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第三話 ごめん、やっぱ不合格で

 翌日。

 俺とレムリアは、街の外の草原に来ていた。


 目の前にはぷるぷると青い液体が震えている。スライムだ。

 雑魚限パーティ『キ=タクヴ』の記念すべき初仕事である。


「マスター!教科書で学んだ理論通りにやってみます!」


 レムリアが、どこか誇らしげに杖を構える。

 俺はあくびを噛み殺しながら、それを見ていた。


「万物の根源たるマナよ!我が声に応え、赤き炎となりて敵を穿たん――『ファイア・ボール』!」


 詠唱は流麗。フォームも完璧だ。


 彼女の杖の先に、ボッと火が灯る。

 それは瞬く間に大きくなり、メラメラと燃えるバスケットボールくらいの火の玉になった。


 おお、すげえ。

 まんま、ゲームで見るやつじゃん。


 その迫力に、俺は思わず一歩下がる。

 あれならどう見ても、スライムくらい一撃で倒せるだろ。


「いけっ…!」


 レムリアが叫ぶと、火の玉はゴォッと音を立ててスライムに向かって飛んでいく。


 ――そして、着弾。


 ――プツン。


 想像していた爆発は、起きなかった。


 火の玉はスライムに当たった瞬間、まるで電気が消えたみたいにパッと消えてしまった。


 後に残ったのは、ちょっとだけ乾いたスライムと。

 「え……?」という顔で、完全に固まっているレムリアだけ。


「そ、そんな……」


 レムリアが自分の杖とスライムを交互に見て、顔面蒼白になる。


「理論上は一撃で蒸発するはずなのに…!や、やはり私には魔術師の才能なんて……!」


 その場でがっくりと膝をつき、メガネの奥の瞳が涙で潤み始めた。


「……はぁ」


 俺は、空を仰いで深いため息をついた。

 マジかよ。ここまで雑魚とは。


 そりゃあ威力がなくていいっていったけど。

 最弱のスライムすら倒せないって。聞いてねぇよ。


 これじゃ依頼達成できねえじゃん。だるいな……。


 早く帰りたい。

 その一心で、俺は【最適化】を使った。


(こいつの魔法がマシになる方法は、っと)


 ――脳内に、無機質な文字列がポップアップする。


《解決策:詠唱を短縮し、魔力指向を最適化せよ》


 ………?

 よく分からんが、長ったらしい台詞を減らせばいいのか?

