決戦 氷の魔女
シオンは両手を広げ、掌から淡く青白い光を放った。指先が震えるように魔力を解き放つと、空間に淡い線が浮かび上がり、街の上空に巨大な魔法陣が形成されていく。光の紋様は球体状に立ち上り、石畳の通りや屋根、広場まで包み込むように広がっていった。街灯の光と魔法陣の青白い輝きが交錯し、夜霧の中に幻想的な光景を作り出す。
一瞬驚いた表情を見せたミオだったが、黙ってその様子を見守る。掌を軽く握り、魔力の流れを感じ取りながらも、シオンに介入することはしない。胸の奥で膨大な魔力の波動にわずかに震えを覚えつつ、信頼の眼差しでシオンを見つめていた。
「ちゃんとそばにいてね」
そう言うとシオンは軽く微笑み、ミオの肩に手をかけると、球体状の結界に守られた街を背にして、大群の方へ一歩踏み出す。膨大な魔力の流れが周囲の空気を支配し、風は荒れ、霧は光の波に巻き上げられる。ミオの身体に伝わる魔力の重さは、これまで感じたことのない圧迫感を伴っていた。
「この魔力……シオン……なの?」
城の玉座の間からディアの声が震えて届く。肩に力が入り、目を丸くして光の渦を見つめる。青白く輝く球体結界の内部では、街の建物の輪郭も霧の影に消えそうになるほど、シオンの魔力が全てを包み込んでいた。
「シオン様、どうするおつもりですか? いくらなんでも数が多すぎます。」
「大丈夫だよ。手加減しないから」
シオンの声に、振動する魔力の波が夜空に裂け目を作り、街の上空に光の刃が走る。掌から伸びる魔力の線は空気を切り裂き、槍や剣を持つ兵士たちの列を瞬く間に分断し、衝撃波が石造りの建物に反射して小さな瓦礫が舞い上がった。炎のように飛び散る光の破片が霧に溶け、夜の街全体が光と風の奔流に染まる。
ミオは息を呑む。視界の端で飛び散る光と影の渦、兵士たちの列が音もなく崩れる光景。小さく呟いた。
「そんな……ここまで超越した力があるの……?」
空を駆けるシオンの背後から、ディアが高く跳び上がり、二人の横に合流した。小さな体をぴょんと着地させ、目を輝かせて叫ぶ。
「シオン、君は本当に人間なの!? すごーい!!」
ディアの興奮に、ミオもまた目を丸くし、息を短くして頷く。心の奥底で共感と驚嘆が沸き起こる。二人の力強い意志と、無邪気な喜びの表情に、空気まで熱を帯びているようだった。
しかし、突如として辺りの空気が冷たく凍りつく。夜霧が厚くなり、街灯の光すら青白く歪む。空気中の水分が凍り、地面に薄い氷の膜を作り始めた。
「氷の魔女……」
ミオの低い呟きが、凍える夜空に吸い込まれる。すると遠く、霧の奥から巨大な魔法陣が浮かび上がり、氷の光の粒が空間を覆い始めた。冷気が染み込み、体温を奪う。息を吐くたび白い蒸気が立ち上り、指先がじんじんと痛むほどだった。
次の瞬間、高笑いと共に氷の魔女レヴィが姿を現す。背丈は高く、鎧のように凍った装束を纏い、周囲に凍りついた風をまき散らす。息をするだけで胸が冷たく押さえつけられ、肌を刺すような寒さが走る。霧が渦を巻き、夜空の光もかき消されそうな迫力だ。
ディアは拳を強く握りしめる。小柄な体ながらも目は氷の魔女に釘付けで、強気な笑みを浮かべる。
「あたしが止めるんだから!」
その声は強い意志を宿していた。
シオンとミオは互いを見渡し、無言で呼吸を合わせる。氷の魔女の魔術の前に、光の波が振動し、青白い魔力の帯が空中で弧を描く。地面には霜が舞い、建物のや街灯の光が冷たく反射する。
ディアは空中で跳ね、魔力の波を拳や足元に集中させて小さな紫の結晶を生み出す。その結晶は氷の魔女の放つ冷気の刃を受け止め、跳ね返す。冷気の刃が空中で音もなく砕け、光の破片が霧に消えていく。
