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第十二話 猫と金貨と悪徳商人

 石造りの床や壁。冷たくじめっとした空気。

 俺達三人が連れてこられたのは、街の衛兵詰所の地下にある雑居房だった。


「うぅ…わ、私達の未来はもう…おしまいですぅ…」

「…さ、寒い…酒、酒をくれぇ…」


 隣には膝を抱えて絶望する眼鏡女と、禁断症状一歩手前のアル中猫女。

 まさに地獄絵図だ。


(…はぁ、最悪だ)


 計画した密造酒でウハウハ大作戦は、見事に失敗。

 それどころかこのままではどんな罰が下されるか検討もつかない。


(せっかく理想のスローライフ生活が見えてきたってのに…)


 うんざりした顔で鉄格子を眺めていると、外が何やら騒がしくなる。

 看守が誰かと話しながらこちらへ近付いてきた。


「なんだよ、追加のトラブルか?」

「しっ、聞こえちゃいますよマスター…!」

「…ん、アイツは……?」


 鉄格子の向こうで、一人の男が足を止めた。

 でっぷりと肥えた、いかにも金を持ってそうな身なりの良い中年男。


「ほう、こいつらが例の密造酒を売りさばいた悪人共か」


 男は牢屋の中の俺達を値踏みするように見下し、せせら笑う。


「私はポルゾフ。この街でささやかながら酒の販売をさせてもらっている者だよ」


 嫌味ったらしい自己紹介を聞いて、俺の頭で合点がいった。

 なるほど、このおっさんが衛兵にチクった黒幕らしい。


「んで、リーダーは誰だ?」

「り、リーダーはこのお方ですっ!」

「リーダー、呼ばれてますにゃ」


 ビシリ、と二方から指をさされる。

 こいつらホント保身の塊だな。


「…なんか用すか?」

「小僧か。ふん、その年にしては随分大胆な事をやらかしたな」


 度胸だけは褒めてやる、と悪人が言いがちな褒めゼリフまで貰った。

 ついでに他の部分も褒めてくれ。顔とか頭とか性格とか。


「君たちの酒は中々に評判だった。だがね、商売には『掟』というものがあるんだ。私の縄張りで好き勝手な真似が許されると思ったか?」

「あぁ、つまりはシャバ代を払えと」

「ハハ、そうだな。もしも君たちが悪事を働く前に、殊勝な気持ちで私の商会に挨拶に来ていたのなら、少しは話も聞いてやったかもしれんがね」


 もう遅い、と言わんばかりの態度に俺は呆れた。


 結局、法律がどうとかそういう問題は後付だ。

 自分の縄張りを荒らして機嫌を損ねた。ただそれだけのこと。


(腐った野郎だな…)


 だが、その腐りきった考えこそがこの場の打開策に繋がる。

 俺は内心で静かにスキルを発動させた。


(【最適化】。この場を最も楽に、かつ後腐れなく切り抜ける方法は?)


 脳内に浮かび上がった、『最適解』のチャート。

 それを頭に刻み込んだ俺は壁にもたれかかったまま、心底だるそうに言った。


「ちなみにだけど、密造酒で稼いだ金はどうなるんだ?」

「ん?あぁ、せっかく稼いだ君らの売上、数えてみれば銀貨10枚ほどだったか。これは授業料として頂いておくとしよう。後はその冷たい牢屋でしっかりと頭を冷やすといい、ふははは!!」


