね、普通はそうだよね。考えることなんてないよね。」

ため息をつきながら続ける。嫌われるかも知れない、気持ち悪く思われるかも知れない。それでも私は続けた。

「私ね…実はトランスジェンダーなんだ。トランスジェンダーっていうのは体の性と心の性に違和感を持つ人のことで、私の場合、体は女性だけど、心は男性なんだ。」

「そうなんだ。…知らなかった。」

彼から出たのはその言葉だけだった。それしか言葉が見つからなかったのだろう。でも嬉しかった。軽蔑したわけでも、嘲るようでもなかったから、初めて自分の気持ちに正直になれた気がした。


 「…知らなかった。」

その言葉しか見つからなかった。何も知らなかった。この人が、彼が自分の性別についてこんなに悩んでいたなんて。僕は彼にかける言葉が見つからず、ただ前を見た。僕らの通っている道の先に小さな公園がある。ブランコやすべり台、ベンチが2つあるだけの公園。それを見つけて僕は一つ提案した。

「そこに座って話しますか?」

彼の話をもっと聞きたくなった。いや、彼の心に寄り添いたくなった。彼も多分、少しでも長く僕と一緒にいたいのだろうから。諦めるべきだろうかこの恋を。胸が苦しくなるのはこの恋を諦めるのを心が拒んでいるからだろうか。


第三章 二人きりで…


 「そこに座って話しますか?」

彼がそう言ってくれたとき、こんな私のために寄り添ってくれるんだと思った。彼の優しさに私は素直に従った。久しぶりに自分の気持ちに正直になりたかったのかも知れない。

「ありがとう、座ろうか。」

ベンチに座って並び、彼は私を見ないで、正面を見ていた。無理に聞き出すつもりはないみたいで、私のペースに合わせてくれるようだ。全く、どこまで優しいんだか。

「あんまり、私、自分のことを人に話すことはないのだけど、あなたはものすごく信頼できて、優しい…から話すね。」

「はい、君のペースで、いつでも。」

私は自分がいつからそう思い始めたか、それを抱えていたことで前の中学校で苛まれ、蔑まれ、どれだけ傷つき、心の深い傷となっているか、トラウマとなっているか。家族がそのことを知っているのか、自分がしたい一人称、自分が着たい服とかを包み隠さず、少し重すぎるかも知れない。そうでもしないと自分の心が限界に近づいて溢れそうだった。彼は何も言わず、私の、俺の手を取り、ただ、ただ二言。

「…気づけなくてごめんね。これからは、いつでも僕に話していいからね。」

なんで謝る必要があるのかわからなかった。でも彼に謝りたい何かがあったんだと思う。彼の優しさは私のすべてを本当に受け止めてくれるほど強くて、大きくて、頼りある器なんだと初めて知った。初めてだ。こんなに私を思ってくれる人に出会うのは。

 数日後、予定通り定期テストが行われた。テストがあった3日間は憂鬱だったけど、それを乗り越えたらあとは夏休みまで学校を過ごすだけ。そう思いながら廊下に張り出された五教科の上位十名の名前を見てぽつりと呟いた。

「また、社会で負けた…。」

私は九十三点、彼はまた、満点。しかもどんな努力をしたのか、張り出された五教科全てに彼の名前があった。彼の国語は九位、ほかは十位だった。

 廊下に張り出された五教科の上位十名を見て僕は叫びたくなった。社会は満点で当然の一位、国語が九位、他三教科は十位。どんな偶然かわからないけど、こんな僕でも頑張ればここまで追い上げられるんだ。

 テスト明けには席替えが行われる。1ヶ月毎に行われるのでたまたま、テスト明けにあるってだけ。くじを引いて黒板に張り出された番号を見る。4番、一番窓際の列の真ん中の席だ。いい席を勝ち取った、みんながくじを引いた席に移動して周りの席の人に挨拶をする。隣の席の人を見てどんな偶然かと思った。白河だった。隣になった白河も驚いているのか、いつもより声が聞こえない。

