最終話 俺の異世界スローライフは終わらない
異世界だらだら生活、30日目。
気が付けば、俺は街の英雄になっていた。
…いや、英雄というより、もっと面倒くさい何かになっていた。
「賢者様!うちの店の新作パン、是非味見していってください!」
「オサム様!今度息子が王都に就職するのでどうか智慧をっ!」
街を歩けば、住民たちから熱狂的な歓迎を受ける。
冒険者たちからは、畏敬の念のこもった視線を向けられる。
完全に、有名人だ。
(…最悪だ。これじゃ、落ち着いて昼寝もできやしねえ)
だが、悪いことばかりでもない。
ポルゾフと契約していた保釈金の金貨10枚もなぁなぁになり、むしろ彼に苦しめられていた商人たちから「感謝の印」とやらで、多額の援助も得た。
もはや安いポーションを作る必要もなく。
冒険者ギルドに足繁く通う道理も無い。
「これが俺の望んでいたスローライフかぁ」
街の公園で草原に寝転がりながら、空を見上げる。
人によっては平穏で退屈な日々。
だが、俺のような怠惰な人間にはまさに天国だ。
冒険?いらん。
人助け?他を当たれ。
元の世界?帰る気も起きねぇ。
心の底から満足しつつ、目を閉じて日課の昼寝を始めようとした。
…はずだった。
「ままま、マスターーーーーー!!!!」
「大変だにゃあリーダー!!」
遠くから、俺の安眠を妨げるやかましい声が聞こえてくる。
見ると、レムリアとベルナが息を切らしながら、こちらに向かって走ってくる。その後ろからのんびりと歩くジェディの姿も見える。
「んだよ、騒々しい。俺は今から寝るつもりなんだが?」
「それどころじゃないんですよ!?王都から使いの方が来て…っ!」
「見ろよこれ!王家直属の、近衛騎士団からの召喚状だぜ!?」
興奮した女たちが差し出してきたのは、王家の紋章が入った壮麗な羊皮紙の「召喚状」だった。
「なになに…」
【王命】
『理の賢者オサム』を、王宮付きの『特別顧問』に任命する。
至急、王都へ参られよ。
もし正当な理由なくしてこれに背くなら、『国家反逆罪』とみなす。
「す、すごいですマスター!ついに、あなた様の『叡智』が、国王陛下にまで…!」
「王宮勤めか、そいつはいいねぇ!高貴な身分も手に入るし、今まで以上の厚遇は間違いなしだ!最高級の酒が一生飲めるぞ、ふにゃああ~♪」
感動するレムリアと、既に浮かれ気分のベルナ。
いや、お前らマジかよ。これのどこがいいんだ?
こんなの、ただの理不尽な『強制クエスト』じゃねえか。
しかも断れば反逆罪。イコール、死。
ここまで積み上げてきた俺のスローライフ計画も、ついには国家権力という最も面倒な相手によって打ち砕かれようとしている。
レムリアとベルナが、すっかり王都への旅行気分で盛り上がっている最中。
ジェディだけは、心底うんざりした顔で深いため息をついていた。
「…なぁオサム氏。王都に行くとか、マジでだるくない?」
「…ああ。死ぬほど、だるい」
二人の心が一つになった瞬間だった。
するとジェディは、にへらと笑いながら当たり前のように言う。
「…じゃあさ、逃げようか」
「逃げるって、どこへ?」
「どこでもいいじゃないか」
ジェディが指先をくるりと回すと、怪しげな霧と共に一枚の紙が現れる。
それはこの大陸全土を記した地図だった。
「小石でも投げて決めようか?」
「いいな、それ」
「あ、でもこの辺りは凶悪な魔族が生息して…まぁいいか」
「いやさすがによくねえよ」
ひそひそとエルフ女と秘密の会議をしている傍へ。
なんだかバツの悪そうな顔をした二人が寄ってくる。
「…マスターが行かないのでしたら私も王宮には行きません」
「アタシもだ。そもそもこの王命はリーダーが居てこそだ。所詮アタシらはそのおまけってだけだからさ…」
