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『冷血皇帝の生贄? 前世が地獄だったので、むしろ天国です』と答えたら溺愛されました

作者: 夢見叶
掲載日:2026/02/07

「ミシェル様、謹んでお祝い申し上げます」


 執事ローレンスの声が、静かな離宮に響いた。


「ドラクロア帝国、ギデオン陛下との政略結婚が、正式に決定されました」


 その瞬間、部屋の空気が凍りついた。侍女たちがひそひそと囁き合う。


「まあ、可哀想に」「冷血皇帝の生贄ですって」「あの無能な第八王女が、よりにもよって」


 私――ミシェル・フォン・エルディアは、椅子に座ったまま、内心で絶叫していた。


(やった! 永久就職確定!)


 表向きは、淡々と頷く。


「承知しました。父上と母上のご意向に従います」


 侍女たちの同情の眼差しが痛い。でも、彼女たちは知らない。私にとって、この「政略結婚」がどれほど嬉しいことか。


(タダ飯生活、継続確定!)


 ローレンスが、僅かに眉をひそめた。彼は、私のことを少しだけ理解しているから。


「準備は、こちらで整えます。三日後には出発となります」


「はい」


 私は、心の中で小躍りしながら、冷静に返事をした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 さて、なぜ私が「冷血皇帝への生贄」と囁かれる政略結婚を、こんなにも喜んでいるのか。


 それは、私の「前世」に理由がある。


 私――ミシェル・フォン・エルディア、第八王女。現在18歳。


 でも、前世は「桜井美咲」という名の、ブラック企業勤めの経理OLだった。


 思い出すだけで胃が痛くなる。


 月の残業時間、200時間。休日出勤は当たり前。上司のパワハラは日常茶飯事。


「おい桜井! この資料、明日の朝までな!」


「はい...」


「お前の代わりはいくらでもいるんだぞ?」


「申し訳ございません...」


 深夜3時のオフィス。パソコンの明かりだけが、デスクを照らしていた。


 疲労で視界がぼやける。頭痛が止まらない。


(あと...あと少しで終わる...)


 その瞬間、胸を締め付けられるような痛みが走った。


 ガタン、と椅子から転げ落ちる。


 床に倒れた私は、薄れゆく意識の中で、ただ一つのことを思った。


(もう...働きたくない...)


 そして、気がつくと、私は異世界の第八王女として生まれ変わっていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 転生して6歳の時、「判定の儀」があった。


 エルディア王国では、王族は必ず何らかの「加護」を持って生まれるとされている。炎、水、風、光、闇...様々な加護が存在し、それが王族の価値を決める。


 大神殿で、神官が厳かに宣言した。


「第八王女ミシェル・フォン・エルディア...加護は、『なし』」


 会場がざわついた。


 母――王妃ベアトリスの顔が、明らかに失望に歪んだ。父――国王アルフレートは、興味なさげに視線を逸らした。


 七人の姉たちは、皆、華やかな加護を持っていた。第一王女アンナは「聖なる光」。第二王女エリーゼは「炎」。第三王女...


 そして私だけが、「なし」。


 その日から、私は離宮に「軟禁」された。


 いや、正確には「放置」されたというべきか。


 ボロい離宮。最低限の侍女と執事。教育も最低限。


 家族は、私のことなど存在しないかのように扱った。


 でも、私は思った。


(これって...天国じゃない?)


 だって考えてみてほしい。


 衣食住、全部タダ。三食、ちゃんと出てくる。ベッドで眠れる。


 残業? ない。パワハラ上司? いない。満員電車? 存在しない。


 週に2日は休める。いや、毎日が休みと言ってもいい。


 前世では、カップラーメンをすすりながら、深夜のオフィスで泣いていた私が、今は温かい食事を三食食べられる。


(なんて...なんて素晴らしいんだ!)


 周囲は私を「可哀想な第八王女」と憐れんだ。


 でも、私は毎日、幸せを噛み締めていた。


「ミシェル様、本日の食事でございます」


 侍女が運んできた食事を見て、私は感動する。


 温かいスープ。焼きたてのパン。新鮮な野菜のサラダ。


(前世じゃ、コンビニ弁当を深夜に流し込んでいたのに...)


「いただきます」


 ゆっくりと、味わって食べる。


 この幸せ。この平和。


 軟禁? 上等だ。


 タダ飯最高。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 12年間の離宮生活。私は、暇つぶしに様々なことをした。


 最低限の教育は施されていたので、それを独学で深めた。


 特に、数字には強かった。前世で経理をやっていたからだ。


 ある日、執事ローレンスが、古い帳簿の束を持ってきた。


「ミシェル様、こちらは王宮の古い会計資料です。処分するつもりでしたが...もしご興味があれば」


「いただきます」


 暇だったので、ページをめくり始めた。


 そして――


(...あれ?)


 私の目が、ある数字に釘付けになった。


(この数字...おかしくない?)


 収入と支出が合わない。明らかに、誰かが数字を誤魔化している。


 いや、「誤魔化している」どころの話じゃない。


 横領だ。粉飾決算だ。裏帳簿だ。


 前世で散々見てきた、ブラック企業の手口が、そこにあった。


(うわあ...この国、財政破綻するよ?)


