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第六話 偵察、あるいは初めての敗走

(銀貨2枚か、ふーん)


 銀貨1枚は銅貨10枚。つまり、銅貨20枚の価値。

 スライム狩りの報酬が銅貨5枚だから、実に4回分だ。


 問題はゴブリンの数。

 今のレムリアの火力ならゴブリン1匹、ファイボ1発で終わるはず。


 しかも相手は斥候、そんなに数も多くなさそうだ。

 上手くいけば数十分の労働で4日分の安寧が手に入るかも。


 俺がスローライフの最適解を見つけてほくそ笑んでいる一方。

 隣ではレムリアが不安そうな顔をしている。


「あのぅマスター、それってアルフォンス…さんの依頼書ですよね?まさかと思いますけど、勝手に依頼を横取りする気じゃ…」

「横取りじゃない。代理だ」

「ゴブリンはスライムと違って知恵もあり、集団で行動すると聞きますし…。それに、もし失敗したらギルドの評価が…」

「だから『偵察』に行くんだ」


 俺は、さも当然といった風に依頼書を懐にしまった。


「いいか、まずは遠くから奴らの様子を見る。そこにバラけているアホな奴がいたら、そいつだけを狙って一発で仕留める。数が多けりゃとんずら、いけそうなら各個撃破だ。完璧だろ?」

「うーーん…そう上手くいけばいいですけどぉ…」

「失敗してもそん時は依頼を受けた馬鹿のせいにすりゃいいしな」

「な、なるほどぉ…」


 俺の完璧な計画に、レムリアはまだ納得しきれない顔だったがこくりと頷いた。

 よし、話は決まった。



 森の西部。

 【最適化】が示す「最適偵察ルート」を、俺たちは息を潜めて進んでいた。


 さすがは俺のスキル。

 ぬかるみもうざったい蜘蛛の巣も、的確に回避してくれる。


 やがて、茂みの向こうに焚き火の光が見えた。

 そっと葉の隙間から覗くと、3匹のゴブリンが棍棒を片手に何かを言い争っている。


(3匹、しかも警戒が薄い…これならいけそうだな)


 距離は十分。

 一体ずつなら、確実に仕留められる。


「よし、あの右端の奴を狙え。物音は立てるなよ」

「りょ…了解です…っ」


 俺が小声で指示を出した、まさにその瞬間。


 ポキッ。

 緊張していたレムリアの足元で乾いた小枝が妙に大きな音を立てた。


 ――ゴブリンたちが一斉にこちらを向く。


「ギギッ!?」

「おま…マジカヨ」

「すすす、すみませんすみませんっ!!」


 ああ、クソ。

 俺の素敵なスローライフ計画が、小枝一本で台無しだ。


「ちっ、やるしかねえか!」


 俺の舌打ちと同時に、レムリアが詠唱を開始する。

 それを見たゴブリンの一匹が「ギギィィィッッッッ!!!」と甲高い雄叫びを上げながら、こちらに突撃してきた。


「穿て――『ファイア・ボール』!」

「ギギョッッ!!!?」


 轟音と共に火球がゴブリンに直撃し、全身を黒焦げにして吹き飛ばす。


 威力は申し分ない。

 だが、その詠唱の隙に二匹目のゴブリンがレムリアの懐にまで迫っていた。


「これでも食らっとけ」


 俺が咄嗟に投げた石がゴブリンの顔面に当たり、一瞬だけ動きが止まる。

 その隙をレムリアは見逃さない。


 二発目のファイア・ボールが、二匹目のゴブリンを葬り去る。

 残るは、あと一匹。銀貨2枚が脳裏にチラつく。


「穿て――」


 レムリアが最後のゴブリンを仕留めようと三度目の詠唱を始めた、その時だった。


 周囲の茂みが、ガサガサと一斉に揺れた。

 最初にゴブリンが上げた、あの甲高い雄叫び。


 あれは、威嚇なんかじゃなかった。


(仲間呼びかよ…)


 茂みからワラワラと、5匹、6匹…。

 いや、それ以上のゴブリンが現れ、じりじりと俺たちを包囲していく。


「…あぁクソ、もうちょいだってのに…!」


 初めて、俺の背筋に冷たい汗が流れた。

 レムリアの単体魔法では、この数を相手にするのは不可能に等しい。


(おい、【最適化】!この場を凌ぐ方法を教えろ!)


