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第八話 酒は飲んでも呪われるな

(…なんか勝手に語りだしたぞ)


 足元には泣きじゃくる猫獣人。

 隣にはいきなり話に割って入ってきた知らないおっさん。


 面倒くさいのが、一気に二人に増えた。

 さっさと帰りたいんだが。


「コイツの名は『疾風のベルナ』。かつてはどんな宝でも盗み出す、凄腕のシーフだった。だがな、その卓越した腕前から調子に乗りすぎたのさ。こともあろうに、神殿の最奥にあった『酒の神への献上品』である神酒に手を出しちまったんだ」


 おっさんはやけに情緒豊かに語り続ける。


「神の怒りを買って、呪われたのさ。『酒を渇望し、酒に溺れる呪い』をな。今じゃあ酒がなけりゃ、かの黄金の指も震えて鍵も開けられず、飲めばへべれけのお荷物だ。もう誰も、そいつとは組めねえ。…神にケンカを売っちまった、大バカ野郎とはな」


 長々と語り終えたおっさんは、悲劇のヒロインを見るような目でベルナを見ている。…いや、知らんがな。


 俺の足元では、その大バカ野郎が「うぅ…あー…ひっく…」と、しゃっくりなのか嗚咽なのか分からない奇妙な声を漏らしている。


 ギルド中の視線が、俺たちに突き刺さっていた。


(……最悪だ)


 これじゃ完全に俺が悪者だ。

 つーか同情すんならお前らも助けてやれよ。薄情者め。


(元凄腕のシーフ、呪いのせいで誰とも組めない…か)


 俺のあんなクソみたいな募集要項に食いついてくるあたり、本当らしい。

 素質は一流。ただし今は酒に溺れる猫耳酒豪の役立たず。


(モノは悪くない。悪くはない、が…)


 珍しく頭の中に真面目な考えが振ってくる。

 問題は、こいつの呪いとやらが俺のスキルで管理できるかどうかだ。


 俺の『最適化』というスキルは便利ではあるが、万能じゃない。

 というのが、この数日間で俺が得た体感の印象だ。


 例えば【生存】という目標に全振りすれば、大抵の状況はなんとかなる。

 向かうべき道も、食べるべき木の実も、全部的確に示してくれる。

 こいつは「死なない」ための答えは、驚くほど素直に出してくる。


 だが、金の稼ぎ方や敵の倒し方という少し欲張った話になると、途端に変わる。

 俺やレムリアが出来る範囲の、少し上の事しか提案しない。


 昨日のゴブリンだって、結局「逃げる」が最適解だった。

 まるで「過剰なズルは許さん」とでも言うみたいに。


(そもそも俺に扱えるのか?こんな酔っぱらい…)


 あと単純に、酒癖の悪いやつを仲間にしたくはない。

 獣人だから年齢は不詳だがきっと俺より年上だろう。


(未成年には荷が重すぎるって…)


 はぁぁ、と深く息を吐き出す。

 真面目に思考すると疲れる。俺はただ楽に生きたいだけだってのに。


 途方に暮れかけていた、まさにその時だ。


「お待たせしました、マスター!」


 間の抜けた女の声がギルドに轟く。

 レムリアが両手にパンの入った袋を抱えて戻ってきたらしい。


 その視線が俺の足元で蹲る物体と、取り囲む野次馬共に突き刺さる。


「え…?えっ…!?マスター、この方は…?私が居ない間に一体何が…?」

「ああ、見ての通りだ」

「見ての通り、とは…!?」


 眼鏡がずれ落ちそうなほどの驚きと困惑に包まれているレムリア。


 だがやがて、ピコーンと。

 頭の上に電球でも生えてきそうなくらい、何かを閃いたようだ。


「ま、まさか…!?この方が例の募集要項を見て応募してきてくださった、記念すべきお仲間さん、なのですね…!!」

「…は?」


 いや、まだ仲間にするとは決まって無いが。

 俺の疑問符も呆れた声も全部無視しながら、レムリアはカッと目を見開く。


「なんと素晴らしい…!マスターの『やる気のない者こそを求める』という深遠な募集要項がこんなにも早く、本当に助けを求める方の心に届くなんて…!」


(いや、そういう話じゃねえんだが…)


 また始まったぞ、こいつの勘違いが。

 だが、こうなるとレムリアの暴走はもう止まらない。


「さあ、立ってください!あなたはもう一人ではありません!我らがマスターの『叡智』の導きがあれば、きっとあなたの悩みも…!」


 そう言ってレムリアはぐったりしているベルナの手を取った。

 そのまま無理やり立たせようとする。おいおい。


 「うぅえぇぇ…だ、だれぇ、あんた…?」


 ベルナは、完全に困惑している。


 そりゃそうだ。

 酔って泣いていたら、いきなり知らない眼鏡女に手を引かれて説教されているのだから。一種の恐怖体験だぞ。


(……ああ、もう)


 カオスだ。

 完全にカオスな状況だ。


 俺は、今日何度目か分からない深いため息を吐いた。


「…はぁ。分かった、分かったから。レムリア、お前も落ち着け」

「は、はい!」

「…で、そこのお前も、とりあえず立て」

「…ふぇ…?」


 完全に状況が理解できていない、間抜けな声が返ってくる。

 だが、俺の顔をじっと見つめているうちに、何かが繋がったらしい。


 彼女の瞳に、一瞬だけ理性の光が宿った。


「…いいのかい?だってアタシには…」


 そこには妙な諦めと、ほんの少しの期待が混じっている。

 酔っぱらいのくせに。余計な事を考えるなよ。


「ああ。仮採用だ。話は宿屋で聞いてやる」


 ベルナは一瞬、信じられないという顔で固まった。

 そしてふっと、彼女の口元から力が抜けるのが分かった。


「……ありがとう…うっ」


 感動的な空気が続いたのも束の間。

 そのケモミミ女は突然、青い顔で口元を押さえた。


「……うっぷ、……うぇっ」


 おい、嘘だろ?

 安堵のあまり、胃の中身が逆流してきやがったのか。


「お、おい、やめろ、ここで吐くな!」

「い、一大事ですマスター!すぐに高名な神官様にお祈りを!」

「ちげえよ!とにかく、こいつを外に運び出すぞ!手伝え、レムリア!」

「は、はいぃぃぃ!」


 こうして俺たちは、ギルド中の冒険者たちの生暖かい視線を浴びながら、今にも吐きそうな新メンバー(仮)を、両脇から抱えて引きずっていく羽目になったのだった。


 スローライフは、今日も遠い。

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