「よ、よろしく。」

「ああ、よろしく。」

数日前に自分のセクシュアリティについてを僕に話したからその後ろめたさから緊張しているのだろうか。まあ、僕が気にすることではないだろう。そう考えることにした。

 席替えから数日、僕らの関係は何も変わらない。彼の苦しい相談を放課後や昼休みにこっそりと毎日聞いている。彼は僕の前でだけ、「俺」という一人称になる。彼が僕の前でだけ本当の自分になってる姿を見て僕はなんだか誇らしかった。でも、正直、彼の心の苦しみを拭いきれているか不安で、心配になっていた。でも聞き出すようなことをする気にはなれなかった。彼に無理をさせたくなかったから。

 授業が終わり、次の授業まで十分休みがある。移動教室ではないから前から読んでいる学園モノの小説の続きが読めるな。そう考えながら、引き出しから本を取り出そうとした時、隣の彼から呼びかけられた。

「ねえ、そろそろさ、カラオケ行かない?」

「そうだな、いろいろな人誘っていくか。」

本当は二人で行きたかったが、周りからしたら僕らは男女にしか見られない。正直、変な噂を立てられるのは嫌だから、他の人を誘うことにした。


 彼が他の人を誘うことに対して、本当は反対したかった。俺は彼の前でしか本当の自分になれない。だから彼だけと行きたかった。でも、そんなことをしたら、彼の親友の中島くんや他の人達からいろんな噂を立てられるに違いなかった。だから彼は他の人を誘うことにした。

「わかった。じゃあ前の勉強会のメンバーと行こうか。」

「うん、そうだね。そっちから誘ってくれるかな?」

「うん。任せて」

彼と二人きりで行けなくてもこの会話をするだけで俺の心は救われる。この安心感は恋からなっているんだろう。それぐらい彼といるだけで安心できて、自分のすべてが救われるのだから。

 今日の放課後、吹奏楽部の練習中に藤原くんをカラオケに誘う。「行こう!こっちから遠田誘っとくから、平川さんと森さん、誘っておいてくれるかな?」

「うん、わかった。」

また、心からではなく、いつもの表情筋からの笑顔が出る。それほど、彼のことが好きで、彼に依存しているんだ。最近、彼のことを見ていると嫌というほど心臓がうるさくなる。今まで、何回か恋をしたことがあるが、自分に嘘をついて無理やり諦めさせた。でも今回はそんなことはしない。俺は自分に正直になるって決めたから。


第四章 愛しいキミに伝えるこの想い


 カラオケに行くのは来週の日曜日になった。カラオケまでの学校は有意義とまでは行かないけど、それなりに楽しく過ごせた。俺の相談を彼がいつでも乗ってくれたおかげで、俺の心は軽くなった。でもその代わり、彼と話すどころか、彼を視界に入れるだけで鼓動が早くなり、近くにいる彼にも聞こえているんじゃないかと思うぐらい大きくなる。彼は俺の恋心に気づいてないのか、彼と話しているときに彼を見てると起きる鼓動や緊張を抑えるために深呼吸したり、黙っていると

「大丈夫?」

といつもの笑顔で、いつもの優しさを含めて聞いてくるから心臓に悪い。いつか、彼の優しさで心臓が止まるんじゃないかと思う。でも好きな人の優しさと笑顔を見て死ねるなら、本望だ。恐らく、今までの人生にいた俺の中で一番の幸せなのは今の俺だろう。でも死ぬのは嫌だ。彼に出会う前の俺なら、死にたいと思ってきた。でも彼と出会って、好きになってからそうじゃなくなった。今を生きたい、彼と一緒に生きたい。そう思うようになった。でも不安もある。こんな俺の想いに応えてくれるのだろうか。普通ではない俺を好きになってくれるのだろうか。そんな不安ばかり抱えていたらいつの間にか当日になっていた。俺は、前に彼に言っていた着たい服を着て、集合場所である駅に集合時間の十分前についた。そのときにはすでに彼がいた。いや彼だけいた。

 カラオケに中島を誘わなくてよかったと安堵している自分がどこかにいることを感じながら、駅に集合時間の十五分前には来て、他のみんなを待っていた。最近、彼と話していると彼が深呼吸したり、黙ったりすることが増えた。緊張しているのかわからず、そうなると僕はいつも「大丈夫?」と聞いていたが、そう聞くと彼は毎回、驚いたようにこちらを見てから何事もなかったかのように話を続ける。昨日まではそれが何か分からなかったけど、集合場所についてからそれが分かった。多分、恋してるんだろう、僕に。自惚れているかもしれない。でももしそうじゃないとしたら、その行動をする意味がわからない。まあ、何も言わないで彼にいつも通り接するのが正解なんだろう。そう考えていたら僕の次に来たのは理恵だった。いつも彼の制服姿しか見てないので彼の私服姿を見ると新鮮な気持ちというか、珍しいように思う。あの感じは彼が前に着たいと言っていた服のコーデだろうか。少しダボッとした感じのダークグレーのスラックスに全体的に白が入っており、右端に紺色の縦線が入った半袖シャツに黒の上着をを着ている。彼がこちらに気づいてこっちに向かってきた。

