終わりは突然に
玉座の間の高い天井からは、淡い魔力の光が吊り下げられた水晶ランプを通して柔らかく広がっていた。石造りの床は光を反射してきらきらと輝き、壁に刻まれた魔法紋章の青白い光が、夜の静寂の中で淡く揺れている。ディアは玉座の前に腰掛け、足をぶらぶらさせながら嬉しそうにしている。
ディアは両手を広げて嬉々と笑った。
「魔界もいいところでしょ! ちょっと暗いけど街も広いし、光る石もいっぱいあるし!」
シオンは肩をすくめ、にっこりと笑いながら答える。
「うん、ほんとに不思議なところだね。初めて来たけど、こんな大きなお城も、街並みも、驚きがいっぱいだよ」
ミオは冷静な目で二人を見守る。ディアの無邪気な動きに振り回されるまいと距離を保つが、彼女の瞳の輝きや笑顔の力に、自然と心が揺れるのを否定できなかった。
ディアは小さな拳を胸に当て、目を輝かせる。
「あたしのこと、知りたい? 魔界のことも?」
シオンは嬉しそうにうなずく。
「うん! いっぱい教えてほしい!」
ディアはにっこり笑って、少し背伸びをするようにして話し始めた。
「私、お母さんが人間なの。数百年前だけど、お母さんと一緒に人間界に行ったこともあるんだ!」
ミオはその言葉に軽く眉をひそめ、唇を引き結ぶ。人間から生まれたという事実、そして数百年を生きてきたというディア、想像を超えた事実に、頭の中で整理できないまま口を開く。
「……数百年ですか……?」低く呟いた声に、驚きと困惑が混じる。
ディアは無邪気に笑う。
「そう! ずーっと生きてるんだよ! ふふ、すごいでしょ!」
その笑顔に、シオンは自然と微笑み返す。
「でね、扉を作ったのも私なの!」
ディアは得意げに胸を張り、手をぱっと広げる。
「もう一度人間界に行きたくて作ったんだ。でも、あたしじゃ開けられなかったの。魔力が全然足りなくてね。」
シオンの目が輝く。
「ディアちゃんが扉を作ったの!?凄い!」
ディアはうんうんと小さく頷く。
「そうそう! だからね、シオンを見た瞬間にわかったの。この子が扉を開けたんだって」
シオンは首をかしげ、疑問を口にする。
「でも、どうして人間界に行きたいの?」
ディアの顔に一瞬、影が落ちる。小さく肩をすくめ、寂しげな笑みを浮かべた。
「お母さんに会いたくて……数百年前あたしだけ魔界に帰ってきて、お母さんとはそれっきりだから」
ミオは視線をそらし、言葉を飲み込む。母と子の時間の短さ、人間の寿命の短さ、それを口に出すことはできなかった。シオンもまた、ディアの瞳に宿る微かな悲しみを前に、言葉が出ず立ち尽くす。
ディアは二人の沈黙に気づき、少し首を傾げて笑う。
「知ってるよ。人間はすぐ死んじゃうんだよね。」
その笑顔は寂しさを含みながらも、無邪気さを失わない。
「でもね、お母さんと見た景色を、世界を、もう一度見たくて……扉を作ったんだ。」
ディアは両手を広げ、広い天井を見上げる。その先の星空を思い浮かべるように、目を輝かせる。
シオンはふと手を差し伸べ、元気よく笑う。
「じゃあ、私たちと一緒に行こうよ! 私なら扉を開けられる」
「うん!」
ディアは小さく跳ね、シオンに飛びついて抱きつく。小さな体がシオンの胸にぴったりとくっつき、無邪気な笑顔を見せる。
それから三人はお互いの世界について色んな話をした。
魔界のこと、人間界のこと、シオン達が扉を見つけた経緯。ここに至るまでの数日。
ディアはうんうんと楽しそうにその話を聞いている。
「でね、少し遠いんだけどお気に入りの魔界の観光地があってね!」
シオンの目がきらきらと音を立てている。
「シオン様……もちろん今は行けませんよ」
ミオもどこか楽し気な様子で、それを聞いて、残念とシオンも笑う。
しかし、夜通し続くと思われたその団欒は、突如として割り込むようにして途切れた。
「ディア様!」
険しい声と共に、玉座の間の扉が勢いよく開き、護衛の一人が身をかがめて駆け込んできた。顔には緊張と焦燥が混ざり、眉間に深い皺を寄せている。ディアは顔を上げ、無邪気な笑顔のままその声の主を見つめた。
「どうしたの? そんなに慌てて」
護衛は深く息をつき、言葉を選びながら答える。
「南東よりレヴィ軍が、我が国に攻め込もうとしています。その数推定2万……」
シオンとミオは互いに顔を見合わせ、すぐに緊張が走った。ディアは肩をすくめるようにして、少し悲しげに目を細める。
「氷の魔女、か。魔族の世界はね、もともと争いが絶えないんだよ。敵対心を持つ種族は多くて、戦争なんて日常茶飯事。ここだって例外じゃない……」
ディアはそれでも優しく微笑み、瞳に薄い光を宿す。
「あたしの国には戦わせたくないんだ。争いは何も生まないから」
その言葉の後、ディアは体を少し前に乗り出し、胸を張るようにして強く語った。
「あたし一人で止めるよ。今までもそうだったし、これからもそうして守っていくんだ。」
シオンは一瞬言葉を失い、でもすぐに笑顔で応じる。
「私たちもいるよ」
ミオは冷静な表情を崩さず、しかし心の中で熱くなる思いを感じた。わずかに唇を引き結び、ディアの決意を見つめながら。
玉座の間には、明けない夜の静寂と緊迫が交錯し、柔らかな魔力の光が三人を淡く照らしていた。