感想を書けなくなった人へ――創作の端にいる、あなたへ
私は『カクヨム』と『なろう』に小説を投稿している。
――読まれない【カクヨム】に、
――読まれているように見える【なろう】。
いまはカクヨムが主戦場だけれど、
そんな自分にも、なろうで感想をくれる人がいる。
先日、その人の書いたエッセイを読んだ。
それは――
「初投稿作の最終話を投稿して4日後、
突然ほかの人の作品に感想を書けなくなった」
という話だった。
その後の「1か月後」「3か月後」まで続くエッセイも読み進めて、
ひとつ思ったことがある。
この人は、
私の知る創作界隈でも、ほんとうに稀な“誠実な人”だ。
文章が丁寧とか、語彙がどうとか、そういうことではない。
言葉の奥底にある――
「相手に迷惑をかけたくない」
「失礼なことをしたくない」
「読者としても作者としても誠実でいたい」
その気持ちが、まっすぐに溢れていたからだ。
だからこそ、
感想を書けなくなるほど“強すぎる優しさ”を背負ってしまったのだと思う。
■ そこに見えた “強すぎる優しさ”
・ 自己評価が低い
・ 相手に失礼になることを恐れる
・ “誠実でいたい”という思いが強い
・ 責任感が強い
・ 人の好意を深く受け取りすぎる
こんなふうに、ひとつひとつ丁寧に心を動かせる人は、
創作者に向いているのかもしれない。
――だけどその反面、心の疲れがたまりやすいとも感じた。
■ もし言葉を届けられるなら
もし、この人に直接言葉を伝えることができるなら、私は迷わずこう言う。
「人気作家さんへ感想を送っても、誰も“売名”なんて思いませんよ」
「あなたが私にくれた感想の言葉は、丁寧で誠実でしたよ」
「あなたの“感じたまま”の感想が、とても嬉しかったですよ」
「気にしすぎなくて大丈夫。あなたのペースでいいんです」
あなたは、気にしすぎるくらい相手を思ってしまう。
“人に迷惑をかけるくらいなら、自分が黙っていたほうがいい”
もしそんなふうに思っているなら――
はっきり言います。
そんなことはありません。
あなたの感想をもらえることは、本当に嬉しい。
それは私に限らず、ほとんどの作者が同じだと思う。
■ 感想は“文章力の勝負”じゃない
最近増えているAIの完璧な感想ではなく、
テンプレの褒め言葉でもなく、
あなたがちゃんと作品を読んで、
あなたがちゃんとなにかを感じて、
自分の言葉で書いてくれた感想。
それだけでいい。
いや、それが一番いい。
そして、その感想が、
「この作品おもろ!!」
これだけでも、作者には十分伝わる。
それだけで創作者の気持ちは軽くなるし、
作品にもう一度、火が灯る。
感想とは――
上手な言葉じゃなくていいし、
そんなに複雑なことじゃない。
■ 最後に
感想を書くのが怖くなる日もある。
自分の文章が急に信じられなくなる日もある。
相手の反応が気になって、動けなくなることもある。
考えすぎるほど、考えてしまう日もある。
だけど、……だからといって、
“自分が黙っていた方がいい”なんて思わないでほしい。
八方美人で頑張っても、
世界中のすべての人に気に入られることなんて無理。
どれだけ誠実に丁寧に書いた感想でも、
「いやだな」と思う人はいる。
私のコメントなんか、「やっほぉぉぉー!」から始まったりもする。
正直、初見の人からしたら
「なんだこいつ、失礼な奴だ!」だろうと思う(笑)
でも、それでも受け取ってくれる人がいる。
怒って返事をくれない人もいる。
それでいいじゃないですか。
なぜなら、自分はその作家さんを応援してるし、悪気も無い。
ただ正直に気持ちを書いただけなのだから。
それで十分だと思います。
喜ぶ人も、喜ばない人も、
そのすべてが“自分と接点を持った人たち”なんだから。
あなたの感想の気持ち、
ちゃんときっと分かっている人には伝わっています。
だから私も、もっといいものを書いて――
もっともっと、あなたの感想をもらいたい。
そんなふうに思っている作者は、きっと他にもたくさんいます。
だから、あなたの言葉――そのままの言葉を、
またいつか、聞かせてください。