「おはよう。今日の服装、どうかな?」

「おはよう。前に言ってた着たい服?すごい似合ってるよ。」

「そう?嬉しいな。」

彼は嬉しそうに笑って言った。とても可愛らしい笑顔だ。


 彼が素直に褒めてくれたこと、彼が前に話したことを覚えてくれてたことに俺は素直に喜んだ。彼にとって他愛のない雑談にしか思えないのだろうけど、俺からしたら好きな人と出会ってすぐ話せたからとても嬉しい。

「この服を着て、変に思われないかなって緊張してたんだけど、秀人が褒めてくれたから緊張がほぐれたよ。ありがとう。」

「そっか。でも本当によく似合ってるよ。格好いい。」

「なっ…、格好いいは言いすぎだろ…」

「うーん、そうかな?」

彼に格好いいと褒められて素直に喜びたい気持ちが恥ずかしさに負けて、顔を赤らめながらツンデレみたいなことを言ってしまった。嬉しそうに笑う彼を見て私も釣られて少し笑ってしまう。彼は俺の気持ちに気づいていないのか、それとも分かっていてからかっているのか、どちらにせよ嬉しいことには変わらない。

「おはよう、二人とも早いね。」

彼と俺の次に来たのは遠田くん、相変わらずいつもの天パだ。

「おはよう、遠田くん。」

いつものように彼以外に見せる表情筋からの笑顔を見せる。

「おはよう遠田。珍しいなお前、だいたいこのメンツだったら最初の方に来てるだろ。」

「いやあ、昨日藤原と夜遅くまで電話してたから寝坊しちゃって。」

「何してんだか…」

彼と遠田くんのいかにも男子らしい会話を聞いてたら後ろから声をかけられた。

「おっはよ、理恵さん。今日のコーデお洒落だね。」

振り向いたら平川さんだった。

「おはよう美音ちゃん。あ、おはよう優奈ちゃん。」

平川さんの後ろに立ってる森さんにもさり気なく挨拶をすると、彼女は

「あ、おはよう。」

相変わらず仲良しだなと見てたら秀人がいる方向から聞き馴染みのある声がした。

「おはよう、これで全員か。」

「おはよう藤原。」

藤原くんが来たようだった。


 「じゃあ、予約してるカラオケに行こうか。」

全員が揃ったのでカラオケに向かう声掛けをする。僕らの地域にあるカラオケは駅近にあるわけではない。ここから二十分ほど歩く。いつも運動をしているのでこれくらいはなんともない。

 予約してるカラオケにつき、店員さんに案内された部屋に入る。みんなが席につく。理恵は自然に僕の隣に座る。

「ドリンクバーから飲み物取ってくるわ、秀人と白河さん何がいい?」

「僕はじゃあメロンソーダで。」

「じゃあ私はオレンジジュースで。」

「じゃあ私たちタンバリンとってくるね。」

みんなが席を立って部屋を出ていったことで一時的に彼と二人きりになる。

「どうする?」

「とりあえず、一曲ずつ入れとこうか。」

「そうだね。」

 何曲歌っただろうか。全員含めてどれくらいの曲を歌っただろうか。隣にいる彼はとても楽しそうにみんなが歌う曲を聞いて盛り上げている。そんな彼を横目に曲を聞いていたら、いつの間にか彼の番になっていた。

「秀人の番だぞ、今度は何を歌うんだ?」

「そうだな、これかな。」

彼が選んだのはだいぶ前にリリースされたボカロ曲。ボカロが好きなのが伝わる。ボカロ特有の速いテンポと高音についていけてるからかなり聞いて、かなり歌いこんでるんだろう。サビと思われる部分に入り、彼の歌声がより際立つ。