シオンは掌から光の刃を放ち、ミオは二人の位置を常に把握し不測の事態に備える。三つの魔力が衝突し、空間を揺らす。城の上空から見下ろす街並みは、光と影の波に包まれ、霧と氷の渦が交錯する幻想的な戦場となっていた。
ディアの強気な笑みとシオンの圧倒的な魔力、そしてミオの冷静な支援。三者が力を合わせ、夜空に浮かぶ戦いの光景は、まるで魔界の夜を切り裂くように輝き、凍てつく風と光の中で、敵に立ち向かう三人の姿がはっきりと映し出されていた。
氷の魔女レヴィが放つ冷気の刃は、空気を切り裂くたびに草木を凍らせ、石畳に鋭い亀裂を走らせる。息を吐くたびに吐息が白く凍り、周囲の霧を厚くして視界を奪う。
「このぶっ飛んだ魔力は貴様か? 人間」
シオンを捉えるレヴィの瞳は氷の結晶のように冷たく光り、笑みを浮かべながらも殺意を宿している。
「シオン達に手は出させない!!」
ディアは軽やかに跳躍し、手に魔力を集中させた小さな結晶を次々と生み出す。結晶は氷の刃を弾き返し、衝撃で空気が震える。小柄な体が宙を舞い、強気な瞳で敵を見据えるその姿は、子供の無邪気さを残しつつも、戦士の鋭さを宿していた。
シオンは微笑みを浮かべ、両手から巨大な魔法の光の槍を生み出す。光の槍は夜空を切り裂き、レヴィの放つ冷気の刃を分断する。光と氷の衝突により、空気が軋み、霧の粒が光に反射して煌めいた。シオンの瞳は鋭く、全身に魔力の波動がみなぎる。
「ミオ、カバーして!」
「わかりました!」
空気中に魔法陣を描き、結界を張る。結界はレヴィの冷気の刃を反射し、味方であるディアやシオンを守る盾となる。冷たい風が吹き抜ける中、ミオの表情は冷静そのものだが、指先から放たれる魔力の波が微かに震えている。膨大な魔力に圧倒されつつも、彼女はシオンとディアを支えるため、全神経を集中させた。
シオンはさらに魔力を高める。両手を広げ、空中に光の網を広げると、街全体を覆うように魔力の渦が生まれ、レヴィの冷気の勢いを押し返す。建物の瓦や街灯、石畳に光の反射が走り、夜空に魔力の波紋が広がった。
レヴィは高笑いと共に冷気の竜巻を発生させる。草木が舞い上がり、街を覆う結界に激しくぶつかり砕け散る。息を吸うのも困難な寒さに、ミオはわずかに歯を食いしばる。だが、目の前のシオンとディアの強気な姿が、心を支える。
「ディアちゃん、私たちが寒さに耐えられなくなる前に一気にいくよ! 私が合わせるから!」
「わかった! 任せてー」
シオンの指示に、ディアは軽く手を振り、宙を舞いながら笑う。
その瞬間、ディアの手から放たれた光の結晶が、氷の竜巻に突き刺さる。爆発のような閃光と共に、氷の竜巻が弾き飛ばされ、冷気の波が夜空に拡散する。レヴィの顔がわずかに険しく歪むが、すぐに冷笑に変わる。
シオンは空中で両手を構え、光の槍を連射する。魔力の刃は氷の魔術と衝突し、砕けた光の粒が宙に舞う。三人の魔力の軌跡が複雑に交差し、霧や夜風、光と氷が混ざり合う幻想的な戦場が生まれる。
ディアは笑顔を崩さず、光の結晶を増やしながら高く跳ね、シオンの援護を受けてさらに前進する。強気で無邪気なその笑顔が、ミオの胸を熱くさせた。
「この国は、あたしが守る!」
「誰が何を守るって!?」
ディアの声が夜空に響く。冷気の魔女レヴィは、凍りつく風の中で微笑みながら氷の魔法陣を大きく広げる。その巨大な氷の結界が、光の波とぶつかり合い、閃光と氷の破片が舞い散る。
決して明けぬ魔界の夜景は、氷と光の対決によって刻々と変化する。屋根の瓦に反射する光、霧に浮かぶ魔法陣、そして戦う三人の小さな姿が、まるで夜空の星々のように輝いていた。