そう言うとレムリアとベルナは顔を見合わせ、同時に頭を下げた。
「だ、だから私もマスターとご一緒させてくださいっ!」
「このまま酒カス生活に戻るのは嫌だにゃあー!」
どこか都合のいい、それでいて魂の籠もった叫び。
(…ったく、こいつら)
この異世界に来た時は、仲間なんて最低限で良いと思っていた。
ただスライムだけを狩る、やる気も向上心もない数合わせの雑魚。
それがどうして、こうも一蓮托生の関係になっちまったのか。
(ま、今更一から仲間集めもダルいしな)
俺の口元が歪むのを見たジェディが満足げに頷くと、懐から怪しげな水晶玉を取り出した。
「話は決まりだね。じゃあ、行こうか。我らが理想郷へ」
「おい、結局場所はどこなんだ?」
「あぁそれはだね、錬金媒介を適当に摘んでから決めるとしよう」
「ランダムじゃねえか。ワンチャン死ぬだろ、それ」
「理想郷!なんてワクワクする響きでしょうか!!魔学の探求が捗りそうです!!」
「にひひ、どうせなら美味い酒がある地域にしてくれよ。ドワーフの里の近くとかさー!」
「あぁもう、コイツら馬鹿ばっかだ」
ガヤガヤと、先のことなど微塵も考えてない愚か者達が騒ぎ立てる。
その中には俺も入ってるって?
遺憾だ。大変遺憾だ。
んなどうでも良いことを考えている内に。
水晶玉がまばゆい光を放ち、俺たち四人の姿はその場から掻き消えた。
▼
どこまでも広がる、南国の白い砂浜。
エメラルドグリーンの海。輝く太陽。
人っ子一人いない、優雅なプライベートビーチ。
「いやどこだよここ」
「わー!海ですー!」
「へへっ、早速一杯やるかねぇ」
「うん、日当たり良好。昼寝に最適だねぇ」
はしゃぐレムリア。酒瓶を取り出すベルナ。木陰に陣取るジェディ。
そして、俺は。
「…………」
何も言わず、ただその場にごろんと大の字に寝転がった。
右手を掲げて空を透かしてみる。そう、俺にはこの能力がある。
どんな場所、どんな状況でも対応し切るスキルが。
(【最適化】、今の俺がすべき最適な行動を教えろ)
だが、今度ばかりは聞かなくても答えは分かっていた。
《最適解:昼寝》
(…だよな)
俺はゆっくりと安らかに目を閉じる。
ここはきっと楽園。暫しの休息を与えてくれる聖地だ。
「ひゃあああっ!?ささ、サメですっ!マスター、海に凶暴なサメが現れましたっ!!?」
「おぉい!?アタシの酒瓶抱えた猿が山の方に逃げてったぞっ!?くっそー、絶対取り返してやるからにゃあー!!」
「…ふあぁぁ、君たち騒ぐのを止め給えよ…」
…なんでだ。
なんでこうも、俺のスローライフは上手くいかないんだ。
「……あぁもう、クソダルいな」
背中についた砂を振り払いながら、俺は周りを見渡す。
海にはサメ、足元には眼鏡女、遠くに見えるは野生の猿と追う酔っ払い。
そしてやや離れた木陰にはあくびをしている錬金エルフ。
「マスター…どうか、『叡智』をお貸しくださいぃ…」
「……はぁ」
乱れたローブに半泣きのレムリアに泣きつかれ、仕方無しに問いかける。
あのクソ女神から授かった、チート(仮)の能力へ。
(…【最適化】、頼むから俺にスローライフを満喫出来る手段を教えてくれ)
《回答:無し》
終わった。
どうやら俺にはもう理想のスローライフを手に入れる方法は無いらしい。
俺、倉科理の異世界生活はまだまだ波乱続きのようだと。
ムカつくくらいの快晴が、そう囁いている気がした。
無気力高校生の異世界スローライフ計画は全然上手くいかない。(完)
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!
よければ感想などお寄せ頂けると幸いです!




