平均値以下の入学者
世界には、分かりやすく“強い人間”がいる。
剣を振れば敵を薙ぎ払い、魔法を使えば空気すら震わせる。そういうやつはだいたい目立つし、だいたい評価される。運が良ければ、英雄なんて呼ばれることもある。
逆に、“弱い人間”も分かりやすい。
何をやっても上手くいかない。努力しても報われない。周囲に置いていかれるだけの存在だ。こっちはこっちで、ある意味では理解しやすい。
問題は、そのどちらでもないやつだ。
勝つわけでもなく、負けるわけでもない。目立たず、埋もれず、ただ“そこにいるだけ”の人間。
――平均。
もし世界が本当に平等なら、そんな存在が一番多いはずだ。
だけど、この世界はそんなに都合よくできていない。
強いものはより強く、弱いものはより弱く。偏りは自然に広がっていく。
だからこそ、必要になる。
その偏りを“ならす”何かが。
――そしてそれは、だいたい歓迎されない。
これは、選ばれなかった人間の話だ。
英雄にもなれず、敗者にもなりきれない。
ただ、世界の“都合”に巻き込まれただけの、平均以下の物語。
入学試験の結果が張り出された瞬間、周囲の空気が変わった。
歓声、落胆、ため息、罵声。だが、そのどれもが自分とは無関係のもののように感じられる。
「……あった」
自分の名前――ユウ・アーベルを見つけた。
順位は、ちょうど中間。合格者二百人中、百位。上でも下でもない。完璧な“平均”。
「……いや、気持ち悪いな」
思わず呟く。筆記も実技も、それなりに手応えはあった。だが“ここまで綺麗に真ん中”に収まるほど器用に調整した覚えはない。
偶然?――いや、違う。
俺は自分の体質を知っている。
「またかよ……」
ため息が出た。
そのとき、隣で誰かが舌打ちした。
「なんでだよ……なんで俺が落ちて、こんなやつが受かってんだ」
視線を向けると、いかにも実技型という体格の男子がこちらを睨んでいた。
「いや、知らんけど」
正直に返す。
「お前、どれくらいの成績だったんだよ!」
「知らん。見てない」
「は?」
「興味ない」
事実だ。俺にとって順位はあまり意味を持たない。
「どうせ、上に行っても下に行っても、同じような結果になる」
「何言ってんだお前……」
呆れられる。まあ、そうなるか。
掲示板から離れようとしたとき、別方向から歓声が上がった。
「セラ様だ……!」「やっぱり首席……!」
人だかりの中心にいたのは、一人の少女だった。白銀の髪、整った顔立ち、無駄のない立ち姿。そして――周囲の空気が、明らかに彼女を中心に回っている。
名前はすぐ分かった。掲示板の一番上にあったからだ。
セラ・ヴァルディア。首席。
「……ああいうのが“選ばれる側”か」
ぼんやりと眺める。俺とは真逆の存在だ。突出した才能、明確な評価、周囲の期待。
――近づくな。
直感がそう告げた。理由は簡単だ。
「……ああいうのと関わると、ロクなことにならない」
踵を返す。関わらないのが一番だ。
――そう思っていた。
「そこのあなた」
呼び止められるまでは。
振り返る。そこにはセラがいた。
「……俺?」
「ええ、あなた」
距離は数メートル。なのに空気が変わる。周囲のざわめきが一瞬だけ静まった気がした。
「何か用?」
「あなた、試験で私と同じ組だったわね」
……ああ、そういえば。
「覚えてないけど」
「覚えていなさい」
怒られた。
「あなた、不自然だった」
「何が?」
「結果よ」
セラはまっすぐこちらを見る。
「あなたの動きは平凡。でも致命的なミスは一つもない。かといって決定打もない。なのに結果だけが“ちょうど良く”まとまっている」
図星だった。
「で?」
「どうやったの?」
真剣な目だ。
「知らない」
「嘘ね」
「本当だよ。こっちが聞きたいくらいだ」
セラは目を細めた。
「……気味が悪いわね」
「それはこっちのセリフだ」
その瞬間、空気がわずかに軋んだ。
そしてほんの一瞬だけ、セラの“圧”が弱まった。
「……?」
セラが眉をひそめる。
俺も違和感に気づいていた。何かが“均された”。ほんのわずかに。
「……もういいわ。関わらないことをおすすめする」
「同感だな」
即答する。セラは一瞬だけ驚いた顔をしたあと、去っていった。
その背中を見送りながら確信する。
「……やっぱり発動してるな」
俺の能力。《均衡補正》。
周囲の偏りをならす。強すぎるものは弱く、弱すぎるものは少しだけ救われる。
そして――突出したやつと関わると、両方損する。
「だから関わらないのが一番なんだよ」
目立たない。関わらない。平均でいる。
それが一番、生きやすい。
……少なくとも、そう思っていた。
入学試験の結果が、あれほど綺麗に並ぶことは普通ない。
誰かが突出して、誰かが落ちる。それが当たり前だ。
なのに、あの日の結果は――妙に“揃いすぎていた”。
気づいた人間は、ほとんどいない。
気づいたとしても、“気のせい”で終わる程度の違和感だ。
だが、ほんの一部だけは違う。
違和感を違和感のまま放置できないやつ。
そして、その原因に触れてしまったやつ。
セラ・ヴァルディアは、その一人だった。
そしてもう一人。
――ユウ・アーベル。
ただし、本人だけがまだ気づいていない。
自分が“平均に収まっている”のではなく、
周囲を平均にしている側だということに。
そして、その事実が知られたとき。
彼はきっと、“平均”ではいられなくなる。
それが、良い方向に転ぶのか。
それとも――
まだ、誰も知らない。




