これが私の全力
シオンの身体は淡く青白い光を帯び、掌から放たれる魔力が夜空を裂き、街の上空を包み込む勢いで溢れ出した。その光は静かに夜霧を押し退け、瓦や石畳の上に淡い輝きを反射させ、街全体が昼間のような明るさに染まる。辺りの空気は魔力の熱で震え、霧の粒が光の奔流に巻き上げられて、まるで宝石の粉が宙を舞うかのようにきらめいた。
「これが私の全力」
シオンが低く呟くと、その声は光の奔流にかき消されるように魔界に響き渡る。夜の闇は瞬く間に光に押し流され、建物の影も霧の中で白く浮かび上がった。そのあまりの光景に、氷の魔女レヴィは高笑いを上げる。
「私が認知している人間のそれではないな、貴様……!」
冷気の渦が再び辺りを包もうとするが、シオンの光の奔流に阻まれ、霧が白く輝く波となって押し返される。ミオは肩を震わせながらもその輝きから目を背けず、胸に手を当てて全身に伝わる膨大な魔力の波動を感じ取る。押し潰されそうになるほどの力。しかし彼女の瞳は、絶対にシオンから目を離さない覚悟に光っていた。
やがて、空中に巨大な魔法陣が次々と展開される。球体状の光の結界が彼女を覆い尽くし、氷の魔女レヴィを取り囲むようにして浮かび上がった。その中で冷気の竜巻が暴れようとするが、結界に押さえ込まれ動きは制限される。魔力の奔流が光の壁となり、凍りつく風を押し返しながら夜空に青白い光の渦を描いた。
レヴィは結界の中で暴れ、冷気の波を砕こうと必死に暴れている。光の渦に押されるたび、氷の粒子が空中で舞い上がり、結界に刺さっては砕け散る。巨大な結界の中は光と氷の混ざった幻想的な戦場に変貌していた。
シオンは掌をゆっくりと閉じ始める。球体状の結界も手の動きに呼応するように少しずつ収縮を始め、光の壁がレヴィを包み込み、圧縮される空間で怒れる氷の魔力は暴走していく。空気が軋み、街の遠くまで振動が伝わる中、レヴィの狂気混じりの高笑いが夜空に響いた。
「そうか……貴様は……アハハハハハハハッ!」
その声が響き渡ると同時に、球体は完全に収縮し、レヴィの姿ごと光に飲み込まれて消え去った。辺りの冷気は嘘のように止み、魔界特有の暖かな風がゆったりと流れ始める。ダイヤモンドダストのように舞っていた氷の粒も、光に溶けるように消え、草木や石畳に残っていた霜も次第に解けていった。
宙に浮かぶシオンは胸にこぶしを当て、目を閉じて静かに深呼吸する。膨大な魔力の余韻と、解放された空間の静けさに包まれ、全身の力を抜きながら安堵の息を吐く。その姿を見つめるディアは、小さな体を揺らし、両手で口元を覆って目を輝かせた。胸の奥で湧き上がる尊敬と安堵、そして無邪気な喜びが混じり合った表情だった。
ミオもまた、指先から魔力の波が微かに震えるのを感じつつ、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。膨大な魔力の奔流を目の当たりにして圧倒されながらも、ただシオンを見つめる。
やがてシオンは目を開け、静かに振り返る。戦い抜いた疲労がわずかに表情に浮かぶが、その瞳には優しさと安心感が宿っていた。微笑みを浮かべるその姿は、夜空に溶ける光の余韻と相まって、戦いの終焉を告げるようだった。
ディアは思わず小さく跳ね、手を叩いて歓声を上げた。
最後の最後まで気を緩めず彼女との約束を守るべくディアを包んでいた結界が解かれ、ミオは唇をわずかに緩めて微笑み返す。胸の奥で共感と安堵が沸き上がり、戦いの緊張がゆっくりと解けていく。三人の間に、揺るぎない信頼と絆が静かに、しかし確かに結ばれた瞬間だった。
魔界の空には、戦いの残光が消えかけた霧の中に淡く残り、瓦や石畳に光の粒がきらめく。戦いの疲れが静かに街を包む中、三人の微笑みは光と影のコントラストに映え、夜空に静かに刻まれた。