第36話:神を屠る者――クラトス降臨
カイロスの圧倒的な蹂躙が続く瀬戸内の戦場。しかし、ポセイドンが最期に呼び出したのは、神話の秩序を破壊し尽くした禁忌の戦神、クラトスでした。かつて神々を屠り、天界を震撼させた男が、今、黒翼の狼王と対峙します。二人の超越者が語る、この世界の絶望と、天界への憎悪。物語は、創造主すらも巻き込む宇宙規模の闘争へと加速します。
瀬戸内の海が真っ二つに割れ、その底から這い上がってきたのは、言葉を絶するほどの殺気を纏った男だった。
クラトス。
その肉体には数多の戦場を潜り抜けた傷跡が刻まれ、その瞳には神々への拭い去れぬ憎悪が宿っている。彼が現れた瞬間、ポセイドンとリリスが放っていた神気さえもが、恐怖に震えるように霧散した。
カイロスは五本の尾を揺らし、不敵な笑みを浮かべたまま、その新参者を見据える。
「……信じられんな。あの誇り高き『神屠り』のクラトスまでが、これほどまでに落ちぶれ、腐敗したか」
カイロスは喉の奥で低く笑い飛ばした。
「かつての貴様なら、ポセイドンごときの手を借りるなど屈辱だったはずだ。それがどうだ? 今や海神の呼び出しに応じる飼い犬か」
クラトスは無表情に、だが地響きのような重い声で応えた。
「……私に選択肢はなかった。だが、神々を滅ぼし尽くすという我が意志に変わりはない」
その言葉に、カイロスはさらに嘲笑を深める。
「そうは見えんな。貴様は今、ポセイドンの同盟者としてここに立っている。反吐が出るぜ」
「勘違いするな、カイロス」
クラトスは一歩前へ踏み出した。その足跡から大地が砕け、周囲の水面が激しく波立つ。
「私の目的は、天界の神々を一人残らず引きずり下ろすことだ。奴らは雲の上から地上の惨劇を眺め、何一つ救いの手を差し伸べぬ。私は、あの『選ばれし者の子』と、その息子だけは認めている。奴らだけが、己の欲しか考えぬこのゴミ屑のような種族のために、真に心を砕いているからだ」
クラトスの拳が固く握られる。
「己の冷酷な指導者のために死んでいきながら、善をなすことを拒む人間共。私はポセイドンの側についているのではない。奴は私を解放する対価として、天界を墜とし、そしてお前を……カイロス、お前を倒すことを求めた」
「ほう、私をか?」
「ああ。お前はどちらの側にも立たず、ただ己の欲望のためだけに動く。両陣営に対して戦争を仕掛け、世界を混沌に陥れる危険因子だ。お前という存在こそが、最初に止めるべき標的だ」
カイロスは翼を広げ、漆黒の雷を全身に纏わせた。
「笑わせるな、クラトス。貴様はもう、自分が何のために戦っているのかさえ分かっていないのではないか? かつての貴様が神々を屠れたのは、創造主の加護があったからだ。だが今の貴様は、ただの『呪われた囚人』に過ぎん」
カイロスの瞳が冷酷に光る。
「貴様では私に勝てぬ。なぜなら、貴様は最も重要なもの……自らの『神』を捨てたからだ。傲慢な私ですら、あの御方(創造主)にだけは抗えぬと認めている。だが、あの方は自らの最高傑作である『自由意志』の欠陥ゆえに、この腐りきった世界を見捨てた。私の統治に自由など不要だ。跪かぬ者は根絶やしにする。私はあの方に直接挑むほど愚かではないが、あの方の愛する『子供たち』を、理と信仰から引き剥がすことで、あの方を絶望させることはできるのだ」
クラトスは、虚空を見つめるように呟いた。
「宇宙はどのみち、救いようもなく破滅しているのだ。お前の言う通り、あの方は我らを見捨てた。ならば、天界に安寧などあってはならぬ。私はお前を止め、その後に天へ昇る。今や天界とこの地上を隔てるヴェールは脆く、二つの世界は繋がろうとしている。……すべての天使は堕ちるだろう。これからは、各々が己の力のみで生き抜く時代だ」
二人の視線が激突し、その衝撃波だけで瀬戸内の海が逆巻き、空の雲が渦を巻いて消滅した。
黒翼の狼王と、神を屠る戦神。
今、最古の因縁が、滅びゆく街で火花を散らす。
第36話をお読みいただき、ありがとうございます!
ついにクラトスとカイロスが対峙しました。二人が語る「創造主の不在」と「天界への復讐」。この物語のスケールは、もはや地上の争いを超え、宇宙の理そのものを揺るがす領域へと突入しました。
クラトスの抱く正義と絶望、そしてカイロスの独善的な野望。相容れない二人の魂がぶつかり合う時、何が起きるのか。
次回、第37話。
彼らの因縁はどこから始まったのか? 数千年前の戦場を舞台にした、驚愕の過去が明かされます。
「回想――神話の終焉」
どうぞ、お楽しみに!
もし物語に引き込まれたら、ぜひ評価【☆☆☆☆☆】やブックマークをお願いします!励みになります。