 勝ち誇って高笑いをするポルゾフ。

 それを悔しげに見るレムリアと、どこか獰猛さを感じさせる目で睨むベルナ。


 おいおい、お前ら。そんなイライラするなよ。

 俺だけは平然と、ただいつものように。


「あぁ、じゃあさ」


 何気なく、無意味な戯言のように呟いた。


「反省ついでに提案だけど…金貨10枚あげたらこの話、チャラにしてくれない?」

「はは……は?」


 ポルゾフの高笑いが、ピタリと止まる。


「き、金貨10枚だと…? 小僧、お前何を言っている…??」

「だから取引だって。どうせ俺達がここで臭い飯食いながら罪を償っても、あんたの懐は潤わないだろ?」


 チラリと一瞬だけ周りの仲間に目配せをした。

 どちらの瞳にも不安と驚きの色はあるが、口出しする様子はない。


 普段は余計な事ばっか突っ込んでくる癖に。

 そういうところはまぁ、俺も嫌いじゃない。


「商売人であるあんたなら、どちらが得か分かるだろ?」

「…………」


 俺の挑発的な問いかけに、ポルゾフは答えない。

 その沈黙は、恐らく頭の中で損得の計算をしているのだろう。


 一度は晒し上げた商売敵への恩赦という自負心(プライド)の損失。

 足すことの、金貨10枚という莫大な利益。


 さて、天秤はどちらに傾くか。


「…所詮は我が身可愛さの虚言だ。口先だけなら子供でも言えるぞ。何の担保があって、そんな大口を叩く?」


 訝しみながらも、ポルゾフは俺の提案に興味を示した。

 乗ってきたか。なら後はこっちのターンだ。


「おい、ベルナ。あのデブにお前の『手品』を見せてやれ」

「で、デブだとっ!?貴様――」

「…はいはい」


 激昂する肥満男を無視して、ベルナは面倒そうな返事をする。

 その瞳の奥に一瞬だけ鋭い光が宿ったのを俺は見逃さない。


 鉄格子の隙間から、影のようにスッと腕を伸ばす。

 それはかつて神の嗜好品すら盗んだと謳われた、天性の技巧(スキル)


 瞬きする間もなく、気付けば彼の懐にあったはずのずっしりと重い金貨袋が、ベルナの手に渡っていた。


「なっ…!?そ、それは私の…、いつの間に…っ!?」

「はい、どーぞ」


 趣味の悪い財布を一瞥したベルナは、まるで興味なさそうにそれをポーンと鉄格子の隙間からポルゾフの足元に投げ返した。


 チャリン、と重い音を立てて金貨袋が床に転がる。


 まさに神業としか思えない腕前。

 一部始終を見ていた看守の一人が、息を呑んで呟いた。


「…ベルナ…、まさかお前…あの『疾風のベルナ』か…!?」


 かつて大陸中に名を轟かせた伝説の女盗賊(シーフ)

 …かどうかは知らないが、その名を聞いたポルゾフは戦慄した。


 まさかこんな酔っぱらいが本人だとは思わないだろう。

 俺も思わん。維持費の掛かるデカい猫だ。


「どうだ、これで金貨10枚分の価値は証明できただろ?」

「…ふん。まぁいいだろう」


 仏頂面のポルゾフに俺は最大限の笑顔で応える。

 こうして雑居房内での異例の取引が締結した。


 すぐに衛兵隊長が呼ばれ、ポルゾフが「私の勘違いだった」とかなんとか、適当な言い訳を並べる。

 それを聞いた隊長は面倒そうな顔をしながらも、俺たちの釈放を認めた。


 ガチャン、と鉄格子の扉が開く。

 ようやくこのカビ臭い雑居房から解放された。


 しかし、ポルゾフは去り際に釘を刺すのを忘れなかった。


「期限は一ヶ月だ。それ以上の遅滞は許さん。それからもちろん、君たちのその酒…今後、一切の『販売』を禁ずる。次に私の縄張りで嗅ぎつけたら、金貨10枚では済まさんぞ」


 捨て台詞を残し、ポルゾフが完全に去った後。

 まだ状況が飲み込めていないレムリアとベルナが騒ぎ出す。


「…おい、正気か!?金貨10枚だって!?しかも、唯一の頼みの綱だった酒の販売も禁じられちまった!どうやって稼ぐ気だい!?」

「そうですよ!?銀貨10枚ですらやっとの思いだったのに、金貨だなんて…ほ、本当に信じてもいいんですよねっ!?」

「うるせえな、何とかなるって」


 とは言ったものの、具体的な金策手段についてはまだ何も考えてない。

 だがこの取引は【最適化】スキルが導きだした答えだ。間違えなはずがない。


(ま、何とかなるだろ。気楽に考えりゃいいさ)


「頼むよ、リーダー!」

「お願いしますねっ、リーダー!!」

「あとリーダーって言うな」


 こうして、俺たちは絶体絶命の牢屋の中から無事に生還できた。

 ただし、厄介なお土産付きで。


 期限は一ヶ月。

 課せられた借金は金貨10枚。


 安定のスローライフ生活実現には、まだまだ障害が多いらしい。


 ▼


 一方。薄暗い牢屋の廊下にて。

 先ほどまでのやり取りに聞き耳を立てていた、長い耳を持つ人影が一つ。


「…ふーん、面白そうな人間もいるもんだねぇ」

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