第ニ十一話『最初の器』
悪は、突然生まれるものではない。
それは、
少しずつ心に入り込み――
気づいた時には、
すでに支配している。
朝。
海は静かだった。
しまなみ海道の橋の上。
風がゆっくりと流れる。
レオンたちは戻ってきた。
ナンドが周囲を見る。
「……あの男、いるか?」
ララが指をさす。
「あそこ」
橋の端。
一人の男が座っていた。
あの日と同じ。
レオンが歩き出す。
ゆっくりと近づく。
「……大丈夫か」
男が顔を上げる。
目は普通だ。
だが――
どこか虚ろ。
男(弱々しく):
「……あんたたち……」
沈黙。
ジラが目を細める。
「……まだ繋がってる」
レニが低く言う。
「完全には抜けてねぇな」
男が頭を押さえる。
苦しそうに。
「……海……」
呼吸が荒くなる。
「ずっと……聞こえるんだ……」
ララがしゃがむ。
「どんな声?」
男の目が震える。
「“一つになれ”って……」
空気が重くなる。
「“抗うな”って……」
ナンドが舌打ちする。
「またそれかよ」
男が続ける。
「でも……」
震える声。
「優しいんだ……」
沈黙。
全員が止まる。
ジラの目が鋭くなる。
「……やっぱり」
レオンが問う。
「何が見える」
男の瞳が揺れる。
「……海の底……」
その瞬間。
影が揺れる。
一瞬だけ。
黒いものが浮かび上がる。
レニが構える。
「来るぞ!」
だが。
消える。
静寂。
男が崩れる。
気を失う。
ララが支える。
「大丈夫!」
ジラがゆっくり言う。
「今ので確定」
全員が彼女を見る。
「これは侵略じゃない」
沈黙。
「“誘導”」
ナンドが眉をひそめる。
「どういうことだ」
ジラは続ける。
「恐怖じゃなくて、“安心”を使ってる」
空気が変わる。
「苦しんでる人ほど、取り込まれる」
レオンが低く言う。
「……救いを装ってる」
「そう」
ジラは頷く。
「そして」
海を見る。
「すべては一つに繋がってる」
風が強くなる。
その時。
男が突然目を開く。
黒く染まる。
一瞬だけ。
声が変わる。
『……見つけた』
全員が凍る。
『選ばれし者』
レオンを見ている。
『もう遅い』
圧が走る。
『器は揃いつつある』
ジラが叫ぶ。
「切って!!」
レオンが剣を振る。
光。
影が消える。
男が倒れる。
完全に沈黙。
風だけが残る。
ナンドが低く言う。
「……今の」
レニが吐き捨てる。
「完全にあいつだな」
ララが震える声で言う。
「“器が揃う”って……」
沈黙。
ジラが静かに言う。
「もう次の段階に入ってる」
レオンが空を見る。
目は鋭い。
「……急がないと」
その先にあるのは――
“集まった時に起きる何か”。
海が揺れる。
静かに。
だが確実に。
何かが近づいていた。
第ニ十一話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は「最初の器」として、
ポセイドンの支配の仕組みが明らかになり始めました。
恐怖ではなく、“安心”を使った支配。
それはこれまで以上に危険な形です。
物語はいよいよ核心へと進んでいきます。




