決戦前の静けさ
ディアは小さく眉を寄せ、シオンの手をぎゅっと握りしめて呟く。
「嬉しい。嬉しいよ。だけど……あたし、友達を危ないことに巻き込みたくないんだ」
その声には幼さが混じり、胸の奥でためらうような揺れが見えた。小さな肩がわずかに震え、目を伏せて床の大理石を見つめる。
シオンはそんなディアに微笑みかけ、静かに言葉を返す。
「それは私たちも同じだよ。友達が困ってるから、助けたいんだ」
ディアは一瞬顔を上げ、目をぱちぱちと瞬かせる。口元に小さな笑みを浮かべ、頬を薄く赤らめながら、恥ずかしそうに小さく頷いた。
「うん……ありがと」
そのやり取りの最中、玉座の間の扉が再び勢いよく開き、慌てた護衛が駆け込んでくる。額に汗を滲ませ、息を荒くしながら報告する。
「ディア様、南東よりレヴィ軍の進軍が確認されました! 奴らは、街へ向かっています!」
ディアはぱっと目を見開き、眉をきゅっと寄せる。彼女は護衛に短く指示を出し、玉座の上で小さく身を乗り出す。
「城の防衛を頼むよ! あたしは街に行ってくる!」
その言葉を聞いた瞬間、シオンは立ち上がり、城の大窓に向かう。
「私、行ってくる!」
「シオン様! 無策では危険です、待ってください!」
慌てたミオはすぐに後を追い、声を張り上げる。
シオンは小さな掌に淡い魔力を集中させ、空気を切り裂くように一歩踏み出すと、そのまま城の外へ飛び出した。光の筋を残して一瞬にして空を舞い、驚異的なスピードで魔界の空を駆け抜ける。
ミオは玉座の間の窓辺で立ち尽くし、唇を引き結んでその後ろ姿を見送る。
「人は……そんな簡単に飛べないんですよ……」
その時、ミオの足元に淡い光が瞬き、複雑な魔法陣が床に浮かび上がる。静かな魔力の波動が足元から全身に伝わり、あっという間に体を包むと、次の瞬間にはシオンのすぐ隣に立っていた。いや、正確には魔界の空に立っていた。
目を見開いたミオに、シオンは無邪気な笑みを浮かべて手を差し伸べる。
「そばにいないと守れないから連れてきた!」
ミオは深く息を吐き、少し呆れたように目を細める。
「……どこから突っ込めばいいかわからないので、一旦放置します!」
二人は夜空を背に、城や街を上空から見下ろす。月光を反射して煌めく石造りの屋根、淡く青白い魔力を帯びた街灯が並ぶ通り。小さな人々の影が点在し、夜の静寂の中で微かに動いているのが見える。
その視界の先、街外れに広がる霧の中、レヴィ軍の大群がゆっくりと行進していた。兵士たちは鎧に薄氷のような霜が付き、槍や剣を握る手から冷たい魔力が微かに揺れる。群れは途方もない広がりを見せ、幾重にも折り重なる列は夜霧に溶け込み、まるで動く暗い海のように見えた。
シオンの髪が風になびき、瞳には決意の光が宿る。
「街には行かせない」
ミオは小さく肩をすくめ、唇を固く結ぶ。空中に浮かぶ自分の体を調整しながらも、視線は遠く広がる敵の群れに向けられる。自分の身体を包む彼女の魔力に身をゆだね、隣に身を寄せる。
魔界の空は不気味なほどに静寂で、上空から見える街の灯りはまるで星空を見ているようだった。