 まぁいいや。一応試してみよう。


 俺は膝を抱えてメソメソしているレムリアに、面倒くさそうに声をかけた。


「おい、ウジウジすんな。それよかさっきの魔法、詠唱が長すぎんだよ」

「え……?」


 レムリアが意外そうな顔で俺を見る。


「な、長いと言われましても…これは長い魔術の歴史の中で培われてきた、最も正式な術式詠唱で…」

「だから、それがダメなんだろ」


 バッサリと、面倒な反論を切り捨てる。


「長々と喋ってる間に集中力が切れて…あれだ、魔力のシコーセー?ってのがブレてんだよ。多分。だからもっと短くしろ。半分でいい」


 スキルが表示した結果を、俺はそれっぽく悪態をつくように言い放った。

 実際のところは知らんし、分からん。


 それでもレムリアは、信じられないというように首を横に振った。


「む、無理ですぅ!詠唱の短縮は、熟練の魔術師にしかできない高等技術ですし!私のような未熟者が行えば、術式が暴発して…しし、死んじゃうかもっ!?」

「ああもう、うるせえな!」


 俺は、彼女の言い訳を聞くのもだるくて叫んだ。


「いいから、やれ!できるから言ってんだよ。俺が保証する」


 もちろん、保証なんてできるわけがない。

 早く試して、早く終わらせて、早く帰りたい。それだけ。


 そんな無責任な一言が、レムリアを立ち上がらせた。

 彼女の目から、迷いが消える。


 代わりに宿ったのは、師を信じるまっすぐな光。

 …かは分からんが。一応やる気は出たらしい。


 彼女は再び杖を構えると、一度深呼吸をした。

 そしてさっきよりも遥かに短い、半分以下の言葉で呪文を紡ぎ始める。


「赤き炎よ、穿て――『ファイア・ボール』!」


 出てきたのは先ほどよりもやや小さめ。

 ハンドボール位のメラメラと燃える火の玉だ。


 大きさだけなら下位互換。

 だが、肌で感じる熱気は別物だ。


 レムリアが驚きに目を見開いたまま杖を前に突き出すと、

 火球がスライムに直撃し――


 ――チュドォォォン!!!


 小さな爆発音と共に、スライムが跡形もなく蒸発した。

 地面には、黒く焦げたクレーターがうっすらと残っている。


「……」


 レムリアは、自分の杖とスライムがいた場所を、信じられないものを見る目で、交互に見つめている。


「お、倒したか」

「…は、……はい……、倒せたみたい…です」


 思ったより派手な爆発に少しだけ驚きつつも、俺の心は穏やかだ。

 これでようやく計画通りに楽が出来るのだから。


「じゃ、詠唱はその長さでいいだろ。あと9匹、さっさと終わらせるぞ」

「わ、分かりました……」


 そうして俺は当然といった態度で、次のスライムを探し始めた。



 依頼は、あっという間に終わった。

 ギルドで報告を済ませ、銅貨5枚の報酬を受け取る。


(なんだかんだあったが、ラクして稼げるっていいな…)


 ただぼーっと見学してるだけで、今日のパンと宿代が稼げる。

 なんていい世界だ。スローライフ万歳。


(あー、つか報酬分けるって約束してたっけか…)


 2:3か、それとも3:2か。

 取り分の計算が俺の頭をぐるぐる回ってる。


「マスター!」


 ギルドを出たところでレムリアが俺の前に回り込み、深く深く頭を下げた。

 てか思えば依頼達成してからずっと無言だったな。こいつ。


「今日は本当にありがとうございました!マスターのおかげで、私は自分の進むべき道を見つけました!」

「あーいいって。そういうの。それよりほら、今日の取り分だけど――」


 堅苦しい感謝を手で払いのけつつ、革袋から銅貨を取り出そうとした。

 ――が。


「いえ、報酬はいりません!代わりにこのレムリア、生涯をかけてお仕えします!」

「…は?」


 思わず俺の指から、銅貨が滑り落ちそうになる。


 重い。

 いや、重すぎるだろ、その言葉。


 やっと口を開いたかと思えば、何言ってんだこいつ。

 なんでこんな、ガチの信者になってんだよ。


「マスターの慧眼と叡智があれば、きっと私もすぐに上級魔術師に昇格できます!そしたら一緒に魔王を倒して、この世界に燦然と輝く『伝説』を作りましょう!!」

「いやだ。絶対に嫌だ」


 ギンギンに目を見開いて主張する、見た目は地味だが頭はヤバい女。

 牛乳瓶の底みたいな眼鏡が夕日で反射して眩しい。クイクイすんな。


 魔王?伝説?冗談じゃない。

 俺は今すぐ宿屋に言ってゴロゴロしたいんだ。


「俺はスライム狩りと薬草採取しかしないからな。上級クエがしたいんだったら、他のパーティ行けよ。今なら脱退自由だぞ?」

「薬草採取!いきます!これでも私、薬草図鑑持ってるくらい薬草の知識に詳しいんですよ!たとえば泉の森の付近なら――」


 ダメだ、話が通じねえ。


 その後、俺がどんなに拒絶してもレムリアはまるで聞こえていないかのように、存在し得ない未来をキラキラした瞳で語り続けた。

 

 かくして俺のスローライフ計画は、初日からとんでもない方向に曲がり始めた。

 魔王よりもたち悪いだろ、こいつ。

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