 興味が湧いた。いや、職業病と言うべきか。


 私は、夢中で帳簿を修正し始めた。


「こうすれば、税収が1.5倍になる」「この支出は無駄」「この取引は怪しい」


 数日かけて、膨大な量の帳簿を整理し、正しい数字を導き出した。


 そして、それをローレンスに渡した。


「これ...どうすれば良いかしら」


 ローレンスは、資料を見て、顔色を変えた。


「ミシェル様...これは...」


「暇つぶしよ。でも、もし役に立つなら、誰かに渡してちょうだい」


「...承知いたしました」


 それから、エルディア王国の財政は、不思議なことに安定し始めた。


 でも、誰もそれが「無能な第八王女」の功績だとは思わなかった。


 私も、別に認められたいわけじゃない。


 ただ、タダ飯生活が続けばいい。それだけだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そして、18歳の誕生日を迎えた直後。


 冒頭の、政略結婚の話が舞い込んできた。


 ドラクロア帝国――隣国の大国。


 その皇帝、ギデオン・ヴァン・ドラクロアは、「冷血皇帝」として恐れられていた。


 感情を表に出さず、冷徹に国を統治する。


 戦争では容赦なく敵を殲滅し、政敵は問答無用で処刑する。


 そんな噂だった。


「可哀想に、ミシェル」


 第一王女アンナが、同情の眼差しを向けてきた。


「あなたには相応しい相手かもしれないわね。『無能』には『冷血』がお似合いよ」


 嫌味を言われても、私は動じない。


 だって、私には秘密兵器――執事ローレンスからの情報があるからだ。


「ミシェル様、ドラクロア帝国について、少しお話ししてもよろしいでしょうか」


 ローレンスが、こっそりと教えてくれた。


「帝国は、実力主義の国です。血筋や身分ではなく、能力で評価される」


(ほう?)


「また、ギデオン陛下は無駄を嫌います。夜会は最低限。宮廷内の派閥争いも禁止。定時退社が推奨されています」


(...えっ?)


「つまり...」


「はい。非常に、効率的な国です」


 その瞬間、私の心は決まった。


(それって...ホワイト企業じゃん!!)


 内心で絶叫した。


 実力主義? 最高。血筋で判断されない? 万歳。


 無駄な夜会なし? 素晴らしい。定時退社? 夢のようだ。


 そして何より――


(タダ飯生活、永久確定!)


 私は、この政略結婚を、全力で受け入れることにした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 三日後、出発の日。


 家族との最後の晩餐。


 王妃ベアトリスが、涙ぐんだ。


「ミシェル...本当に、可哀想に...」


(泣かないでよ、嬉しいのに)


 国王アルフレートは、無関心だった。


「まあ、お前も王族の役には立つということだ」


(うん、厄介払いできて良かったね)


 第一王女アンナは、勝ち誇ったように笑った。


「頑張ってね、ミシェル。私たちのことは、忘れないでね」


(むしろ忘れたい)


 私は、表面上は従順に、内心では小躍りしながら、家族に別れを告げた。


 そして、馬車に乗り込む。


 ローレンスだけが、見送りに来てくれた。


「ミシェル様...どうか、お幸せに」


「ありがとう、ローレンス」


 彼は、少しだけ微笑んだ。


「陛下は...きっと、ミシェル様の価値を理解してくださいます」


「え?」


 でも、馬車はもう動き出していた。


 ローレンスの言葉の意味が、分からないまま、私はドラクロア帝国へと向かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 帝国の首都に到着したのは、出発から一週間後。


 想像以上に、整然とした街並みだった。


 道は綺麗に整備され、建物は機能的。無駄な装飾はないが、清潔で美しい。


(おお...これは...)


 宮殿に案内される。


 エルディア王国の宮殿とは違い、派手さはないが、実用的で効率的な作りだった。


「第八王女ミシェル様、お待ちしておりました」


 出迎えてくれたのは、帝国の宰相だった。


「陛下は、現在執務中です。少々お待ちください」


(執務中...仕事してるんだ)


 私は、待合室で待った。


 そして、1時間後。


 ついに、謁見の時が来た。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 玉座の間。


 そこに、「冷血皇帝」ギデオン・ヴァン・ドラクロアがいた。


 黒い髪。鋭い灰色の瞳。引き締まった体躯。


 確かに、威圧感がある。


「お前が、ミシェルか」


 低く響く声に、私は思わず身を竦めた。


(噂通り...怖そう...)


 でも、次の言葉に、私は驚いた。


「エルディアの財政を立て直したのは、お前だな?」


(...えっ!?)


 心臓が跳ねた。


(バレてる!?)


