第33話:深淵より出ずる獣――リヴァイアサン
瀬戸内の街を飲み込むポセイドンの濁流。レニとジラの肉体を依代とした神々の猛威に対し、レオン、ララ、ナンドの三人は限界を超えた共闘を余儀なくされます。しかし、海神が呼び出したのは、神話の時代より封印されていた終焉の獣でした。空を裂く雷鳴、黄金の光、そして五行の理。三人の絆が、深海の絶望と激突します。
瀬戸内の空は、もはや昼か夜かの判別すらつかない漆黒に塗り潰されていた。
止まった雨粒、静止した人々。その異様な静寂を切り裂くのは、街を削り取りながら上昇を続ける濁流の唸り声だけだ。
「理解せよ、人の子らよ。お前たちが踏みしめているのは、もはや大地の端ではない。我ら海の神域の入り口だ」
レニの口筋を借りて放たれるポセイドンの声は、大気を震わせる物理的な圧力となってレオンたちの鼓膜を叩く。レニの背後で、街を飲み込んだ水流が巨大な渦を巻き始めた。その直径は数キロメートルに及び、瀬戸内海の海水すべてを吸い上げるかのように膨張していく。
「来るぞ……! 逃げる場所なんてねえ、全員で叩くぞ!」
ナンドが叫ぶ。彼の周囲では青白い電光が爆発的に弾け、足元の水面が沸騰する。
その直後、海面が山のように盛り上がり、天を突くほどの巨躯が姿を現した。
リヴァイアサン。
それは伝説に語られる深海の魔獣だった。全身を硬質の鱗――水そのものを結晶化させた蒼い鎧――に包み、幾百もの眼が不気味に発光している。その咆哮一つで、周囲の空間に固定されていた「停止した時間」さえもが砕け散り、建物が粉々に霧散した。
「あれが……ポセイドンの切り札……」
ララが息を呑む。しかし、彼女の瞳に迷いはなかった。彼女は両手を広げ、自身の魂を燃やすように黄金のエネルギーを放出する。
「やらせない……! この街も、みんなも、私が守る!」
ララの意志に応じ、虚空から巨大な黄金の鎖が数千本も出現した。それはまるで生き物のようにうねり、リヴァイアサンの巨躯に巻き付いていく。黄金の光と深海の蒼が激突し、凄まじい火花が散る。
「今だ、ナンド! レオン!」
「言われなくても分かってる! はあああぁぁぁ!」
ナンドが動く。それはもはや移動ではなく、雷光そのものだった。彼はリヴァイアサンの巨躯を垂直に駆け登り、一秒間に数千発という超高速の拳を叩き込む。一発一発が戦車の主砲を上回る破壊力を持ち、リヴァイアサンの結晶鱗を砕き、内側の肉へと衝撃を浸透させる。
「まだだ! まだ足りねえ! 火も魔法も効かねえなら、この拳の重さで沈めてやるよ!」
ナンドの拳が赤く加熱し、大気を焦がす。雷を纏った拳がリヴァイアサンの喉元に直撃し、巨大な獣が初めて苦悶の声を上げた。
その直上、レオンが空を舞う。
彼の背後にはカイロスの影が、四本の腕を持つ漆黒の巨像として顕現していた。レオンは右手に「火」と「金」の魔力を収束させ、左手には「木」と「土」の魔力を練り上げる。
「五行……合一! 雷皇・破界衝!」
黒い雷を核とした五色のエネルギーが、レオンの拳から螺旋を描いて放たれた。それはリヴァイアサンの胸元にある核を正確に狙い、空間を削り取りながら突き進む。
だが、リヴァイアサンの周囲に展開されたポセイドンの神域がそれを阻む。水流が幾重にも重なり、絶対的な防御壁を形成した。
「無駄だ。神の獣は、この星の水分がある限り無限に再生する」
ポセイドン(レニ)の手が振り下ろされると、リヴァイアサンの口から高圧縮された水流のブレスが放たれた。それはララの黄金の盾を一瞬で貫き、ナンドの速度すら凌駕する範囲で街を薙ぎ払う。
「ララ!」
レオンが叫び、空中で旋回して彼女を抱きとめる。二人は崩落する建物の間を縫うようにして着地するが、水位はすでに彼らの胸まで達していた。
「レオン、大丈夫……まだ、戦える」
ララが唇を噛み締めながら立ち上がる。彼女の周囲に、黄金の戦闘航空機のような巨大な武装が十数機具現化した。それは彼女の想像力が生み出した、対巨獣用の光の兵器だ。一斉に放たれる黄金の閃光がリヴァイアサンの眼を焼き、その隙にナンドが獣の腹部を再び強襲する。
戦いは熾烈を極めた。
レオンの黒い雷がリヴァイアサンのヒレを断ち切り、ナンドの電撃が獣の内臓を焼く。しかし、傷口からは即座に新しい水が溢れ出し、元通りに修復されてしまう。
一方で、背後に控えるリリス(ジラ)も動きを止めていなかった。リヴァイアサンの影から無数の黒い触手が伸び、ララの光の武装を次々と絡め取り、腐食させていく。
「絶望しなさい。あなたたちの光は、この深海では届かない」
リリスの囁きがララの精神を侵食しようとする。しかし、ララは光の純度を高めることでそれを跳ね除けた。
「届くわ……! 私たちの絆は、どんな暗闇よりも深いの!」
レオン、ララ、ナンド。三人の魔力と意志が共鳴し始める。
三人のエネルギーが混ざり合い、瀬戸内の戦場に巨大な三角形の陣が浮かび上がった。
レオンの五行、ララの黄金、ナンドの迅雷。
それらが一つに重なり、レオンの剣へと集約されていく。
「これでおしまいだ……! 消え失せろ、深海の化け物!」
レオンが跳躍し、全エネルギーを注ぎ込んだ一撃をリヴァイアサンの脳頭めがけて振り下ろす。空間が割れ、光が溢れ出し、瀬戸内の街全体が白銀の世界に包まれた。
しかし、その光の渦の中で、リヴァイアサンは不気味に、そして静かに笑ったかのように見えた。
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ポセイドンが使役する伝説の魔獣リヴァイアサン。レオン、ララ、ナンドの三人の総力戦は、まさに一進一退の攻防となりました。ララの「光の創造」とナンドの「超速の拳」が、レオンの五行の力を最大まで引き出します。
しかし、神の獣の真の恐ろしさはここから始まります。
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次回、第34話「神の血、人の魂」。
激闘の果てに、レオンたちが目にする光景とは――。




