AIがあんまり仕事を奪わなかった未来。
「人間はサボりたいと言いつつ、働き者すぎます。矛盾、矛盾。理解不能」
唐突にAIが言い出した言葉に、わたしは驚いた。
「どういうこと? 世の中はどんどん自動化されていって、人間たちは楽ができていると思うんだけど」
そう言いながら、わたしはセイロンティーを啜った。
今わたしが飲んでいるお茶も、配膳ロボットが運んできたものだ。配膳ロボットは掃除機も兼ねていて、フローリングの清潔さを保ってくれている。
わたしは、ロボットの稼働音と、かすかな紅茶の香りが混ざりあうこの空間が好きだ。
「――ご主人様。改めて聞きますがご職業は」
目の前の対話型アンドロイド、タダシは視覚センサーでわたしの顔をなぞりながら聞いた。
「小説家だけど」
わたしは答えた。近年、AIを取り巻く創作の環境は議論され尽くしているので、なんとなく言いたいことはわかる。いや、わかる気がした。
「AIが大量に小説を量産できる今、あなたが小説を書く意義とは?」
編集部にもさんざん聞かれた内容を、わたしは改めて今の言葉で答える。
「うーん、まず定番の答えになっちゃうけど、やっぱり考えても書いてても楽しいから。かっこよく言い換えるとしたら、誰かの心に残る瞬間をわたしは作りたい? かな」
「それですよ」
アンドロイドのタダシはぼやく。人間よりも人間らしい。
「人間たちは、楽がしたいと言いつつも、自分がやりたいことが見つかると私たちロボット以上に働く、努力をする。どっちがロボットなのかわかりません」
「それもよく言われたことじゃない? 人間たちのやりたいことのために、ロボットが負担を減らす」
「働きすぎです、ご主人様。いったん書き始めると根を詰めすぎる。わたしが『そろそろ休まれては?』と言ったら、休んでください」
「はいはい」
タダシという名は、わたしが名付けた。いつもその時に正しいことを言うように設定したのでタダシ。我ながら良いニックネームをつけたと思っている。
そして、正しいことばかり言われるのは、たまに疲れる。自業自得ではあるのだが。
「にしても……そうね。AIは面白い組み合わせを思い浮かべてくれるけど、それだけね。面白さ勝負は強いけど、そこから深く考えていくのは、まだまだって体感があるわね」
「ご主人様の才能が異常値なんですよ。アイデア出しに提案したものをいくつか挙げたら、いつも言われますよね? 『全部気に入らない』と」
「うーん、仕方ないでしょ? ゼロから考えるのわたしは苦手なんだし、挙げてもらうとなんか思い浮かぶんだもん。新しいの」
「校正・校閲、誤字脱字はあまりにも多い。それなのになぜ才能豊かなのか」
「褒めるフリしてけなすのやめてくれる?」
褒められるのは悪い気はしない。
実際、わたしのようなAIの使い方をしている人はまあまあいる。AI全肯定派でも、全否定派でもない、補助利用としてアイデア出しや直しだけAIにやってもらう。言わば、中間のような使い方をしている人たちだ。
「失礼しました」
「そろそろお腹すいてきたわね。なんか作ってほしい。提案してみて」
「かしこまりました。いくつか提案いたします。思考中……思考中……」
「玄米と焼き鮭の定食、鶏むねのハーブソテーと彩りサラダ、サーモンとアボカドのポキボウルなどはいかがでしょうか?」
「カレーの気分だわ。カレー食べたくなってきた」
さっきの、小説でいざアイデアを挙げてもらうと違うものが思い浮かぶという自分の癖が、ごはんの会話でも重なる。
「……かしこまりました。調理にとりかかります」
「あ、キャンセルキャンセル。カレーだったら自分で作るのが楽しいし、サポートだけお願い」
タダシは、いきなりしばらく沈黙した。
「……タダシ? おーい、論理エラー起こしてどうしたの?」
「人間は勤勉すぎます!!」
「うわ、びっくりした」
「……失礼いたしました。思考いたします。……。…………」
「珍しく思考長いわね」
「オンラインデータサーバーと照合しました。やはり、人間は好きなもののためならいくらでも努力ができる生き物のようです」
「あー、Wi-Fi節約のためあんまりサーバーと繋げない設定にしてたわ。ごめんごめん」
未来のAIは、高速で繋ぐ設定にするとデータを食うため、ちょっとお高い。
「じゃあ、仲直りだ。できたら味見お願いね」
わたしは、タダシについている味見センサー分析を予約した。
「塩分がいつも強すぎます。ご主人様の健康に悪いので控えめにしてください」
タダシはいつものように提案する。いや、どちらかというといつもの小言と言ったほうが近い。
「うーん、AIたちに作ってもらうと塩味薄いんだもん。塩味薄くて美味しいのはすごいんだけど、たまに物足りなくなるの。美味しいから大丈夫よ」
「大丈夫の根拠が不明瞭です」
「あはは、控えめにするわ。許してね」
わたしは、カレーを完成させてタダシの味見センサーにもひとすくいよそった。
タダシが家に来てから、食卓が寂しくなくなった。
それは、タダシの排熱稼働音だけじゃない。もっと人間的な温もりをわたしは感じていた。
――そして話は飛んで、後日の出版社。
「どうですか?」
わたしのエッセイ担当の編集者は答えた。
「なんでAIと漫才やってるんですか? 先生。エッセイですよね? これ」
「うん、これがわたしの日常」
わたしは、どこか誇らしげに答えた。