 ギデオンは、玉座から立ち上がり、私の前まで歩いてきた。


「答えろ」


「その...暇つぶしで...」


「暇つぶし?」


 ギデオンの眉が、ピクリと動いた。


「あの膨大な量の会計資料を整理し、粉飾決算を暴き、税制改革の提案までしたのが、『暇つぶし』だと?」


「はい...」


 ギデオンは、一瞬だけ、呆れたような顔をした。


 そして――


「面白い」


 初めて、彼が笑った。


 冷たいと思っていた表情が、僅かに柔らかくなった。


「ミシェル、お前に聞く。私の妃として、この国の財政を支えてくれるか?」


(えっ...これって...)


「私が欲しいのは、飾りの妃ではない。国を共に支えられる、伴侶だ」


 その言葉に、私の胸が熱くなった。


 前世で、私は「お前の代わりはいくらでもいる」と言われ続けた。


 転生後も、「無能」「価値なし」と蔑まれ続けた。


 でも、この人は――


「お前の能力を、私のためにも使ってくれ」


 初めて、「必要とされた」。


「...はい」


 私は、涙を堪えながら、頷いた。


「喜んで」


 ギデオンは、満足そうに微笑んだ。


「ならば、今日から、お前は私の妃だ」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それから、私の新しい生活が始まった。


 帝国の財政資料を見せられ、「意見を聞かせてくれ」と言われた。


 私は、前世の知識を総動員して、分析した。


「この支出は削減できます」「この税率は見直すべきです」「この投資は有望です」


 ギデオンは、私の提案を、真剣に聞いてくれた。


「素晴らしい」


 彼の言葉に、私は感動した。


(これが...仕事の喜びというものか)


 前世では、どんなに頑張っても認められなかった。


 でも、ここでは違う。


 私の能力が、正当に評価される。


 そして、何より――


「ミシェル、疲れたか?」


 ギデオンが、毎晩、執務を終えた後、必ず私の部屋に来てくれる。


「いいえ、前世に比べたら楽勝です」


「...前世?」


 あ、言っちゃった。


 ギデオンは、不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。


「お前は、本当に面白い女だ」


 そう言って、彼は私を抱きしめた。


 前世では考えられなかった、温もり。


 愛されているという実感。


 私は、幸せだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そして、半年後。


 エルディア王国から、緊急の使者が来た。


「ギデオン陛下...どうか、我が国に援軍を...」


 使者の顔は、青ざめていた。


「財政が破綻し、近隣国が攻め込んできました。どうか、お助けを...」


 ギデオンは、冷たく言い放った。


「拒否する」


「そんな...」


「お前たちは、私の妃を『無能』と蔑んだ。価値がないと切り捨てた」


 使者は、絶句した。


「彼女が去った後、財政が破綻した理由を、お前たちは理解しているか?」


「それは...」


「ミシェルが、裏で支えていたからだ。お前たちが無視していた『無能な王女』が、国を救っていたんだ」


 使者は、言葉を失った。


「そんな国を、なぜ私が助ける?」


 ギデオンの言葉に、私は複雑な気持ちになった。


(別に...もう関係ないけど)


 でも、少しだけ、スッキリした。


 ざまあ、とまでは思わない。


 ただ、自業自得だと思った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 使者が去った後、ギデオンが私に聞いた。


「後悔は、ないか?」


「ありません」


 即答した。


「あの国は、私を必要としなかった。でも、ギデオン様は、私を必要としてくれた」


 ギデオンは、私を強く抱きしめた。


「お前は、私の宝だ」


 その言葉に、涙が溢れた。


「ギデオン様...」


「ミシェル、愛している」


「私も...愛しています」


 前世では、誰にも必要とされず、誰にも愛されなかった。


 でも、今は違う。


 私には、居場所がある。


 私を愛してくれる人がいる。


 私を必要としてくれる人がいる。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 それから一年後。


 私は、帝国の財務長官に正式に任命された。


 初めて、公的な役職をもらった。


「おめでとう、ミシェル」


 ギデオンが、祝福してくれた。


「ありがとうございます」


 夜、二人で宮殿のバルコニーに立った。


 星が綺麗だった。


「ねえ、ギデオン様」


「何だ?」


「私、幸せです」


 ギデオンは、優しく微笑んだ。


「私もだ」


 私は、夜空を見上げながら、心の中で呟いた。


(前世の私へ。私、幸せになれたよ)


 ギデオンが、後ろから抱きしめてくれた。


 温かい。


 安心する。


 愛されている。


 前世では考えられなかった、この幸せ。


 全ては、「加護なし」の無能と蔑まれた第八王女から始まった。


 軟禁生活を「天国」と感じたことから始まった。


 タダ飯最高、と思ったことから始まった。


 そして、今――


 私は、本当の意味で、幸せを手に入れた。


「ミシェル」


「はい」


「これからも、ずっと一緒にいてくれ」


「もちろんです」


 私は、ギデオンの手を握った。


 温かい手。


 この手を、もう離さない。


 前世の社畜生活が、異世界での幸せに繋がるなんて。


 人生、何が幸せに繋がるか、分からないものだ。


(タダ飯目当てで始まった人生も、悪くないものだ――いや、最高だ)


 夜風が、優しく二人を包んだ。


 星空の下、皇帝と皇妃は、静かに寄り添っていた。


 これが、私の――ミシェル・フォン・ドラクロアの、ハッピーエンドだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


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