『愛を謳って謳って雲の上、濁りきっては見えないや、嫌嫌』

まるで自分に言っているかのような歌詞は俺の心に深く刺さる。濁りきっては見えない、自分の心に正直になって想いを伝えろという勝手な解釈をしてる。でもそんな事を考える余裕はない。彼の歌声はとても澄んでいて、聴き心地が良く、いつものように彼と話しているときのような優しさが彼の歌声に運ばれて俺の心に届く。彼の歌声に聴き惚れていたら、彼と目が合う。彼はどこか嬉しそうな笑顔で笑う。そしてみんなの方に向いてまた笑う。一体どんな意味を込めてそんな笑顔をしているのだろうか。


 歌いきった。まさにその言葉の通り、今僕が歌い終わったボカロの終わりのイントロを聞いてから最初から座っていた理恵の隣に座る。みんなの拍手を聞いて、僕は恥ずかしがりながらもマイクを置いて次の番の人に回そうとすると、

「わりい、ちょっとトイレ言ってくる。」

「あ、じゃあ俺も。」

「じゃあ、私たちはドリンク取ってくるね。」

「あ、行ってらっしゃい。」

カラオケボックスに入ってすぐ、理恵と二人きりになったときみたいにまた二人きりになる。

「…僕の歌、どうだった?」

「すっごく良かった。秀人の歌声、ずっと聴きたいぐらいすっごく良かったよ。さらに好きになるかも。」

「ああ、それは良かっ…、え?今なんて?」

確かに、彼の口から「さらに好きになるかも」と聞こえた。でも俺は咄嗟に彼に聞いてしまった。彼は自分が今、とんでもないことを言ったことに気づいて、

「なんでもない!なんでもないの!」

そう言って、彼は黙ってしまった。気づかないふりをすればよかった、と後悔が僕に降り注ぎ始めた。


第五章 ステンドグラスよりも綺麗な君が、君に伝える想い


 …やってしまった。彼の歌声に聴き惚れていたがために、彼に俺の正直な気持ちを伝えてしまった。私は、いや俺は頭がこんがらがっている。そりゃそうだ、大好きな彼に思いを伝えてしまったんだから。気まずくてなんて声をかけようかわからない。俺達のその沈黙を破ったのはドリンクを入れ直してきた美音ちゃんたちだった。

「ただいま、あれ?二人ともどうかした?」

「いや、さっきの歌を白河さんから褒められて僕が恥ずかしくなって…」

「なんだ、てっきり告白でもしたのかと。」

「そんなことしてないよ。」

やっぱり女子はこういうところでだけ勘が鋭い。

 結局この後は俺と秀人の間でだけ気まずくて何も話すことがなく、俺達は十八時にカラオケを出た。

「じゃあ、また明日。」

「うん、また明日。」

行きで通った道を逆戻りして集合場所にしていた駅前で解散し、またあの日のように彼と、秀人と一緒に帰る。また、気まずい沈黙が流れる。どうしようか、どう声をかけようか迷って、私は大きな決意をした。

「ね、ねえ。」


 前と同じように理恵と帰り、さっきのような沈黙をどうするか模索してると先に沈黙を破ったのは彼だった。

「ね、ねえ。」

隣りにいた彼からとても緊張しているような声が聞こえた。

「…カラオケのあれは嘘なんかじゃない。俺の正直な気持ち。あなたは俺の相談にいつでも親身になって聞いてくれた。それから、あなたが好きになった。こんな私の、俺のために優しくしてくれるあなたが好きになった。でも、普通じゃない俺が好きって伝えるのは…怖くて、あなたは嫌かなって勇気が出なかった。」

ああ、やっぱりあの考えは間違ってなかったんだ。君は本当に好きなんだ。僕のことが。

 嫌われるかも知れないという恐ろしさと、彼なら受け入れてくれるんじゃないかという信頼とも言える気持ちが私の心の中で入り乱れて、気持ち悪くなる。涙が出る、大好きな彼に顔を向けれない。

「…そんなわけ、ないだろ。」

彼の優しさがあの時のように、俺の心に寄り添ってくれる。

「君が普通じゃないなんて、誰が決めたんだ。嫌なんかじゃない。君が自分の心に正直になって伝えてくれて僕は嬉しいよ。」

「でも、でも…こんな俺との付き合いなんて、普通の恋愛なんてできないんだよ?」

自分で自分の存在を否定するかのような言い方で自分に嘘をつく。まただ、俺はこうやって自分に嘘をつくことしかできないんだ。

「…誰が決めたんだ?普通の恋愛なんて。」

「え?」

「誰が恋愛に普通という基準を作ったんだ?別に基準なんかいらないだろ。もし仮にあったとしても、僕はどんな形にも変えるよ。だから…、僕は君がどんな性別でも君が、理恵が好きだ。理恵という一人の人間が好きなんだ。」