 俺が脳内で叫ぶと、視界に光の矢印が浮かび上がった。

 ゴブリンたちの包囲網の最も手薄な一点を、正確に指し示している。


 つまり、戦うのではなく逃げるのが最善の一手だという事。


「レムリア、走るぞ!こっちだ!」


 呆然としているレムリアの手を掴む。

 そのまま俺は、スキルが示す最適ルートを全力で駆け抜けた。


 背後から聞こえるゴブリンたちの怒声が、徐々に遠ざかっていく。



 宿屋の部屋。

 俺もレムリアも泥だらけで、床にへたり込んでいた。


 部屋には、重い沈黙が流れている。

 銀貨2枚の夢は消え、無駄に疲れただけだった。


「うぅ~~、私が未熟なせいで…申し訳ありません…」

「いや、お前のせいじゃねぇ。俺の判断ミスだ」


 消え入りそうな声で謝罪するレムリア。

 俺は、天井を見上げながら溜息混じりに呟いた。


「…らしくない事するからだな。俺たちは一生スライムだけ倒して、薬草だけ取ってりゃいいのに、余計な欲を出すからこうなる…はぁぁ」

「でも、それではマスターは一生パンだけの生活になりますよ…?」


 レムリアが憐れむような目で俺を見る。やめろ。

 俺だって本当はもっと美味い飯やふかふかのベッドが欲しいんだぞ。


「まぁ確かに、さっきの依頼は無理めではなかったけど」

「惜しかったですよねっ!」

「火力がいくらあっても、詠唱中に殴られたら意味がねえ」

「なら新しく前衛職を募集しましょうっ!」


 俺の独り言にいちいちテンション上げて応じる変な眼鏡女。

 まったく、なんでコイツはそんなに楽しげなんだ。


「…あのな。別に討伐だけが目的じゃないだろ。ポーション作って売ったり、金貨偽造して稼いだり、収入を得るには色々あるじゃん」

「か、貨幣の偽造はバレると死罪ですけど…マスター…?」


 一瞬にしてレムリアの顔が青ざめる。

 やっぱこっちの世界でもダメか。


「他の手段を試すのは私も賛成です。でも…その…」


 レムリアは言いづらそうに姿勢を縮めて、上目遣いに話す。


「あの時、マスターの指示で動けてゴブリンを倒せて、すごく嬉しかったんです。だから出来れば…この依頼だけは完遂したいというか、逃げたくないんです!」


 段々と声のトーンが大きくなり、最後はハッキリと言い放つ。

 真面目というかなんというか、俺みたいな無気力人間には眩しすぎる。


「…だるい考えだな、それ。しかも正式な依頼じゃねえし」

「うっ、ご…ごめんなさい」


 シュン、と肩を落とすレムリア。

 一体俺に何を期待してんだか。


 スローライフのためには、安定した収入源が必要だ。

 安定した収入源のためには、戦闘の安定が必要だ。


「……だるいが、仕方ねえ」

「え?」

「前に立って、時間を稼いでくれる奴がもう一人必要だ」

「ま、マスター…!!?」


 勘違いするなよ。

 どうせ戦うのは俺じゃないんだし。


「探しに行きましょう!私達にとって、最高の――」

「最低限やれる、それでいて向上心のない落ちこぼれを拾いに行こう」

「えええぇぇぇ~~~~!!!?」


 輝かしいスローライフのため、俺は初めて本気で仲間を探すことを決意した。

 もちろん、俺と同じくらいやる気のない奴を、だが。

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