表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

魔界への扉

執務室の冷たい空気が、緊張を一層際立たせていた。ミオは重い足取りで報告室へ向かい、厳めしい面持ちの上層部が待つ会議室に入った。壁一面に設置されたモニターには、先日発見された巨大な扉の映像が映し出されている。


「被検体0379-αと共に地下迷宮の調査を行った結果、最深部に古代の魔文が刻まれた巨大な扉を確認しました。その先に未知の空間が広がっている可能性が極めて高いと判断しております」


ミオの声は冷静だが、重みがあった。会議室に沈黙が流れる。幹部の一人が重々しく口を開く。


「その扉の内部調査を、被検体0379-α単独で行わせる。必ず任務を遂行し、いかなる状況でも持ち帰る情報を最大化せよ。」


ミオは瞬時に反応した。


「しかし、その扉がどこに繋がっているのかも、帰還できる保証も一切ありません。単独での進入はあまりに危険です。私も同行し、状況を管理すべきだと考えますが。」


会議室に張り詰めた空気がさらに冷え込む。別の幹部が低く、断固とした声で言い放った。


「最悪の想定を常に念頭に置け。帰還の可能性が不確かだからこそ、被検体が存在するのだ。被検体とは、死をも(いと)わず任務を全うする存在である。」


「それは、死んでも構わないということですか?」ミオは強い口調で返す。


幹部の瞳に一瞬の鋭さが宿る。


「死ぬ程度のことなら、秘術の力もそれまでということだ。最悪の想定とは、被検体が暴走し、機関の存続に関わる甚大な影響を与えることに他ならない。それ以外の物事は、死すら誤差だ」


言葉の重さにミオは奥歯を強く噛みしめる。心の中で葛藤が渦巻きながらも、表情には一切出さず、深く頷いた。


「承知しました。指示通り行動します。」


報告室を出る頃には、冷え切った空気と緊迫感が身体を包んでいた。ミオは深呼吸を一つし、己の役割と責任を改めて噛み締めた。



翌日、ミオはシオンと共に、再び地下迷宮の最深部に立っていた。目の前にそびえ立つ扉は、まるで異界への境界線のように重厚で、古代の魔文が黒く刻まれている。手を触れるだけで、空気が震えるような感覚が身体を貫いた。


巨大な扉の前に立ち、二人の影が長く伸びている。薄暗い迷宮の空気が静かに漂い、扉の向こうからは冷たく澄んだ風が時折吹き込んでいた。


「私が見てくるよ」

シオンは柔らかな笑みを浮かべ、肩の力を抜いたように言った。その声にはどこか揺るぎない自信が宿っている。


しかし、ミオの胸はざわつき、組織での厳しいやり取りが脳裏をよぎった。

“被検体は死を厭わず任務にあたる。”

“最悪の想定は暴走であり、それ以外は死すら誤差だ。”

言葉が喉の奥で詰まり、なかなか声にならない。


シオンはそんなミオの沈黙を感じ取り、ふっと微笑んだ。

「ミオを危険な目に合わせたくないんだ」


その言葉には、彼女なりの優しさと覚悟が滲んでいた。


どうしてこんなにも彼女は強いのだろう。その言葉にはミオの心を深く抉るだけの力があった。

組織の冷徹な論理に苛立ちが湧き上がり、ふるえそうになる自分の感情を必死に押し殺しながらも、決意を固めていった。

被検体だから死んでもいい?そんなことが許されてはいけない。

命は軽くない。機関が与えた能力が故に我々の監視下にあろうとも、それが命の価値を下げることにはならない。


「……シオン様、一人で行かせるわけにはいきません」

ミオは静かだが揺るがぬ声で言い切った。

これが組織の命令に背くことは重々承知しているだろう。それでもミオの言葉は止まらない。

「私も共に行きます。」



シオンは一瞬驚いた表情を見せたがその決意に優しく頷き、二人は深く息を吸い込んだ。

扉の向こうに広がる未知の世界へ、二人は一緒に踏み出す覚悟を胸に秘めていた。



扉が軋む音を立てて開かれ、二人は一歩踏み出す。冷たく澄み切った空気が肌を撫で、薄暗い空に赤黒い雲が垂れ込めていた。静寂が支配するその異界は、どこか不気味でありながらも、生命の匂いが確かにあった。


視界が開けると、目の前には石畳が続く広場が広がっている。そこには人間の街と見紛うほどの光景があった。低い屋根が連なる家々、街灯の暖かな光が夜の闇をぼんやりと照らし出している。


子供たちは無邪気に笑い合い、石畳の路地裏からは楽しげな会話が漏れ聞こえてきた。商人の魔族が威勢よく呼び込みをし、宿屋の暖炉からは心地よい煙が立ち上っている。鍛冶屋では火花を散らしながら、鍛冶師の魔族が力強く武器を叩いていた。


魔族の服装は多様で、重厚な鎧を纏う者から、軽装の商人、装飾品を纏った若者までさまざまだ。彼らの肌の色や角の形は異なるが、どこか人間に似た感情が行き交っているのが伝わってくる。


ミオはその光景に息を呑んだ。ここは戦闘や凶暴な魔獣の巣窟ではなく、魔族たちの「生活」の場だった。生き生きとした生活の中に根付く、日常の営みが確かに存在している。


シオンは静かに横で微笑み、こう囁いた。


「ミオ、一応聞くんだけど来たことある?」

「ありませんよ!!」


何を言ってるんだこの人はとミオは声を荒げた。「だよね」と笑うシオン。


ミオが周囲を観察しているとあることに気づいた。


「扉が……ない」


まるで最初から存在していなかったように、扉は消えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