第35話:唯一神の嘲笑――黒翼の狼王
リヴァイアサンを塵に帰した黒い雷。しかし、それは真の絶望の序曲に過ぎませんでした。レオンの肉体を借りて顕現したカイロスが、ついにその隠された正体を現します。神話の時代、神々すらも恐れ、歴史から抹消しようとした「黒翼の狼」。ポセイドンとリリスの怒りが渦巻く中、圧倒的な「格」の違いが瀬戸内の空を支配します。
漆黒の極光が収束し、そこから現れたのは、もはや人の形を保ったレオンではなかった。
背中からは夜の闇を切り裂くような巨大な黒い翼が広がり、全身は硬質の毛並みに覆われた**人狼**の姿。そして、その背後には五本の巨大な尾が、まるで意思を持つ蛇のようにうねっている。それぞれの尾は、火、水、風、土、雷――五行の根源的な色を帯び、空間そのものを侵食していた。
「……裏切り者め、カイロス!」
上空でレニの姿を借りたポセイドンが、怒りに震える声で叫んだ。彼の周囲の水流が沸騰し、神の怒りを体現するように渦巻く。
「我ら神族の再興という大義を捨て、貴様はまたしても人間の側に付くというのか! あの時、貴様が我らに背を向けなければ、我らが封印されることもなかったのだぞ!」
リリス(ジラ)もまた、無数の影の腕を蠢かせ、憎悪に満ちた瞳でカイロスを見下ろす。
「知っていたわ。あなたが最初から私たちに従う気などなかったことを。でも、その代償は高くつくわよ。今のあなたは、まだ人間の器に縛られているのだから!」
その言葉を聞き、黒翼の狼王――カイロスは、喉の奥から地響きのような笑い声を漏らした。それは、強者が弱者の遠吠えを聞いた時のような、深い侮蔑に満ちた響きだった。
「勘違いするな、矮小なる神々よ。私は人間の味方をした覚えなど一度もない。そして――」
カイロスが翼をひと羽ばたきさせた瞬間、瀬戸内の街を覆っていた暴風が一瞬で静止した。
「私に仲間など必要ない。宇宙を支配し、理を書き換える唯一の神は、この私だ。貴様らのような、水溜まりや影に縋るだけの有象無象と共にされるのは、不愉快極まりない」
「増長するな!」
ポセイドンが咆哮し、数万トンの海水を一点に凝縮した「神罰の槍」を放つ。同時に、リリスはジラの影を拡張させ、カイロスの四肢を縛り上げようと闇の鎖を放った。
しかし、カイロスは動かない。
彼はただ、五本の尾のうち「火」を司る尾を一振りした。
「真理の黒炎。」
レオンの肉体から放たれたのは、レニが操るものとは次元の違う、深淵よりも暗い漆黒の炎だった。その炎は、激突したポセイドンの水の槍を一瞬で「燃やし尽くし」、水蒸気に変えることさえ許さず消滅させた。さらに、リリスの影の鎖も、その熱量に触れただけで灰へと変わっていく。
「な……!? 馬鹿な、私の黒炎を、火そのものが燃えているだと……!?」
レニ(ポセイドン)は戦慄した。レニの家系に伝わる黒炎、そのルーツこそがカイロスであるという事実を、彼は今、身をもって知ることとなった。
「理解したか? 貴様らが誇るその力、その血筋の源流はすべて私にある。神の末端に連なる者が、創造主に牙を剥くなど、笑止千万」
カイロスは瞬きする間にポセイドンの目の前へ移動した。ナンドの速度すら遅く感じるほどの神速。
「お遊びはここまでだ、魚の王」
カイロスの鋭い爪が、ポセイドンが展開した絶対防御の結界を紙のように引き裂く。
「がっ……あぁぁぁ!!」
神の核を直接揺さぶる衝撃に、レニの肉体が吹き飛ばされ、崩壊した寺院の壁へと叩きつけられた。
「リリス、次はお前だ」
カイロスがリリスを見据える。その五本の尾が円を描き、五行の魔力が混ざり合って、巨大な破壊の渦を形成する。
瀬戸内の街は、もはや海神の支配下ではなく、この「狼の神」の独壇場と化していた。
ララとナンドは、ただ地上からその光景を仰ぎ見ることしかできなかった。
「強すぎる……。これが、レオンの中にいた奴の本性なの?」
「ああ……。あいつ、本気で世界を自分一人で塗り替えようとしてやがる……」
圧倒的な蹂躙。カイロスは、まるで羽虫を払うかのように神々を翻弄し、その絶対的な統治権を見せつけていた。
だが、廃墟の中から立ち上がったポセイドンの瞳には、まだ絶望は宿っていなかった。
「……認めよう、カイロス。貴様の力は我らの想像を超えている。だが、我らにはまだ、封じられた禁忌の切り札がある」
ポセイドン(レニ)が両手を天に掲げ、血を吐きながら叫んだ。
「来い……! 神を喰らう神、闘争の権化よ! クラトス!! その渇きを、この傲慢な狼の血で癒せ!」
海鳴りが、地鳴りへと変わる。
瀬戸内の海が真っ二つに割れ、そこから「神を殺すための神」が目覚めようとしていた。
第35話をお読みいただき、ありがとうございます!
ついにカイロスの真の姿――五つの尾と黒い翼を持つ狼王の姿が明らかになりました。ポセイドンとリリスを赤子のように扱う圧倒的な力。しかし、追い詰められたポセイドンは、さらなる禁忌の存在「クラトス」の召喚を試みます。
神々の内乱は、もはや世界の存亡をかけた戦いへと発展していきます。
果たしてカイロスはこのまま支配を続けるのか、それともクラトスの出現によって形勢は逆転するのか。
続きを楽しみにしてくださる方は、ぜひ評価やブックマークをお願いします!皆様の応援が、執筆の最大の動力源です。
次回、第36話「神を屠る者――クラトス降臨」。
瀬戸内の地が、神話の終焉を迎えます。




