被検体0379-α
静寂の中、機械の低い唸りと無数のモニターが映し出す解析結果の数字だけが部屋を満たしていた。研究所の薄暗い照明が、白く冷たい金属の壁をぼんやりと照らす。
「……適合した」
声はほとんど囁きだったが、室内にいた者たちの注意を一瞬にして集めた。モニターの画面に映し出されたデータは、これまでの数百体の被検体が示してきた絶望的な数値とは全く異なっていた。
「被検体番号0379-α、秘術適合率99.87%」
主任技師の声は確信に満ちていたが、その瞳は同時に信じられないという驚きにも満ちていた。通常、秘術の適合率は極めて低く、これまでの被検体はおよそ0.1%にも満たなかった。失敗した者は脳に甚大な負荷がかかり、命を落とすか重篤な後遺症を負う者がほとんどだった。
しかし、この被検体は違った。
映し出された映像には、ベッドに横たわる少女が映っている。白銀の髪は人工光に淡く輝き、まるで不思議な光を放つかのようだった。彼女の細く整った指先はかすかに震えているが、表情は穏やかで落ち着いている。
「彼女の遺伝子構造は、これまでのどの被検体とも異なる特異体質だ。この体質が秘術への適合を可能にした要因であると断定する」
科学者の一人が端末を操作しながら説明した。遺伝子解析の結果、彼女は希少な突然変異を持ち、神経細胞の回路が通常の人間とは異なる形状を示していた。これが秘術が正常に作用し、かつ副作用を最小限に抑える鍵となっているらしい。
「これが成功すれば、組織の計画は新たな段階へと進むことになる」
管理官と思しき男が厳格な面持ちで言葉を紡ぐ。その背後には、整然と並ぶ書類と慎重に管理されたデータ群が静かに佇んでいた。
「被検体番号0379-α――秘術に選ばれし者」
研究室の隅に立つ一人の女性がゆっくりと口を開いた。黒髪を長く垂らし、表情は冷静そのもの。しかしその瞳には水面に映る月光のようにどこか悲しさが漂っていた。
「輸送準備は整いました。指定地点への移送を手配いたします」
その声に、男は小さく頷いた。
「監視役は誰にする?」
問いに対し、すぐさま応える声。
「……クイーンオブナイト。任せたぞ」
「わかりました」
女性の瞳が冷たく光り、誓いを立てるように小さく息をついた。
部屋に漂う空気は一変した。重く、沈黙のような緊張が張り詰め、これから始まる未知の運命を告げていた。
被検体0379-α――やがて、運命に抗う少女の物語がここから静かに始まろうとしていた。