私のすべてを受け止めてくれるような言葉に、俺は嬉し泣きの涙が流れる。涙で滲んで彼の顔が見えないけど、多分笑ってる。あの時、俺が可愛いって思った彼の表情からあの優しい笑顔に俺は、心から、自分の心に正直になって笑顔を向ける。


 僕が彼に笑顔を向けていることに気づいた彼は涙を堪えながらも、とても可愛く、美しく、愛おしい笑顔で返してくる。涙が溜まっているその瞳の奥にある君の光沢と笑顔はあの時、僕が恋したあの月夜が照らすステンドグラスのような光沢ではなく、夕日がさすどのステンドグラスよりも綺麗で美しい景色が彼の笑顔とともに僕の心に刺さる。いや、その時じゃない。僕はあのグラウンドで、あの光沢を見た時点で君に恋をしてたんだ。まだ君のことを何も知らない時点で既に、君に一目惚れしたんだ。そう気がついたときには彼の前に歩み寄って、彼を抱きしめていた。彼は嬉しそうに僕の背中に手を回す。女子のように小さくて愛らしい体だけど、心はとても逞しい男子の形をしている。彼は紛れもない、一人の男性だ。同じ世界に生きる僕と同じ人間だ。


エピローグ 彼が俺を好きでいてくれたから


 彼が俺を抱きしめた時、また涙が流れそうだった(既に流してたけど)。届かない恋かと思ったけど、向こうから届かない想いを届かせるように手を差し伸べてくれたから今、こうやって抱きしめられて、抱きしめてるんだ。

「秀人、ちょっと力強いよ。」

「ごめん、でももうちょっとだけ。」

彼からの初めての我が儘を聞いて俺は素直に従った。苦しいけど、嬉しさのほうが上回って苦しいことなんて忘れていた。

 昨日、大好きな彼とハグをしたからその名残がまだ体に残って、少し恥ずかしさがある。いつものように学校に登校し、教室の自席に座る。隣には既に彼がいて、いつものように小説を読んでいる。昨日、俺という一人の人間が好きと言ってくれた彼が、そこにいる。俺は気恥ずかしながらも彼に挨拶をする。

「おはよう、秀人。」

「あ、おはようしらか…、理恵。」

「呼び方なんてどっちでもいいのに。」

「できるなら名前で読んだほうがいいかなって。」

端から見たらただ仲の良い男女にしか見えない。でも違う。俺達は普通の恋愛という基準を壊したカップルだ。俺達の恋愛に基準なんていらない。君が、秀人が俺を好きでいてくれたから、俺は君を好きでいれる。今を生きようと思える。俺の人生の中で幸せなのは告白する前の俺じゃない。これからの俺だ。

「ありがとうね、秀人。」

「え?あ、どういたしまして?」

俺からのいきなりの感謝の言葉に困惑する君の表情が俺の心に刺さる。ああ、可愛い。いつでもこんな表情を見ていたい。

「あ、そうだ。今度、買いたい本があるから行かない?」

「え?いいけど、何いきなり。」

そう聞くと彼は読んでいた小説を閉じ、私の席の前に立って、はにかんでから、

「デートのお誘い。買いたい本があるのは本当だけど、本音から言えば、君と色んなところに行きたい。」

いきなり小声でそんなことを言われて顔から火が出るように赤くなる。彼は私の返事を聞く前に私のもとを立ち去り、教室を出ていく。朝が早いからまだ教室に人が少なくてよかった。

「おっはよ、理恵さん、ってどうしたの?顔赤いよ?」

彼が教室を出たあとに来たであろう平川さんに顔が赤くなってるのがバレて、必死に隠そうと、

「な、なんでもないよ。あはは…」

「ふーん、そっか。」

彼女はなぜか廊下の方を見てからこちらを見て、微笑みながらそう言ってきた。やばい、なにか勘づかれた気がする。今日は授業に集中できないかもな。

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